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ここはHeaven's Cafe。ご主人様のお屋敷にございます。

ご帰宅のご主人様へお願いがございます。
ご帰宅されましたら、ご主人様のお名前をお聞かせ下さい。
当館のメイドが、心を込めてお仕えさせて頂きます。

ご主人様とメイド、双方が望まれましたら、
新たな契約を結ぶことも可能でございます。
どうぞ心ゆくまで、あなた様専属のメイドをお探し下さい。

それではごゆるりとお寛ぎ下さいませ。





メイド in Heaven




 ここは某国、某街の路地。表通りの喧騒から逃れ、少し奥まった場所にその一風変わった喫茶店は建っていた。
 重厚な木製のドアに掲げられたアンティーク調のノッカーを鳴らすと、向こう側から扉が開く。そして――

「お帰りなさいませ、ご主人様。……本日は、このめがご主人様がたのお世話をさせて頂きます」

 紺色のロングドレスに白いエプロン、三つ編み頭にレースのヘッドドレスを着けた女中――いや、メイドが、深々と頭を下げた。



「ワオワオワーオ! マジで『お帰りなさいませ』って言われたぜ! なあジュリオ、どうよ!?」

 本日は、快晴なり。カポお得意の思い付きで「メイドカフェ」なる場所に幹部ご一行で足を踏み入れたジャンは、着席一番、テンション高く口笛を吹いた。
 担当メイドのに案内され、(あくまで本人の主張だが)ボディガードのためジャンの隣に陣取ったジュリオが、厨房に去っていくの後ろ姿とジャンとを見比べて頬を染める。

「え、あの……俺は、ジャンさんの、方が……」

「んー? お前、俺の方がいいのけ? えっとー、『お帰りなさいませ、坊ちゃま。お食事にしますか? お風呂にしますか? それともア・タ・シ?』……ってコレは違うか」

「っ…! ジャンさん、を……」

 パチーン!とウィンク付きで言ってやると、眩暈でも起こしたかのようにジュリオがくらりと椅子に崩れ落ちる。一方ジャンを挟んで反対側の席では、眼鏡を光らせた幹部筆頭が何かぶつぶつ呟いていた。

「いいな……すごくいい。可憐な少女から『ご主人様』か。フフ、フハハ…!」

「おい。おい、ベルナルド? ……駄目だこいつ、完全に違う世界に行っちまってるぞ」

 碇ゲン○ウばりにテーブルの上で指を組んだベルナルドが、遠大なる妄想の世界へと旅立っている。ルキーノはタバコを出そうとしてこの店が禁煙だったことを思い出し、店内に視線を巡らせた。

「しかしまあ……結構本格的だな。調度品の趣味もいい。しかも英国伝統のヴィクトリアンメイドか……。露出が少ないのが、かえってそそるな」

「どこ見てんだこのスケコマシ。今日はな、メイドカフェなるものを楽しもうっつー趣旨なの! ナンパは禁止な。……つか、イヴァン? お前さっきからずっと黙ってっけど、大丈夫か? おーい、イヴァンちゃーん?」

「…………。うるせえ黙れクソ」

 ジャンから見て一番遠い位置に座ったイヴァンは、明らかにこの店の空気に馴染んでいないようだった。じっとテーブルの一点を見据え、時が過ぎ去るのを待っているようだ。
 『これだから素人童貞チャンは……』とそっと溜息をついたそのとき、静かな足音と共にがトレイ片手に席へと戻ってきた。


「――お。ウェルカムドリンク……じゃなくてご帰宅後の一杯ね。ウホッ、いい香り」

「これは……なかなかの茶葉だね。なんの銘柄だい?」

「本日のお茶はアッサムベースの当館オリジナルブレンドでございます。お口に合えばよろしいのですが……。お好みでケーキもお選び頂けますよ。ボンドーネ様、いかがなさいますか?」

「あ……。じゃあ、俺はこのザッハトルテを……。ジャンさんは、何にしますか?」

「ジュリオに任せるわー」

「俺はケーキはいい。その代わり、ナッツか何かをくれんか?」

 運ばれてきた紅茶と菓子に、一同がめいめい喜色を上げる。そんな中でただ一人、イヴァンだけがじっとテーブルを睨みつけていた。

「ご主人様、お紅茶をお持ちしました」

「は……? あ、ああ、悪ィな。……つーか、ご、ご主人サマぁああ!?」

「はい。ご主人様のためにが心を込めてお入れさせて頂きました」

 が膝をつき、イヴァンににっこりと微笑みかけた。花が咲いたようなその笑顔に、イヴァンの動揺しきった顔がさらに引きつる。状況に耐えかねたように、彼は叫んだ。

「……ッ! ファック……! おい、こんな店落ち着かねーよ! 紅茶味わうどころじゃねえだろッ!」

「ご主人様……。私、何か粗相を……?」

「え。あ、いや違ぇ。あんたが悪いワケじゃねえ」

 しゅんと顔を曇らせたに、イヴァンが慌てて首を振る。きっちりと三つ編みを結わいたその顔を見下ろし、イヴァンは小さく溜息をついた。

「つかあんた、どこの馬の骨とも分からねー野郎に『ご主人様』って、旦那でもない男にそういう発言はやめといた方が――。それに、そんなにへりくだるコトもねーだろ。もっと普通にしてりゃあ――」

「これもお仕事ですので」

「ぐっ。……そ、そうか。そんじゃ、仕方ねえ……」

 思わず説教じみてしまったのをスパッと返され、言葉に詰まる。(そうなのか? 俺が悪いのか!?)というイヴァンの葛藤などものともせず、は立ち上がると実に優雅に頭を下げた。

「ですので、誠心誠意、ご奉仕させていただきます。なんなりと――」

「あ、ああ……」

 品行方正なメイドと、一人ものすごく居心地の悪そうな――品悪く言えば、チンコの座りの悪そうなイヴァン。そんな、ちぐはぐの取り合わせだった。
 たがジュリオには、音ならぬ音まで聞き分けられる彼にだけは、このときに何かのスイッチが入ったような――それこそ天国の門が開くような福音の音が響いたのが、聞こえたのだった。


「なぁなぁちゃん、あれやってくれよ。飲みものかき混ぜてー、『萌え萌えキュン』って!」

 にこにことイヴァンに微笑みかけるに焦れたのか、紅茶にまだ手を付けていなかったジャンが可愛くおねだりしてみせる。その横で、今度は幹部筆頭が前髪が抜け落ちそうな角度でぐらりとよろめいた。

「ジャ、ジャン……今の、今のもう一回、俺に向けてやってくれないか?」

「え、『萌え萌えキュン 』?」

「ッ……! フハハ……さすがだ、マイエンジェル」

 何やら盛り上がっている二人を静かに見やり、がすす…と近付いてくる。一礼すると、彼女はシュガーポットを手に取った。

「かしこまりました、ご主人様。ではお砂糖とミルクをお入れして――」

「砂糖少なめ、ミルクたっぷりネ。……俺のミルクもいるけ?」

「…………。……どうぞ。冷めないうちにお召し上がりください」

 カポの下ネタを華麗にスルーして、がすっとソーサーを滑らせる。しかしジュリオだけは、この時の目にブリザードのような冷たい光が走ったのを見逃さなかった。

「えっ。あれ、『キュン』は? 頬にキスは?」

「申し訳ありません、当館ではそのような給仕は致しておりません」

「えー。誠心誠意ご奉仕してくれるんじゃなかったのけー?」

「あのっ、ジャンさん! でしたら、俺が――」

「なんだよキュンてしたいのか? キスしてほしいのか? どれ、なんなら俺が――」

「どわあぁぁあ! つか、どっから急に湧いてきやがった! なんでこんな可愛いメイドさんのいる店で、男のあんたにキスされなきゃいけねーんだ! ジュリオもそんな、ハァハァすんな!」

 唇を尖らせて拗ねるカポにライオンがベルナルドを押しのけて腕を伸ばしてくる。のけ反ってそれから逃れたジャンは、に救いの手を求めた。だが彼女の視線はすでにジャンから遠く離れ、イヴァンに釘付けになっていた。


「誠心誠意、はイヴァン様だけにさせていただきますね。……イヴァン様、お紅茶よりもコーヒーがよろしかったですか? ケーキはどれになさいますか? ……イヴァン様、どうして固まってるんですか?」

「えっ、ちょっ…! 何それ! ずっこくねー!?」

「おいジャン、何で逃げる? ……ちっ」

「ずっこくありません。私は不要そうなので、そちらはそちらで楽しんでください」

「えっ、ちょっ、ちゃん贔屓激しくね?」

 他の四人のことなど眼中から外れたのか、イヴァンにすす…と近付いたが熱心にあれこれと話しかける。イヴァンはまだこの店の雰囲気に馴染まない様子で、ふっとを見上げた。

「い、いや。俺ァいいからよ……他の奴らの給仕――っつか、近い! 近ぇよあんた!」

(やべっ…! 近くで見るとすげー可愛いじゃねーか!)

 まさかそんな間近まで迫られていたとは気付かず、椅子ごとイヴァンが後ずさる。ははっとしたように顔を離すと、両手で頬を覆った。

「ち…近い、ですか? 申し訳ありません、メイドの身分でありながらはしたない真似を……!」

「いやっ、別に悪いなんて言ってねーだろ! ちっ…調子狂うな……。――ケーキはいらねぇ。コーヒーで。うんと熱いヤツな」

「――っ、はい! すぐにお持ちします、イヴァン様!」

 イヴァンの一言にぱパアッと顔を明るくしたが、足取りも軽く厨房へと戻っていく。スキップでもしそうなその後ろ姿を見送り、どこかボーッとしている最年少幹部を横目に見て、ジャンは一言。

「いや、つーか…俺ら、完全にガン無視だよね……。ちゃん、まさかあいつにホの字!?」

「ホの字、とはまた古いな、ジャン……。しかし、俺たちがふざけている間にイヴァンに取られてしまったね」

「メイドじゃなく、人として接したからな……。ファンクーロ、お子様にいいとこ持ってかれたぜ」

「俺は、ジャンさんにベタベタしなければそれでいい……」

 そうして四者四様の溜息をついているうちに、息でも切らしそうな勢いでが厨房から出てきた。



「お待たせしました、イヴァン様! 今日はブルーマウンテンです。どうぞ、香りも楽しんでくださいませ」

「ああ、悪いな。…って、これ、チョコ…? ブラックの口直しか……」

「はい、こちらは特別なお客様にだけお出ししてるんです。……お口に合いますか?」

 戻ってきたが差し出したのは、格調高いカップに注がれたブラックコーヒーと、ちょこんと横に添えられたチョコレートだった。
 気の利くサービスにイヴァンが顔をほころばせる。それを見たもうっすらと微笑み、笑うと少し幼くも見える顔立ちにイヴァンはまた言葉に詰まった。

(くそっ……なんなんだよ、これ。落ち着かねえのに…なんか、立ち去りがてえ……)

「あのー、あの、ちゃん? 俺らの次のドリンクも、注文聞いてもらいたいんだけどォ〜」

「あ、……申し訳ありませんでした。そこのベルを鳴らしていただければ、他の者が伺います」

「ちょっ、ヒドッ! ここ、メイドカフェじゃなかったのけ!? ちゃん俺らの担当だよね!? ご主人様『がた』って言ったよな!?」

 完全に二人の世界に入ってしまっているに思い余って呼びかけると、『なんだまだいたの?』と言わんばかりの視線が向けられる。ジャンが正論を吐くと、しぶしぶといったていではイヴァンから離れた。

「今、参ります。少々お待ちくださいませ。……それからジャンカルロ様。馴れ馴れしく『ちゃん』などと呼ばないで下さいませ。呼ぶのなら、、と」

「エ。……あ、はい……。ごめんなさい……」

「あっ……イヴァン様は、どうぞ如何様にもお好きなようにお呼び下さいませ。できれば、その…、と…」

「ああ? ……悪ぃ、今なんつった? よく聞こえなかった」

「はっ……。し、失礼いたしました! メイドの身分で…!」

「だからオカシイ! おかしいって! なんでイヴァンにだけデレデレで俺にはツンツン!? ミルクがいけなかったの!!」

 ジャンに向ける表情とイヴァンに向ける表情、そして声音には、天と地、月とスッポン以上の差がある。
 あまりの格差にジャンが涙目で訴えると、はにっこりと――ツンドラ地帯にふぶくブリザードのごとく冷え冷えとした微笑で、口を開いた。

「ジャンカルロ様。……ミルクは、ご自分で扱いて入れて下さいませ」

「!?!?!!? え、ちょ、待てよ! 今聞こえなかったことにする! ゴメンね許して!」

「聞こえなかったのですか? ご自分で、扱いて、お入れになって下さい。……そちらの御三方にご協力を仰がれては?」

「……ッ!!」

 あまりに無慈悲、そしてあまりに残酷な――品行方正・清廉潔白を絵に描いたようなメイドから出てきたとはとても思えない台詞に、ジャンが声もなく口をパクパクさせる。ルキーノはその様を気の毒そうな目で見やり、そして今のどぎつい台詞など少しも聞こえてなかったようなイヴァンにチラッと視線を走らせた。


(三つ編み、か……そういやアンも――。Shit! 白いエプロンとか、どう考えても俺の趣味じゃねーのに――。なんでこんな、気になるんだよ……!)

「…………。いや、ある意味見てて楽しいかもな……」

「俺は楽しくねーよッ!!」

「しかし……御三方と言うのは、俺たちのことかい? 。嬉しいことを言ってくれるね。だがその前に、俺たちにもコーヒーをくれないか?」

「出がらしでよろしければ、オルトラーニ様。……ああ、ミルクはジャンカルロ様が入れて下さるそうですから」

「入れねーよッ! ひでえよ……!」

「そうだ、職務怠慢だぞ。にしても、下ネタもイケるメイドか……ふむ。これはこれで面白いな」

「面白くねぇええ! てかあんた、何楽しみはじめてんだよ、このエロライオン!」

 状況が面白くなってきたらしいルキーノにジャンが食ってかかる。叱責を受けたは少々ムッとしたような顔で、チャリ…と房のついた鍵をルキーノに差し出した。

「ん? なんだ、この鍵は?」

「メイドは、ご主人様の望みを聞かずとも察するのが一流の証。……どうぞ、こちらの鍵を。奥のお部屋に、四人入れます。……グレゴレッティ様、私はご主人様の望むように致したつもりですが――何か、不手際がございましたでしょうか?」

「それは……つまり、四人でシケ込め、ということか?」

「そういうことでございます」

「はあああぁぁ!? 今とんでもねーこと言ったよこの子! セクハラしたの謝るから俺にも給仕して…!」

 己の貞操に危険が迫っていることを察知し、ジャンの目に涙が浮かぶ。マジ泣きしそうなカポをまあまあとなだめ、ベルナルドは思考回路をフル回転させると咄嗟の慰めを口にした。

「ほ、ほら、ジャン。イヴァンはともかく、お前だけは名前で呼んでもらってるじゃないか。俺たちなんてみんな名字だ。お前もちゃんと、特別扱いされてるんだよ。な?」

「オルトラーニ様、それは違います。……『デルモンテ様』だなんて、ケチャップに敬称を付けているみたいではございませんか。少々間抜けなゆえ、ジャンカルロ様とお呼びさせて頂いております。それ以外に理由はございません」

「ひどい!!」

「はは……辛辣だな、。そういう女は嫌いじゃない。が……楽しいお誘いは大歓迎なんだがな。このとおり、カポは泣いてるし……いやまああとで啼かせるが、ここは客…おっと、ご主人様へのサービスが偏っちゃまずいだろう? まずは俺たちにも誠意を尽くしてサービスしてもらおうか」

「おい! 何さらっと俺が泣くこと前提になってんだよ!?」

 にやり、と男前の笑みを浮かべ、この中では最も状況を楽しんでいるらしいルキーノがを促す。女の十人は一度に落とせそうなその笑顔にも全く動じず、は小さく溜息をつくと事務的に答えた。

「では給仕のみさせて頂きますので、お静かにお願いいたします。――あっ、イヴァン様! おかわりはいかがですか?」

「あ? ……ああ、そうだな……」

「マシュマロを浮かべたコーヒーもお勧めですよ。少し甘くなりますし、普段はお出ししてませんが…イヴァン様になら

「……おい、語尾にハートマークが見えたぞ。つうか聞こえてるんだが」

「あ…俺も、それ飲みたい……イヴァンだけ、ずるい」

「意見が合ったな、ジュリオ。俺もー。……って、聞こえてねーみたい。二人の世界だし…カッツォ」

 ルキーノの冷静なツッコミもジュリオの呟きもジャンのぼやきも、にはどこ吹く風だ。うきうきと問いかけるメイドに、イヴァンは微妙に視線を逸らしながらカップを差し出した。

「あ、ああ……。いや、同じので、いい。なあ、あんた――」

「…………イヴァン様……」

「あ…………」

「はい! ご用でございますか?」

 名を呼び直してやると、ぱああ、と花が開くようにが微笑む。それに見とれたイヴァンはやはりそそくさと、メニューの一点を指差した。

「その……この”オムライス”っつーの、食ったことねーから、頼む」

「かしこまりました! 文字は…お好きなものと、お任せとございますが?」

「文字……? いや、別に……任せる。食えればいい」

「はい、少々お待ちくださいませ!」

 メニューの下に書かれた『ケチャップでメッセージをお入れします!』との注意書きがイヴァンには見えなかったようだ。はメニューを受け取ると、くるりと振り返る。

「……他の方はいかがなさいマスカ」

「うわ棒読みだよ! めちゃくちゃ棒読みだよこの子、笑みの欠片もねえ!」

「特にないということでヨロシイデスカ」

「いやっ、ちょっと待ってくれ。そうだな……じゃあ俺は、この”とろとろミルクがけハニートースト”で」

 慌てたベルナルドがメニューを指差すと、はちらりとジャンに視線を送り、ふっと冷笑を浮かべた。

「そちらのジャンカルロ様にぶっかければ完成されるのではないかと」

「ッ!!?」

「……あ、いえ。失礼いたしました。ハニートーストをお持ちいたしますので、ミルクはジャンカルロ様にお任せいたします」

「いつまで引っ張るんだよ!!? つか、マジでひでえええ!! もう、やだ……。マンマ、俺生きててこんなに女の子に邪険にされたの、初めてだわ……」

 吹きすさぶブリザードのような毒舌に、ジャンはもう息も絶え絶えだった。喉の奥で笑ったルキーノが、メニューを指の甲で叩く。

「じゃあ俺はジャーマンドッグ、三人前頼む」

「オチを分かっていて言ってらっしゃいますね、グレゴレッティ様。……それをジャンカルロ様に突っ込むんですね。かしこまりました」

「ああ、分かってるお前も相当だな?」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「『ああ』じゃねー! 『光栄』じゃねぇええ!!」

「もしくは、御三方のご自前のジャーマンドッグをあなたが召し上がるのもありではないかと……。ああ、イヴァン様のジャーマンドッグは私のも――、……こほん。いえ、はしたないことを申しました」

「ホントはしたないよ!」

「あ……、イヴァン様ならアメリカンドッグでしたね。これは失礼いたしました」

「しかもどーでもいいトコは謝ってるし!?」

 にやっと、共犯者の笑みを浮かべるルキーノとにジャンの突っ込みが冴え渡る。するとそれまで真剣にメニューを眺めていたジュリオが、決意を込めてオーダーを口にした。

「俺は、アイスクリームサンデー……チョコソース多め、で……」

「アイスクリームですか。くれぐれも奥のお部屋ではプレイなさらず、帰ってからお楽しみ下さいませ、ボンドーネ様。アイスなのか違う汁なのか、区別が付きませんので。それからチョコレートソースはコンデンスミルクにして、ジャンカルロ様にご協力を仰げばよろしいかと存じます」

「そう、か……。……分かった」

「あの……アノ、ジュリオちゃん?」

 『意外といいこと言うじゃないか』とばかりに共感の眼差しでを見上げたジュリオの姿に、ジャンの背筋が冷たくなる。四面楚歌の状況の中、ジャンは咳払いを一つすると――自らに、暗示をかけた。

(今までの出来事はすべて悪い夢だ、俺の幻聴だ…! 目覚めろ俺のラッキーパワー!)

「なぁ、! じゃあ俺はー、この”お月見ミートソース”ってやつ! まぜまぜサービスってのがあるんだろ、にしてほしーなっ!」

 カポの威厳などかなぐり捨てて、ジャンはとっておきの笑顔で小首を傾げた。これで落ちない女はいない。男もいない…かもしれない。
 だがから返ってきたのは、絶対零度の眼差しだけだった。

「……ジャンカルロ様、あなたが皆様に『まぜまぜ』されれば良いのでは? ……それではオーダーして参りますので、失礼いたします」

 ブリザードをまき散らすと、折り目正しいお辞儀を残し、は厨房へと消えていった。

「……ウン。なんとなく、分かってたよ俺……。つーかこんだけ騒いでんのに、なぜにあの馬鹿は気付いてないワケ!? Why!?」

 ドSなメイドの後ろ姿をぼんやりした目で見送る最年少幹部に、ジャンはティースプーンを投げ付けたい衝動を必死でこらえた。



「イヴァン様…! イヴァン様、お待たせいたしました!」

「お、おう……。は、早ぇな。――で、これは……このまま食えばいいのか?」

 ものの数分後、ちょっぱやで厨房から戻ってきたが、綺麗に盛りつけられたプレートをイヴァンの前に置いた。フォークを手にしたイヴァンに、はケチャップ片手に真顔で首を振る。

「いえ……これから愛を込めさせて頂きます! 『 I 』…と書いても?」

「は……はぁ!? ちょ、今なんつった?」

「私を食べて…ということなんですが……」

 ケチャップを握りしめたの息が、若干荒くなっているのは気のせいか。今や完全に蚊帳の外に置かれたルキーノとジャンは、ぼそぼそ小声で交わし合う。

「I love Ivan じゃないのか……。自分の欲望丸出しだな」

「なんつーか、俺、この子…怖くなってきた……。さてあの馬鹿がどう返すか――」

 注目の的になっていることなどまったく気付かぬように、イヴァンはますます目を見開き、声高に叫ぶ。

「は!? いや、ちょ…ちょっと待て! そんな簡単にオンナが体許すんじゃ――!」

「えっ。そ、そんな……いえ、そちらの意味でも構わないんですが……。でも…でも、イヴァン様になら、私――」

「あ……?」

「あの……このオムライスは当店の一番人気商品でして…ケチャップでお好きな文字をお入れするサービスがあるんです」

「…ッ!! あ、ああ……オムライス…そう! そう、オムライス、な。……ファック…」

 どうやら、オムライスの話をしていたことすら頭から吹っ飛んでいたらしい。顔をまだらに染めて毒づくイヴァンに、がしゅんと項垂れる。

「イヴァン様が『任せる』とおっしゃったから、私、私……申し訳ありません。ダメ、でしたよね……」

「いや謝るほどのことでもねーだろ! ……好きな文字、入れろよ。腹へって仕方ねーんだよ」

「っ、はい! じゃあ……大きな、ハートで……」


 『アイラブ』は泣く泣く自重したらしい。黄色いオムライスに大きくハートを書くを、イヴァンが横目で眺める。二人に聞こえる大きさの声で、ジャンはペッと吐き捨てた。

「つーかいつもケチャップなんかダダ盛りで、見ちゃいねーくせに。爆発しろ素人DT」

「あ? なんか言ったか? 

「いいえ? どこかで犬が鳴いているのでしょう。……あの、ではイヴァン様……あーん

「なっ――」

「あの……お口を開けて下さいませんか? 口移しには、まだ時間も早いですし……」

「――って、おい! ! ちょ、待てよ! それもサービス!?」

 スプーンで掬ったオムライスをうやうやしく差し出したに、ジャンがイの一番に突っ込みを入れる。はそれをガン無視すると、硬直してしまったイヴァンに視線を向けたまま、冷たい声音で返した。

「サービスです。オムライスご注文のご主人様には、こうしてます。……気分で」

「気分て! え、てゆーか俺らみんなご主人様だよね!? つかココのお代、カポ持ちなんだけど!?」

「そのようなことは存じ上げません。……さぁ、イヴァン様――」

「あ、ああ……って、いや! 待て待て! 自分で食う、ンなことすんな!」

 再びスプーンを口元へ持っていったに、成り行きでイヴァンが口を開きそうになる。だがはっと我に帰ると、若造は真っ赤な顔で後ずさった。の瞳がじわりと潤む。

「でも……ご主人様にはこうやってお仕えさせて頂くのが(私の)規則でして……。イヴァン様……どうか、『あーん』と。……はい、アーンです。あーん」

「うっ……いや、でもよ……。、自分で食えっから…!」

(泣くのはズリィだろ…!? ていうか、アンアン連呼すんじゃねぇえええッ!! ファアアック!)

 イヴァンの葛藤もなんのその。はスプーンを差し出したまま、悲しげに目を伏せてしまった。大きな瞳から雫がこぼれ落ちそうになり、イヴァンは慌てる。

「……チッ、し、仕方ねー、な……。あ…あーん……」

 何も声まで付けなくてもいいものを――ついに折れて、口を開いたイヴァンに一連の流れを見守っていたルキーノが机に突っ伏した。

「ぶっ……、ははははは……!! アーンだってよ! あーん!!」

「……気持ち、悪い……」

「これは……録音機器を持ってこなかったのが悔やまれるね。明日は雪か?」

「外野、うっさいです。――あっ、はい。おかわりですね! はい、あーん。……うふっ。イヴァン様、大きいお口……。どうですか? お口に合いますか?」

「ん……ああ。美味い、な。ここのトロトロの卵が……って、近い! また近いんだよあん…じゃなかった、!」

「えっ、あ、すみません、つい…! でもその、可愛くって……。この、ケチャップほっぺたに付いてるところとか…モグモグしてるところとか……素敵です、イヴァン様」

「っ……。ば、馬鹿……。何言って、やがる……」


 黄色いオムライスを挟んで、甘ったるーいピンクの空気が流れている。完全に二人だけの世界が形成され、その外殻、いや大気圏外にまで追放されてしまった四人の男たちは、額を突き合わせて緊急幹部会議を開いた。

「ていうか俺たちの注文がまだこない件について」

「ありゃ一生来そうにないな……。どうする? 奥の部屋にでも入っとくか?」

「そうだな。――。鍵をくれないか? 奥の部屋の…あ、いや悪い、睨まないでくれ。邪魔するつもりは……」

「ベルナルド。……ジャンさんのミルクは、等分、だ」

「はっ!? え、ちょっ……ちょおおおおお!!!? なに! なにお前ら、目がマジなんだけど!?」

 幹部会議を開いていた――はずだった。が、突如として貞操の危機が再浮上し、ジャンはガタッと腰を浮かせた。そこをがっちりとルキーノに押さえられ、ジュリオに手を取られ、ベルナルドがから鍵を受け取る。

「どうぞ。お好きになさって下さいませ。お好きなだけ搾り取って下さい」

「悪いね。……ふはは、最高のもてなしだ。

「光栄でございます。――あ、飲み込まれましたね、イヴァン様。次の一口……あーん」


 そうして上機嫌なメイドと最年少幹部だけを残して、カポの悲鳴は扉の奥へと呑み込まれたのだった。


「これが最後の一口でございます。……はい、あーん」

「あ…あーん…。……あれ、そういや他の連中がいねーが、どうかしたのか?」

「どうされたんでしょうね? ……あ、ほら、ケチャップ。拭きますね…。美味しかったですか? イヴァン様」

「ああ、うまい。……これ、デイバンにもあるといいんだがな……」

 最後の一口までしっかりと平らげると、が口元を拭いてくれた。イヴァンの何気ない一言に、がもじもじと俯く。

「…………。あの……あの、イヴァン様さえ良ければ、私、あなた様…いえ、皆様の、専属に――」

「は!? いや、あんた…はここの従業員、だろ? 俺らが持ち帰るなんて、ンなことできるわけ……」

「はい。でも、皆様と私がそれぞれ望めば、新たに契約を結ぶことが可能で……。私、ご主人様に…いえ、イヴァン様に、もっともっとお仕えしたい……です。誠心誠意、心を込めさせて頂きますので……イヴァン様、どうか――」

「いや、でもよ……あ、あいつらにも聞いてみるか。……ん、奥のほうから声がすんな。こっちか?」

「イヴァン様!」

「んがッ…!?」

 どぎまぎと立ち上がりかけたイヴァンの腕を、がはっしと掴んだ。そのまましがみ付かれ、イヴァンの動揺は最高潮に達する。

「ちょ、おい、…!?」

のお願いでございます…! イヴァン様に……お仕え、したいんです……」

「ッ! …、……わ、わーった、わーったよ。上には俺からナシ通しとく…。まあ、他の奴らも反対はしねーだろ、多分……」

「…! ありがとうございます! イヴァン様!」

 あまりの必死さに、ほだされた。首を掻きながら頷くと、の顔に喜色が広がる。はより強くイヴァンの腕へとしがみ付くと、豊かな胸を押し付けながら喜びをあらわにした。

(うお…結構デカい……。つか、すげー笑顔。か、かわい――、ハッ!)

「こ、こら、おいっ! あんま引っ付くな!」

「あっ、も、申し訳ありません! でも……でも私、嬉しくって――」

 目尻に涙まで滲ませながら、がイヴァンから少しだけ離れる。は左胸に手のひらを当てると、イヴァンを見上げ、微笑んだ。


「私は今日から、イヴァン様専属のメイドでございます。一生……心を込めてお仕えさせて頂きますね」

「お…おう…!」

(専属? ……一生? あれ、そこまで言ったっけか?)

 そう思わないでもなかったが――満面の笑みに押され、イヴァンの疑問は大気圏外へと吹き飛ばされたのだった。



 こうしてその後のCR:5本部では、事あるごとに、いやなくても、「イヴァン様!」「イヴァン様…!」と子犬のように駆け寄っていく可憐なメイドがたびたび目撃されることになる。
 それはまさに、「押し掛け女房乙!」と言いたくなる光景であった。

 なお、カポの貞操の安否は依然として不明のままである。







 END



はるながさんとのチャットから生まれた小話です。台詞の80%は引用させてもらってます。
最初はイヴァン×メイドのつもりで話してたんですが、
どう見てもドSメイド×イヴァンです。
イヴァンに優しくしようキャンペーンの一環でした(笑) そんな彼女のサイトではイヴァン短編を連載中!

当初はホワイトデー公開の予定だったのですが、地震のため一週遅れとなりました。
皆さんに少しでも笑ってもらえたら嬉しいです。

(2011.3.21)