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メイド in Happiness




「なあなあイヴァン。ってさー、あのメイド服の下……何履いてんだ?」

「……はぁ!? ――ぶっ、あっちぃ!!」


 それは、ある風の強い日のこと。カポの執務室で報告がてら短い休憩をしていたイヴァンは、突然の一言に飲んでいた熱々のコーヒーを噴き出した。


「おわ! きったねえ! ……ンモー、顔射なら違う子に向けてやってよネ。お前には、喜びそうな相手がいるじゃんけ」

「ばばば、馬鹿! てめえがいきなり……! おかしなコト! 言うからだろ!! ファック……!」

 かろうじて書類にブチ撒けるのだけは回避したイヴァンに、タオルをぼすっと投げてやる。乱暴に口を拭ったイヴァンは、真っ赤な顔でジャンにがなりついた。 


「そんなん……俺が、知るワケねえだろが! ……ハン、溜まってんのか? ジャン」

「うっせえ黙れ。お前に言われたくねーよ、この万年発情チェリー。……なになに、その反応。イヴァンちゃん、まさかあの子とまだそーゆーコトしてないってコト?」

「そーゆーって……。この、タコ…! あいつとは、そんなん、じゃ――」

「そういう対象じゃねえって?」

「っ……。そういうワケでも、ねえ、けど……。とにかく! 知らねえモンは知らねえんだよ!!」

 ちょっとカマをかけただけなのに、面白いほど単純に食いついてきた。
 分かりやすい年下幹部の反応を見ながら、ジャンはいけない想像を――たぶん、本人に知られたらタマも竦み上がるような仕打ちをされるだろう想像を、膨らませる。

「普通ああいう伝統的な……ヴィクトリアンメイド? だったら、あの白いカボチャパンツみたいなやつ履くだろ? そうでなかったら、タイツとか……」

「おいジャン。てめっ……想像してんじゃねーよ! 仮にもここで働いてる女に対して、失礼だろ!?」

「なんだよ、これぐらい男として普通だろ? んじゃイヴァンちゃんはどう思うのヨ」

「ちゃんって言うな。どうって……その……。ふ、普通だろ……」

 どうやら彼女に対してのみ妙なフィルターがかかっているらしいイヴァンの目が、うろうろと宙を彷徨う。耳まで真っ赤に染めて妄想の世界に旅立っている最年少幹部を見やり、ジャンは乾いた溜息を漏らした。

「想像でおっ勃ててんじゃねーよ、このタコ。……つか、どんだけ純情なの。いまだ素人DTのベイビィちゃん」


 ――ジャンの呟きは、当然ながらイヴァンの耳には届いていなかった。





 同日、午後。敷地内をイヴァン・ジュリオの年下幹部組と歩いていたジャンは、噂の彼女に遭遇する。

「あれ、じゃん。へー、庭掃除やってんのか。そういえば落ち葉がすごいしなー」

 中庭で黙々とホウキを操っている彼女の名は、言わずと知れただ。この本部ではかなり目立ついつものメイド服で、粛々と仕事をしている。
 それを遠目に見て呟くと、傍らのジュリオとイヴァンがそれぞれ無言で頷いた。

「でも風強いから、下手したら足元さらわれる――うわっ!」

 そのとき、風が強く吹いた――その瞬間、三人は男にとって生唾ゴックンの光景を目撃する。
 すなわち、のスカートが後世の金髪美女の映画よろしく、ぶわんと風で舞い上がったのである。

「……っ!」

「アラー。壮観」

「…………」

 どれが誰の反応かは、ご想像にお任せしよう。ともかくスカートの下を見てしまった三人は、それぞれ異なる反応を見せた。


「な、なん…っ!? あっ…あいつ、なんちゅーモンつけ、て…!!」

「白のガーター。……意外と刺激的だったわねイヴァンちゃん」

 露わになった脚に纏わりついていたのは、お決まりのドロワーズでもタイツでもなく、白いレースのガーターベルトとストッキングだった。予想外の光景に、イヴァンは茹でダコのように赤くなる。

(……あいつ、スカートの下はあんなん履いてんのか…。純情そうに見えて、意外と――)

 ……心の声が聞こえるようだ。ジャンが呆れた視線を隣から正面へ移すと、それまでスカートを押さえて周りをキョロキョロ見ていたと、しっかりばっちり目が合ってしまった。

「げっ…!」

「なっ……! イッ、イヴァン様!? ……と、ジャンカルロ様とボンドーネ様」

「こんな時まで後付け!? つか、また声のトーン違うし!」

 が真っ先に視線を向けたのは、言わずもがなのイヴァンだった。その後で付け足しのように低く名を呼ばれ、ジャンは嫌な事態への予感にすくみ上がりつつも、ツッコミを忘れない。
 は赤い顔でスカートを押さえると、矛先をまずジャンへと向けてきた。


「ジャンカルロ様……。もしや、見られたのですか?」

 急に、寒くなった。ブリザードが吹いてきたようだ。しかしBAD ENDへ続く選択肢で、ジャンはあり得ないミスを犯す。

「や、見てない見てない! まっちろでエロちっくなガーターなんて、俺ぜんっぜん!」

「……ジャンカルロ様……。……見たんですね?」

 ――ヤバい。死亡フラグを自分で立ててしまった。
 ゴゴゴ……とジョ○ョばりの効果音がどこかから聞こえ始め、ジャンはブンブンと胸の前で手を振る。

「いや、ウン! すぐ記憶から抹消します! ナンデモするから許して!」

「……男子に二言はございませんよ? ジャンカルロ様。ちなみにBL界では『なんでもする』などと言ったが最後、闇オークションで売り飛ばされて石油王に買われたり、花街に売られたり、監禁・調教・性奴隷のコンボで責められたり、それはもう色々と大変なことになりますが……よろしいので?」

「なにその偏った知識! 俺すでにマフィア物の主人公だからね!? これ以上スペック増やせないから!」

「そうですか。あなた様の選択次第ではこれからいくらでも転びようはあるかと存じますが……まあ私には知ったこっちゃありません。では、お願いいたします。即刻……この場から、お引き取りを」

 ビュウウ…とブリザードの吹き荒れる笑顔を前にして、ジャンはこくりと頷くよりほかなかった。するとが、次はジュリオに矛先を移す。


「ボンドーネ様は――」

「大丈夫だ、問題ない。……俺は、ジャンさんのパンツにしか興味はない」

「そうですか。左様なら結構でございます」

「オイ! どこがだよ!? 問題アリアリじゃねえか!」

 ――思わずツッコんでしまった。
 その場を立ち去りかけたジャンが声を上げると、ジュリオがぎゅっと両手を握りしめてくる。

「大丈夫です、ジャンさん。……俺、あなたにも、あれ……似合うと思います」

「……はぁ!? ちょ、おい……ジュリオ?」

「ジャンさんは何を着ても似合うけど……ガーターベルトを着けたジャンさん、素敵だと思います。ボンドーネの力で、あなたに最高の一枚を…!」

「ちょ…ちょーっ! とんでもねぇコトを目ぇキラキラさせて言うな! ていうかオイ、ジュリオ、力強――、うわっ!?」

 ポワーンと目の縁を赤く染めたジュリオに、ジャンは有無を言わさず引きずられていく。どこか上の空のイヴァンともじもじするだけを残し、ジャンとジュリオは……いやジャンは、強制退場を余儀なくされた。

「ヤンデレも女装も、もう腹イッパイだっての……!!!」



 一方、残されたとイヴァンは、互いに視線を逸らしながら気まずい沈黙を共有していた。

(予想外だぜ……。まさか、あんなん履いてたとは――)

 純情な娘だと思っていた。アンみたいに……とまではさすがに言わないが、自分の中の像と、垣間見えたエロティックなガーターベルトとのギャップに、イヴァンは訳もなく動揺する。端的に言うと、興奮していた。
 ちなみにこの直前のとジャンたちのやり取りは、イヴァンの耳には届いていない。目のフィルターだけでなく、彼の耳にはすでに、都合のいい情報しか入ってこない毒舌シャッターが装備されていた。


「あ、あの……イヴァン様……も、み、見えまし、たか…?」

「……え。あ、お!?」

 ボケッとしてたら、から先制攻撃が仕掛けられた。我に返ったイヴァンは、思わず彼女に詰め寄る。

「み、見てねえ! 何も見てねえからな、!」

「そ、そうですよね…! 良かった……。あ……でも、イヴァン様なら私、もっと大胆なことも――」

「はっ…!?」

 胸を撫で下ろしたかと思うと、が頬を覆い、ポッと何かを呟いた。それを――というかそういうところは聞き逃さず、イヴァンはギョッと目を見開く。

「あっ…! な、なんでもありません…! 私ったら、なんてことを……!」

「もっと、って…大胆って……」

 モワモワモワっと、想像…もとい妄想が、猛烈に膨れ上がる。ポッポー!と瞬時に沸騰したイヴァンは、動揺のあまり思考回路をショートさせた。

「…ッ! と、とにかく……、お前が悪い!」

「ッ!?」

 そう言い放った瞬間――彼女の顔が、凍りついた。みるみるうちにその大きな瞳が潤み、涙がこぼれ落ちる寸前では頭を下げる。

「もっ、申し訳ありません…!」

 イヴァンに否定されることは、すなわち自分の全てを否定されることと同義――は唇を震わせ、やっとの思いで口を開く。

「イヴァン様のご叱責、ごもっともでございます。ご主人様を不快にさせてしまったなど、メイドの本分にももとる行為! かくなる上は不肖、お暇を取らせて頂きます…!」

「はっ!? ちょっ……!?」

「失礼いたします……!」

「!? 待て、おい、ッ!」

 そう言って脱兎のごとく、しかし決して足音は立てず、がイヴァンの前から走り去る。
 何もできずに涙の逃走を見送ったイヴァンは、伸ばした片手を握りしめると、地団駄を踏んだ。

「……だ――っ! ちくしょう! ファックファ――ック!」


 こうして、突如として本部からメイドの姿が消えたのである。





「あれから五日かぁ……。あーあ。が淹れた紅茶じゃないと美味しくねえなー」

「…………」

「……の作ったお菓子が、食べたい」

「……ファック……」


 それから五日後。幹部全員が集まった執務室でジャンとジュリオに囲まれたイヴァンは、針のむしろのような心境を味わっていた。

 いつものように紅茶やコーヒーを振る舞ってくれる可憐なメイドは、今ここにいない。
 ヒラヒラと揺れる白いエプロンの残像だけが目に焼きつき、武骨な男の手で入れられた火傷しそうに熱い――しかし、何かが決定的に足りないコーヒーをすすり、イヴァンは重い溜息を吐き出した。

「騒がしいと思っていたが――いなくなってみると、寂しいものだね」

「まったくだぜ。カッツォ、なんだこの気の抜けたコーヒーは。茶を淹れるなら、あいつ以上の適任はやっぱいねぇな」

 年上組二人も、消えたメイドの姿にだいぶ残念そうな様子だ。イヴァンが唇を噛みしめると、軽く溜息をついたベルナルドが一枚のメモをイヴァンの前に滑らせた。そこには、流れるようなの字が躍っている。

「……古巣に帰っているようだよ。このあとお前はジャンと二人で街の見回り――じゃなかったか」

「……!」

「おうおう、行ってこい、イヴァン。男を上げるチャンスじゃねーか」

「この赤毛野郎……。こんなんしなくてもな、俺はいつも最ッ高だろーが! ……おいジャン! 出るぞ!」

 そうルキーノに怒鳴りつつも、イヴァンの手は大切そうにそのメモをポケットに仕舞いこむ。立ち上がりズンズンと歩き出す最年少幹部に、ジャンは軽く両手を上げて付き従った。


 そしてたどり着いたはの古巣―― Heaven's Cafe。ノッカーを鳴らすと、あの日の彼女のように別のメイドが二人を出迎える。

「お帰りなさいませ、ご主人さ――」

「――無粋なのは分かってる。が、俺が迎えてもらいたいのは、アンタじゃねえ。俺の……俺たちのメイドを、頼む」



 奥まった席に通されると、イヴァンはそわそわと彼女の到来を待った。横に座ったジャンが、出された紅茶を口に含む。

「おい。そんな焦んなって。ココにいることは分かってんだし、今さら慌てても――、お」

「……イヴァン様……と、ジャンカルロ様――」

「ア。やっぱ後付けなのね……」

 指名をかけ、足音もなくしずしずと現れたのは――少し痩せたようにも見える、だった。泣いていたのだろうか、少し目が赤いように思う。

「よ、よう。……迎えに、来た……」

「……っ」

「その、俺、な…本当はあのとき…見えてたんだ。……悪かったな」


 ――ロースクールのガキかお前は! 言わなくてもいいのに! ……とは、当然ジャンのツッコミである。
 だがは口を押さえると、感極まったように首を大きく振った。


「イヴァン様…! ……いいんです。は、イヴァン様が来て下さっただけで、もう、何も…!」

「いや、あれは本当に俺が悪――」

「い、いえっ、私こそ…! あれくらいのことで、動揺して……あんなんじゃ、イヴァン様と ピー とか ドキューン とかできませんよね」

「え!?」


 ――健気だと思ったのに! ピー とか ドキューン とか言い出しましたけどこの子ォオオオ!!? しかもなに頬染めちゃってんの!? ……とは、当然ジャンの(以下ry


ピー とか ドキューン とかって…聞き間違いだよな!?)

 いきなりかまされたビックリ発言に、イヴァンも目を丸くする。は頬を覆うとポポッと赤くなり、さらなる弾丸を発射する。

「もう、イヴァン様もお気に病まずに。たとえまた見えてしまっても、イヴァン様のシャウエッセンがアメリカンドッグになっても、私は気にしません。…むしろ嬉しい…」

……?」

「イヴァン様のアメリカンドッグなら……私はいつでも、食べる準備ができております


 この二人のやり取りにもいい加減慣れてきたつもりだったが――やっぱ無理だ。ジャンは乾いた笑いを漏らす。
 しかしそれも微笑ましいと少しばかり思う反面、無性にイラッとするのは何故なんだろう。

 そしてフィルターとシャッターだけでなく下ネタシェルターも装備していたらしい若造は、一連の会話を「聞き間違いだ」と片付け、そわそわと立ち上がる。


「……じゃあ、帰るか。あいつらもうるせーし、その、……お前が淹れたコーヒーが飲みてえしな」

「はい! イヴァン様! その後は…ご奉仕させて、下さいね」

「!? お、おう…?」

(ご奉仕? え? 給仕のことだよな!? それ以外はねーよな!?)

「いや ピー とか ドキューン とかはっきりばっちり言ってんダロ!? どこに耳付いてんだ、このタコチェリー!」

 いい加減、堪忍袋の緒も切れてきた。テーブルを叩くと、ジャンは涙目で訴える。

「つか、カポの目の前でご奉仕宣言って何ソレ!? お前らのプレイ内容なんて、興味ねーよファンクーロ!! ……もうやだ、こいつら……。俺、なんでこの馬鹿と一緒に来ちまったんだろう……」

 そう言って東洋伝来の「の」の字をテーブルに描く。するとそっとそばに寄ったが、慈母のようにジャンに笑いかけた。

「イヴァン様にだけ、特別ということはありませんよ。ジャンカルロ様。あなたがお望みなら……」

「え。……マジ? マジ?」

 ――我らが愛すべきカポは、学習という言葉をもっと学ぶべきであった。
 ゴゴゴ……とおなじみの効果音を従えて、は氷の弾丸を撃ち放つ。

ピーバキューンズドドド することも、私は平気です。ええ平気ですとも。どんなプレイも応えてさしあげましょう。……ただし、股の間にぶら下がってるものが使い物にならなくなっても良いのなら、ですが…?」

「ヒッ!? あ、イエ……一応これ、大事なモンなんで…遠慮します……。つか、後ろだけじゃなく前まで傷物にされてたまっかよ…!」

 タマが、確実にすくみ上がった。その間にもくだんの素人童貞は、隣で想像の翼をはためかせている。


(ご奉仕…ご奉仕…ナンデモシマスご主人サマってか…? いやっ! 相手に何考えてんだ俺ァ……!)

「――あ? ジャン、テメーなに泣いてんだ? そんなにに紅茶淹れてもらいたかったのかよ?」

「……うん。俺さあ…お前が馬鹿なのが、心底羨ましくて……。いい女見つかって良かったな、イヴァン。素人童貞のくせに」

「は!? お前、何言って――。つか素人どっ…! 〜〜じゃねえって、何度言ったら分かる――」

「女の耳気にして途中でやめんなボケ。……俺、遠いところからひっそり応援してやるから……頑張れよ」

 ポンと肩を叩くと、わけが分からない様子でイヴァンが曖昧に頷く。だがそれで終わらせないのが、彼女であった。


「そこはご心配に及びません。イヴァン様の素人童貞は私のものですし、私も処女ですから問題ありません」

「ぶっ……! 俺が綺麗に締めようとしたのに、何さらっと暴露しちゃってんの、この子!?」

 これにて春を迎えるかと思いきや――最後にすごい雪崩が発生した。例によって都合よく「私も処女」としか聞こえなかったイヴァンが、本気の怒気でジャンに詰め寄る。

「なっ……。急に何言ってんだ、お前…! おい、ジャン! てめえ女に何言わせてやがる!」

「はあ!? 俺かよ! 関係ねえし! つうか処女であんだけドS発言するって…SMクラブで女王様のバイトでもしてたの!?」

「ちっ、余計なことを……。そうです関係ありません。ジャンカルロ様、お忘れですか? 人の恋路を邪魔するものは――」

「ハイわかってます! ていうか否定して、お願い! ……にしてもこの子真面目な顔してホント何言ってんの…?」

「過去には色々ありますが、誰しもそうでしょう? 処女だけは心底愛する方へと……」

 そうして、ジャンのことなど忘れたようにイヴァンをチラッと見る。「心底愛する方へと……」しか聞こえなかったイヴァンは、顔をボッと染め、もごもごと言いつのった。


「っ…! ……。お前が望むなら、その、俺はいつでも――」

「…! イ、イヴァン様…! 本当でございますか!? 私は、は、イヴァン様のことが…っ」

「ウン。てゆーか、さあ……、いくつ? いやっ女の子に失礼なのは分かってんだけどね! 気になってたんだよ!」

 盛り上がる二人に、思わず横槍を入れてしまう。するとギッと睨まれ、ボソッと低音で告げられた。

「ジャンカルロ様、今いいところです。お黙り下さい」

「………。なんで俺ってこんな扱い…? 泣いてもいいかなあ!?」

「どうぞ、いくらでも。……イヴァン様! 私の気持ち、分かって下さったのですか…!? イヴァン様のホットドッグは……これから私が、毎日お世話いたしますね

…ッ」


 聞き様によっては好物の世話にも聞こえるが――どう考えても、そうではないだろう。
 だがそれでやっと収まるかと思った矢先に、そうは問屋が卸さないと、招かれざる闖入者が現れた。


「おー! やってるなあ! 、元気だったか!? 今日も”ご奉仕”してくれ!」

「なっ…! 親父!? なんでココに…!?」


 登場したのは――そう、先代カポであるアレッサンドロ・デル・サルトその人であった。
 恰幅の良いナイスミドルはのっしのっしとテーブルに近付くと、椅子が引かれるよりも早くそこにどっかと腰かける。

「ア…アレッサンドロ、様……」

 あのでさえ、いいところを邪魔されて若干顔が引きつっている。だがそんなことは意にも介さず、アレッサンドロは伊達に片目などつぶってみせた。

「んー? 俺はココの常連だぜ。毎回を指名してたんだ。こいつの毒舌っぷりが爽快でな! お前らもか?」

「”ご奉仕”だなどと…中年の加齢臭さえ漂ってきそうな卑猥な単語を口にしないで下さいませ。耳が腐ります」

と契約したって聞いたときには、お前ら全員ドMかって心配したんだがなー。ガッハッハ!」

「さも私が嗜虐趣味を備えているような言い方をしないで下さい。私はイヴァン様以外へ性的な気持ちを抱いたことなど、一切、小麦一粒ぶんもございません。イヴァン様には夜ごと、いえ昼であっても、妄想の波が尽きることはございませんが」

「おーおー相変わらず元気なこった。じゃ、とりあえずお疲れのご主人様に一杯くれ! メイドの、?」

「お待ち下さいませ。今、バケツに水を汲んでまいります。……ゴリラの洗浄用に」

「へーへー、イヴァンを気に入ってるのは分かってんだよ。ほら後で聞いてやるから茶ァ淹れてくれ。ツンケンしてる割にはちゃーんと淹れてくるもんな、? ……イヴァンにも美味いの淹れてやれよ」

「当然でございます…! あっ、イヴァン様! コーヒーでよろしいですか?」

「…ん? あ、ああ……、頼む」


 弾丸のように交わされる会話に圧倒され、矛先を向けられたイヴァンが我に返ったように頷く。
 その横で、やはりジャンもぽかんと先代カポを眺めていた。


「あの毒舌、全部流してる……。俺今、初めてエロガッパのことすげえと思った……」

 世界トップレベルのスルースキルだ。あのと対等に渡り合っている。
 さすがは死神サンドロだ……と見当違いな感心を抱いていると、イヴァンが怪訝にアレッサンドロを眺めた。

「……って親父、あんた昔からのこと知ってたのか…」

「ああ、知ってるぜ? こいつが小娘の頃な――」

 ――そのとき。ビイイイン、とどこかから突然飛んできたフォークが、アレッサンドロの前髪をかすめて、壁にトスッと突き刺さった。その出所を探ると、厨房に引っ込んだはずのが背中を向けている。

「……いや、またの機会にしよう」

「……親父、今タマ縮んだだろ」

「馬鹿言うな、ジャンカルロ。……毛が三本ばかり、抜けただけだ。俺はまだビンビンだぞ」

「? 今どっからフォーク飛んできたんだ!? 、大丈夫だったか?」

「は、はい…! ……怖いですね。どこからでしょう…!?」

「無事、か……良かった。お前がなんもなけりゃ、それでいいんだ」

「イヴァン様……

 立ち上がったイヴァンが、に駆け寄る。しおらしく涙など浮かべたはしかしイヴァンの死角で、ポーンとフォークを弄んだ。その光景に、カポ親子のどことは言わないがどこかが、すくみ上がる。


「……あの調子で、都合の悪い部分はとことん馬鹿にゃ見えてねーんですけど。親父、どう思う?」

「うむ……うちのソルダートに、引き抜きたいところだな。美少女メイド戦士……ある意味ロマンだ」

「え? ……戦うメイドさん? ………。……それもイイな……」

「ただし、守るのはイヴァンただ一人だ。むしろ、背中を向けたらバッサリ殺られる。…フォークでな」

「いや、もう違う武器でバッサリやられてっから。今更だから」

「はっはっは。それさえも、次第に快感になるぞ。まだまだ甘いな、息子よ。……あ、。俺のお茶、まだー?」

 イヴァンを前にして相変わらずハートを飛ばしまくっているへ、空気などこれっぽっちも読まずにアレッサンドロが手を振る。するとやはりイヴァンの死角から、冷たい眼差しが飛んできた。


「……ちっ。今、いいところです。ご自分のミルクでも飲んでお待ちください」

「まだ引っ張るの!? そのネタ!」

「俺のはそろそろカルピス並みに薄ーくなってきたんだが……。ううむ、やはりここはバイアグラか……。ドクトリーヌにもういっぺん頼んでみるかな」

「薬に頼る時点で終わってるっつーの。そろそろ色々引退しろエロガッパ」

「親に向かってなんてことを言う! 普通のおじさんには、まだ戻らんぞ!」

 どこかのアイドルグループの引退公演を真似てかわいこぶってみせる中年カポに、今度はイヴァンの鉄槌が下った。

「バッ…! てめーら、の前で下ネタ吐くんじゃねえええ!!!」

「っておい! 親父の肩なんか持ちたくねーけどよ! その子の方がよっぽどエゲツねえ下ネタ言ってんじゃねーか、馬鹿イヴァン!!」

「あァン!? が下ネタなんか吐くわけねーだろ馬鹿が!」

「馬鹿って言ったら馬鹿って言うんだ、この馬鹿! こだまじゃねーぞ。誰でもだ!」

「イヴァン様…! は大丈夫です。イヴァン様こそ、耳を塞いで聞こえないように――」

「…って、え、…ッ」

 子供並みの口喧嘩を繰り広げるイヴァンのジャンの間に入り、がそっとイヴァンの両耳を覆う。
 イヴァンの薄い色の瞳を見つめると彼女は唇だけで「イヴァン様…」と囁き、その直後、絶対零度の声音で残る二人に氷の刃を突き付けた。


「いい加減になさいませ、加齢臭中年先代カポと総受け現カポ様。尻の穴に手を突っ込んでガタガタ言わせられたくなかったら、ご静粛に。しーっ、です」

 見た目だけで言えば、美人メイドが可愛く人差し指を立てて、いくらでも鼻の下を伸ばせそうな光景なのに――声が聞こえると、なんと恐ろしい一幕になるのだろう。

「………毒舌っぷりに磨きがかかったな、よ……」

「お褒めに預かり光栄でございます。アレッサンドロ様」

「……フツー”鼻の穴”じゃないの…? もう、この子…マジで怖ぇ……」


 そうして一介のメイドは、泣く子も黙るマフィアの先代と現カポを半泣きで黙らせ、(八割方一方的に)愛する男と共に、本部へと帰還したのだった。





 そして後日――また、風の強い日。


「ファンクーロ。早く中に入ろうぜ。こんな風じゃ髪が乱れる――、お」

「……だね。今日は洗濯かな? メイドがシーツを洗濯……まったく、理想的な光景だね」

「ファック。おっさん二人がニヤニヤして女見てんじゃねえよ……って、おわぁ!!?」


 イヴァンはその日、望みもしないことだが年上の幹部二人と敷地内を歩いていた。
 そこで仕事をしていたのが、例によってだ。そして例によってラッキードッグならぬラッキースケベが発動したのか、風でぶわんとのスカートが舞い上がり――


「ほう……ドロワーズか。……彼女の秘密の花園はああなっているのか。いいな…ああいうのも新鮮だ。すごく、イイ…!」

「落ち着けベルナルド。しかし、へえ、なかなか……アレも悪くねえな。どこもかしこもぴっちり固めてますってか。そのまま眺めるも良し、脱がせても良し。最高じゃねーか、なぁイヴァン?」

「な、なっ……なに妄想してんだ、てめーら! ていうかマジマジと見んじゃねぇえええ!!!」

「――イッ、イヴァン様!? もしかして、見――」

「…!!」


 ――そして、振り出しに戻るのである。







 END




例によって杳永さんとのチャットから生まれたメイド話の続きです。

〜 チャットログより抜粋 〜

たまゆら:「はい質問! メイドのスカートの中はどうなってマスカ!?」
杳永さん:「突然なに…(笑) こっそりガーター(白)に一票入れたい。たまにニーソ。…気分で」
たまゆら:「気分かよ!」

…うん、ワタシ悪クナイ…よ?
5月6日現在、杳永さんとこの拍手で、もう少しハートフルなメイド+ジャンのお話が読めますぞい。

(2011.5.6)