ライと一緒に賞金稼ぎとして旅を始めてから一年。ふたりは今、田舎町近くの森を荒らす巨大な魔獣を標的に追っていた。
夜陰に潜んで猫たちを襲う魔獣の行動パターンと棲み処を把握するために、三日前から森に入った。おりしも長雨が続き、いい加減体力と鬱陶しさが限界に達しそうになっていた今夜。とうとうお目当ての魔獣がふたりの前に姿を現したのだった。
幾匹もの賞金稼ぎを屠り、傷付けてきた魔獣は賛牙の力を得たライの剣によってようやく倒された。これで当面は働かなくてもいいぐらいの報酬が手に入る。
だがライは倒した獲物のことなど目にも留めずに、ぬかるみに座り込んだに苛立たしげな視線を投げかけた。
「だって、もったいないじゃない。三日も張ってやっと掴んだチャンスなのに」
「別に今夜でなくとも良かった。お前が無理に歌わなくとも勝てた」
「でも、確実ではなかった。……でしょ? 最近で一番手こずったんじゃない? 早く終わって結果オーライだわ」
「そんなわけあるか。……まさか立てないのか」
「んー……。目が回る」
「! おい馬鹿……! そこまで出し切る奴がどこにいる!」
三日間雨に打たれたのと歌を歌った反動で、の消耗は極致に達していた。
体が熱く、目が回る。立ち上がろうにも足にまるで力が入らなかった。今単独で魔獣に襲われたら確実に死ぬだろう。
ライに抱き起こされ、耳の先で熱を測られる。雄猫は舌打ちするとを荒っぽく背中に負ぶった。
「仕留めた証拠、持っていかなくていいの……?」
「さっき角を折った。必要があればまた取りに来る。……行くぞ」
ライのマントも濡れそぼっていてひんやりしている。だがその冷たさが今は逆に心地良い。かなりの高熱が出ているようだ。
脱力して広い肩に額を預けると、薄い怒りをにじませてにライがつぶやいた。
「己の限界以上に無理をする猫は早死にするぞ」
「私が限界でもアンタはまだ余裕だったじゃない。ふたり合わせて限界じゃなければなんとかなるわよ。アンタがどうにかしてくれるでしょ?」
「ずいぶんと信頼されたものだな。だが俺はそこまでお前を追い込みたいとは思ってない。別に金に困ってるわけでもない。戦果を焦るな」
「戦果を焦ったわけじゃない、けど――」
ライの背中では押し黙る。急に歯切れの悪くなったつがいを促すように濡れた白い尾がの臀部を軽く叩くと、はしぶしぶ口を開いた。
「だって……早く倒してゆっくりしたかったんだもん。せっかく温泉地に逗留してるのに」
「…………」
ふたりが今回拠点にしているのは、藍閃から離れた寧水という温泉町だった。その泉質は万病と美肌に効くというのではひそかに楽しみにしていたのだ。
ライは呆れたようにため息をつくと低くつぶやいた。
「……阿呆猫が」
寧水の宿にたどり着くころには、はもう話もできなくなっていた。
を負ぶったまま受付を通り過ぎ、数日間空けていた部屋のベッドに雌猫を下ろす。ぐっしょりと濡れた装備を外して乾いた布を投げると、ライはの寝台に乗り上げた。下ろされたままの姿勢でぴくりとも動かない雌猫の頬を軽くはたく。
「――おい、そのまま寝るな。着替えられるか」
「ん……」
は熱い息を吐くばかりで目を開きすらしない。ライはため息をつくと乾いた布での髪をぬぐい、濡れた衣服に手をかけた。
ライとよく似た意匠の服を、苦労しながら脱がせていく。普段なら真っ赤な顔で毛を逆立てて拒絶する行為だろうに、今夜のはなすがままだ。
白い肌からはあえて目を逸らし、宿の寝衣を着せかけると半乾きの金の尾がふるりと震えた。ライは自らも乾いた服に袖を通すと、深くため息をついた。
右目の疼きと狂気の衝動はかなり減ったとはいえ、獲物を倒した直後は神経が高ぶっている。そんなときに雌の――いや、の裸体など見れば欲が煽られるのは分かっていた。
だが熱で弱っているつがいを見て興奮するほど腐ってはいないつもりだった。本能を理性で制すると、ライはの背後に横たわった。
いまだ湿って毛並みが乱れた金の耳を、そっと毛づくろいして整える。月明かりに鈍く輝く髪を指で梳くと、しっとりとしたそれは美しい流れを取り戻した。
熱を持ったの頬、そして尾を毛づくろいしながら、それにしてもとライは思う。
こういうとき、雌とはなんと弱いのか。
は丈夫な方だし、体力も並の雌よりはよほどあると思う。だが雄とは根本的に体の作りが違うのだ。
コノエと行動していたとき、かの猫もよく熱を出したが当時の状況が状況だったし回復も早かった。もそうしょっちゅう熱を出すわけではないが、消耗すれば体調を崩すしライのそれに比べると回復には時間を要した。抵抗力が、どうしたって弱いのだ。
決まった家もなく、獲物や賞金首を求め祇沙中を旅して歩く。今回のように風雨に打たれることもあれば、もちろん体が傷付くこともある。
そんな生活は、雌の身には過酷なはずだった。そもそも雌だというだけで付け狙われることもある。
他の誰かと結ばれていれば、もっと穏やかな生活を送れていたに違いない――そう思ったことも一度や二度ではない。
だがこの生き方を望んだのはであり、そして受け入れたのはライだった。だからの生き方を今さら否定はすまい。
だが、明日をも知れぬ生業だが、いつかが闘えなくなったら、もしくは自分が闘えなくなったら、どこかに定住してその時からでもそんな生活を送ってもいいかもしれない。
そんなことを少しでも考えるようになった自分にライは驚き、そして少しの恐れを感じた。
毛づくろいをするうちには完全に眠ってしまったようだった。まだ熱いながらもひとまずは穏やかになった寝顔を眺めるとライは寝台から身を起こした。
雌の匂いから距離を置くと、不埒な心を鎮めるべく自らの毛づくろいを始めたのだった。
翌朝が目を覚ますと、薄い陽の月の光が窓から差し込んでいた。雨はようやく上がったのか。
寝そべったまま首を回すと窓辺でライが朝の毛づくろいをしていた。揺れた気配に気付いたようにライが振り返る。
「……起きたか。体調はどうだ」
「まだ、起きるのは無理っぽい……。ごめん、迷惑かけたわね」
「まったくだ」
大股で歩み寄ったライがの耳をつまみ、いまだ残るその熱に嘆息する。昨夜よりはだいぶ良くなったが、起きて動き回ろうという気にはまだまったくなれなかった。
「何か食べるか」
「ううん、いらない。……あ、水だけ欲しいかな」
部屋の隅の樽に向かったライが器を手に戻ってきた。体を起こしてそれを受け取ると、自分が清潔な寝衣を着ていることには気が付いた。
……昨夜着替えた覚えはない。ということは、ライが――
「…………」
下着もなしに直接肌にまとわされたということがどういう意味を持つかに思い至り、の頬が赤く染まる。水を飲み干して器を返すと、ライの顔を見られないままぼそっとつぶやいた。
「なんか色々と……ありがとう……」
が再び寝台に横たわると、ライは今度は机に武器を並べ始めた。湿ったベルトに顔をしかめ、光が差し込む窓辺につるす。その意外にまめまめしい動きをはぼんやりと眺めていた。
「私のことは気にしないで、出かけていいわよ……。昨日の魔獣の証拠提出とかあるでしょ?」
「別に、後日でいい。俺も服が乾いてないんでな。どうせ今日一日は出られん」
この部屋で日がな一日過ごすつもりか。が目を見開くと、ライはまた武器の手入れを始めた。その背に向かいは遠慮がちに声をかける。
「あの、じゃあ一つお願いがあるんだけど……私の荷物に薬草が入ってるから、それで薬湯作ってくれない?」
「……? 俺は薬湯の作り方など知らんぞ」
「ちょっと力はいるけど、簡単だから。葉っぱをビリビリーってやって水とグッチャグチャに混ぜるだけだから」
「……雑だな」
呆れた様子でため息をつきながらも、ライはの指示通りに薬湯を作ってくれた。手渡されたそれの独特な臭いには顔をしかめつつ、並々と注がれた薬湯を半分だけ飲み干す。
「あーこれこれ。この苦みがたまんないのよねぇ……」
「オヤジかお前は。……なんの薬湯だ。よくそんなもの持っていたな」
「うん、疲労回復に効果があるの。ここ、温泉町だからかしらね。薬草がたくさん売ってて最初の日に買っておいたのよ。……アンタも飲んだら? たくさん作ってもらったし、置いといても悪くなっちゃうから」
器に残ったもう半分を勧めると、ライは嫌そうな顔をしたが結局それを手に取った。眉をひそめて薬湯を飲み干すと口元を押さえる。
「……不味い」
「ね。でもよく効くのよ。うちの父さんもしょっちゅう飲んでたんだから」
が再び横になるとライが器を片付ける。その静かな動きには目を細めた。
ずいぶんとまめに看病してくれている。過保護なほど優しい、と彼に対しては初めてかもしれない感情を抱いた。熱も相まってか妙にドキドキする。
「あ……外出できないなら、せめて宿の温泉にでも浸かってきたら? どうせ私はまだ入れないし、たまにはゆっくりしなさいよ」
そう告げたのはこの部屋に一日ふたりで過ごすのが照れくさかったからでもあるし、先ほどライが薬湯を飲んだ様子から彼自身もほどではないにしろ疲労が溜まっているかもしれないと思ったからだ。
が上目遣いで見上げると、ライは一つ息を吐いて立ち上がった。
「そうだな。鍵はかけておけよ」
それから小一時間ほど。が再び眠りに落ちていると、外から鍵が開けられた。
ライが帰ってきたのだろうか――体をゆっくり起こすと、まだ熱はあるものの薬湯の効果か先ほどよりは体が楽になっていた。
「ライ、おかえ――どうしたの?」
「お前……さっき、何を飲ませた?」
「え?」
ライは帰ってくるなり殺気立った様子でを問い詰めた。普段は白いその顔がうっすらと上気し、呼吸もわずかに荒くなっている。
湯当たりして急に体調が悪くなったのだろうか。が寝台から下りると、ライは苛立たしげに大きく尾を振った。
「なにって、だから疲労回復に効く――」
「なんという薬草だ」
「え、カサネムスビの葉――」
「カサネムスビだと……!? お前、なんてものを買ったんだ!」
ライの剣幕には目を白黒させた。なぜそんなに怒っているのか分からない。そんなを見てライは吐き捨てた。
「カサネムスビは強壮剤だ! 雌や歳のいった雄には疲労回復効果しかないが、繁殖適齢期の雄に与えればどうなるか想像もつかなかったのか!」
「え……。ええー!?」
ライの言葉、そしてその様子には今度こそ面食らった。
……そう、ライのこの症状。は今までにも見たことがある。あの藍閃で媚香を嗅いでしまったとき、そして発情期の――
「……っ。だ、だって、薬屋の猫なにも言わなかったわよ!? 私、雄のフリして買ったのに……! 分かってたら言うでしょ!?」
「どうだかな。元からそれ目的で手に入れる奴もいるだろう。お前、買うとき何か余計なことを言わなかったか?」
「え……。あ、最近夜に元気が出ないって言ったかも……。道中ちょっと寝不足だったから」
「……それだ。阿呆猫」
心底呆れたように告げたライにはめまいがした。ふらふらと再び寝台に腰かけると顔を覆う。
「ごめん……知らなかったとはいえ、本当にごめん……」
「……ちっ」
舌打ちする間にもライの息はせり上がり、目尻が赤く染まっている。発情期以外ではまず見ることのない珍しいその表情にの目が釘付けになると、ライは半乾きの服を着始めた。ブーツにまで手を伸ばしたライには慌てて声を掛ける。
「ど、どこ行くつもり!?」
「外だ。こんな状態でお前と一緒にいられるわけないだろう」
「でもっ、どうするのよそれ……!」
「どうにかする」
ライは相当しんどいはずだ。媚香も発情期も経験してきたからにもそれぐらいは分かる。そして、欲望を発散するかかなりの時間をかけないとそれが解消しないということも。
どうにか、とはどこかで発散してくるということか。……ひとりで? それとも誰かと……?
ここは温泉町だから、湯治に来た雄猫を相手にするそういう商売の猫もいるのかもしれない。
もしそれを言っているなら……絶対、行かせたくない。は顔を上げるとぼそっとつぶやいた。
「あの……手伝う?」
「馬鹿を言え。お前に扱かれてひとりで達するなど冗談じゃない」
「……っ。……じゃ、じゃあ私、少し部屋から出てる? 静かな方が集中できるかも――」
「余計な気を遣うな。……そんな体調で何を言ってる。お前はいいから寝ていろ」
「…………」
取り付く島もないライの様子に、うー、と唸り声が漏れた。は赤い顔のまま、思いきって両手を上げた。
手を伸ばし、ライを迎え入れるようにじっと見上げる。
「出かけないで、いい。……責任、取るから」
「……っ」
まるで母猫が子猫を抱きとめるようなポーズにライは虚を突かれたようだった。赤い顔で無愛想に誘うつがいを一瞥し、ふいと目を逸らす。
「……回復が遅くなるぞ」
「少しは良くなってきたから大丈夫よ。こんなことになった原因は私でしょ。アンタをそんな状態でほっぽり出せないわよ」
ライの喉がグル…と鳴った。その獣じみた音にうっすら恐怖が沸いたが、は手を伸ばし続けた。
というか、さっさと諦めて来てほしい。ずっと手を上げているのも正直しんどいのだ。そんなにライはいまだ迷いの残る吐息で答える。
「発情期並みに衝動が強い。……お前を、抱きつぶすかもしれんぞ」
「……いいわ。そうしたら温泉でゆっくりするから。延泊料金は払ってくれるでしょ?」
ライが一歩近づく。恐れるような色を浮かべる薄青の瞳に微笑みかけ、は熱っぽくささやいた。
「……来て、ライ」
「……んっ。……ふ……っ」
ゆっくりと歩み寄ってきたライを抱きとめると、こわごわと背に手を回された。自らの衝動を恐れ、力加減を測っているかのようなその動きにじわりと胸が疼く。……優しい。
そのまま耳の先を舐められるとビクンと体が震えた。何度も内側に舌を差し込まれ、水音とともにライの荒い息が聞こえる。
「……まだ、熱が高い」
「仕方ない…わよっ……。アンタの方が……つらいでしょ」
頬を撫でられ、その軌道を舌で追われるとはライを薄目で見上げた。
いつもは憎らしいほど白い顔が今やはっきりと上気し、隻眼には明確な欲望が宿っている。媚薬に煽られてむき出しになったそれにゴクリと唾を飲み込むと、これから先を想像してはおののいた。この万全ではない体で今のライを受け止めたら、どうなってしまうのだろう――
「……見るな」
「え。……んむ……っ、はっ……」
の視線に勘付いたライが手で視界を塞ぐ。そのまま唇を覆われて、自分と同じぐらい熱い舌に口内を押し開けられた。
牙が当たる。思えばキスをするのすら久しぶりで、縮こまった舌を絡め取られるとズクンと尾に痺れが走った。
「ラ、イ……っ。あ……ふぅ……」
「っ……。……」
名を呼ばれるともう駄目だった。それが合図であったかのように舌の動きが激しさを増す。
たまらずライの胸にすがりつくと、ライが寝台に乗り上げて体が傾いた。柔らかく敷布に押し倒されて、はライの肩越しに窓から空を見る。
(陽が高いな……。色々見えちゃう……)
の視線に気付き、ライが乱雑に雨戸を閉める。室内が若干薄暗くなってはほっとした。
ライが肩口に顔を埋めてくる。薄い寝衣ごしに胸を撫でられ、はぴくっと尾を震わせた。下着をつけていないから、乳首の隆起がすぐ分かってしまう。
「……ふん。あんなものでも、少しは役に立っているんだな」
「バ、カ…ッ。う、ン……っ」
布越しに指で何度もそこを弾かれ、羞恥と刺激に眉が寄る。ライは手を差し込んでから上着を取り去ると、自らも服を脱いでを組み敷いた。
声色こそ抑えてはいるが変わらず荒い息を吐くつがいの胸にが手を伸ばすと、その手を取られて敷布に縫いとめられてしまった。
「……お前は、今日は何もしなくていい。ただ寝て委ねていろ」
「え……。でも、アンタがつらいじゃない。じゃあ時間かけなくていいわよ」
「黙れ。……欲望を解消する手段が目の前にぶら下がってるんだ。そうと分かっていれば多少の抑えは利く」
「あ……!」
ざり、とむき出しになった喉元を舐められた。柔らかくそこを食んだ唇はキスを降らせ、胸へと下りていく。普段より熱い舌でその先端を舐められるとの尾がなまめかしく動いた。
「ライ…っ……。や……んっ……」
「……熱が上がってきたな。下は……さすがに履きなおしたか」
舌で乳首を転がしながら下衣を引きずり下ろし、熱い手がの膝に触れた。内腿を往復されると期待に腰が甘く痺れる。
ライに言われるまでもなく、熱が再び上がってきていた。ライと同じぐらい、もしかしたらそれ以上に荒い息では首を振る。
「ねえ、ほんとにゆっくりしなくていいから……! 大丈夫だからっ……」
最中に気でも失ったら困る。体はまだ準備途中だが、こんなにゆっくり感じさせられるよりは痛みを与えられた方がまだ消耗は少ないかもしれない。
ライだってつらいはずなのに、こんな時に気なんて遣わなくていい。……つがいだから、受け止める覚悟はできてるのに。
「うるさい。黙って感じていろ」
「あ――。……! 待って! 私、水浴びしてない……!」
「……ふん。お前の匂いなどもう嗅ぎ飽きた」
下履きを抜き取られ、膝を広げられた段になっては慌てて身を起こした。ライの意図を察して膝を閉じようとするが、一歩遅かった。
ライの舌が内腿を舐め、隠された秘所に落ちてくる。ライの不在時に水拭きはしたが念入りには洗えていないそこにザラリとした湿り気が当てられた。
「――ッ!! やだ……! 汗くさい、からぁ……っ!」
「お前の匂いしかしない」
「一緒よ! ――アッ……、いや……だって……。ああっ……」
必死の抵抗など、ものの数秒も持たなかった。ああ、なんて快楽に弱いのか。
ライの舌先が芽を細かく揺すぶり、指が潤み始めた入り口を往復した。それだけでの声は一段も二段も甘く跳ね上がった。久々に与えられる刺激には早々に陥落した。
「あっ……ライ……っ。ああっ……。やぁ、あ……!」
「……相変わらず、お前はこれが好きだな」
深く指を抜き挿しされて粘液があとからあとから湧いてくる。その乱らな水音がの耳にもはっきりと届き、は思わず手で耳を塞いだ。
顔を上げたライがそんなを見下ろし、深部の粘膜と濡れた芽を同時にこする。濡れそぼったその指が与える強い快楽には抗えず、羞恥も忘れて高く鳴いた。
「ぅあ、あ……! いや……イく…! あっ、あっ、ライッ……!!」
「――っ!」
絶頂へと手が届くその寸前で、ライの手が突然止まった。ライは唸りながらを組み敷くと、猛りきったその切っ先をへと押し当てた。
――いつもより、大きい。そんな風に確認できたのは一瞬だった。今までのじれったいほどの辛抱などかなぐり捨てたように、の肩を強く掴むとライは一気に腰を押し進めた。
「ん――!!」
「っ……。……はぁ……っ。……は……。……きついか」
「だい、じょう……ぶ……。アンタこそ……平気だった?」
「……限界だった」
「……ふ……、はは……」
最奥で止まると、ライが震える息を吐いた。強く掴んだの肩から手を離すと我に返ったようにを見下ろす。
一瞬理性を飛ばしたつがいの姿には小さく苦笑し、その手を彼の首に伸ばした。そしてぎゅっと抱きしめる。裸の胸が重なりライの体温と鼓動がダイレクトに伝わる。
手を出すなと言われても、これだけはしたかった。ぬくもりを教えてくれと言ったあの日のライに、いつまでも何度でも応えるために。広い背中を手でさすると小さく喉が鳴る音が聞こえた。
「……やはり、熱いな」
「そりゃそうだわ。でも、アンタだって熱いわ。……ねえ、もう動いて大丈夫……」
意識は熱で朦朧としつつあったが、ここで気を飛ばすわけにはいかない。ライの衝動はまだ解消されていない。
それでもすぐには動かず、頬や唇に口付けを降らせるライには熱い息を吐いた。
「なんか……優しすぎて調子狂う……。ライのくせに」
「お前こそ、普段より素直で調子が狂う」
「なんでよ。私はいつも素直でしょうが」
「どこがだ」
ゆっくりと、の中を探るように抽挿が始まる。もどかしいその動きには首を振った。
こちらは先ほどまで達する直前だったのだ。その手前で足踏みするような動きはじれったいだけ……!
「あっ、あっ、……ねえ! ほんとに動いて大丈夫だってば!」
「……っ」
が促してもライの動きは激しくならない。抜き挿しこそ大きくなったが、それは逆にの内壁を擦り上げて疼きを強めるだけで、決定的にならない快感には身をよじった。
「んっ、アッ、いやぁ……ッ。ちょっと……! なんで!?」
「……何がだ、」
「だってこんな……! や――、バカ……ッ」
快感を拾い上げてが達しそうになると、その寸前で動きを弱める。その繰り返しではたまらず喘いだ。抗議しようにも、熱と揺すぶられるのとで甘ったるいかすれ声しか出てこない。
が身をよじるせいで、もう敷布もぐしゃぐしゃだ。ライはそんなを見下ろし、薄青の目を細めた。
――前言撤回だ。全然優しくない!
いいように喘がされながら、はライの胸をペチペチと叩いた。
一方、ライも決して余裕なわけではなかった。
そもそもが媚薬を盛られていたし、自分でも制御できない欲望をに叩きつけそうになるのを必死に抑えていた。
体調の優れぬに負担をかけないよう、前戯も念入りにやった。だが雌猫の匂いと声に煽られ、いつしか配慮は薄くなっていた。
の体調を考えるなら、さっさと自分が達してこの行為を終わらせるべきだ。長引かせるのはにとっても自分にとっても負担が強いだけだ。
そう思うのに、苦しいほどの衝動を開放することよりも、今――のその声を熱を長く感じたいと思ってしまった。
「あっ、あんッ……! ライ…ふあっ、ライ……!」
多少薄暗くはなったが陽光の下でのすべてが見えていた。赤く上気した顔の中、緑の目が潤んでライを見上げる。金の髪は乱れ、ライが舐めすぎて濡れたままの乳房が抽挿に合わせて揺れた。
しとどに蜜を垂らす亀裂が深くライを呑み込み、常よりもなお熱いその体内がライ自身を絡め取って追い詰める。
媚薬を盛られたのはこちらなのに、自分こそが惑わされたかのように乱れる雌猫の姿にライの欲望は急速に昂ぶった。金の尾の根本を逆立てると、が泣きながら懇願する。
「ア……! もう、無理…! イかせて……イかせて! お願い、ライ……!」
涙どころかよだれまで垂らして叫んだの姿に、最後の我慢は焼き切れたのだった。
「あ、ああ……! んん……っ! ――ッ!!」
「――っ、く……、……っ」
懇願の直後、早いピッチで追い詰められはライにしがみついた。長く焦らされた体が歓喜するように快楽を駆け上がっていく。
そうしてようやく絶頂に達すると、肩口でライがうめいた。震えて吐精するつがいをは固く抱きしめた。
「……っ……、……はぁ……っ」
体の奥深くに温かいものが満ちたのが分かった。ライが動きを止め、荒い息を吐きながらの上にのしかかってくる。
その重みを受け止め、は汗ばんだライの背中を撫でた。腕一本持ち上げるのもおっくうになっていたが、ライの息が落ち着くまではその背を撫で続けた。
「……落ち、つい、た……?」
「……まあ、それなりにな」
「良かった……。もう一回とか言われたら、さすがにそれは無理だった……」
頬に唇にライが口付けを落としてくる。も首を伸ばして眼帯をしたままのライの右目に口付けると、ふたりの間には沈黙が落ちた。それは温かいものだった。
やがてライが体を起こしてから離れると、逆流した精が亀裂から後ろに伝う。それを拭う気力もなく、は目を閉じた。
「……?」
「…………」
「おい……大丈夫か」
急に反応のなくなった雌猫をいぶかしみ、ライが見下ろすとはすぅすぅと寝息を立てていた。上気した頬はそのままだが呼吸は落ち着いている。
疲労困憊の末にただ眠りを求めた細い体を見下ろし、ライはため息をついた。
その次にが目を覚ましたのは、空が夕暮れに傾きつつある頃だった。耳を毛づくろいされる心地よい感覚にふっと意識が浮上する。
「あれ……。あれ?」
「……起きたか」
はライの腕の中にいた。寝起きのぼんやりとした意識で見上げると、薄青の目がを静かに見つめていた。
「え……。まさかずっと起きてたの?」
「いや、俺も寝ていた。媚薬を完全に抜くのにもう少し時間がかかりそうだったんでな」
「あ、そ、そう……。それはお手数を……」
ライの目にはもう切羽詰まったような欲情の色はなかった。そしてもぐっすり寝たためか熱がだいぶ下がっていた。
お互いすでに汗は引き、どことは言わないが体も綺麗に拭われて服まで着せられている。連日に渡って世話をさせてしまった気恥ずかしさにが無言になると、頭上から低い声が降ってきた。
「……無理をさせた。悪かった」
「え? ……あ、ああ……。いや、それは本当にそうなんだけど、そもそもの発端は私だし……私こそ、ごめん」
しゅんと耳を下げて謝ると小さくため息が聞こえた。そのまま毛づくろいが再開され、は目を閉じる。
「……ずいぶん殊勝だな。調子が狂う」
「一言多いなぁ。悪いことしたら反省ぐらいするわよ……。――あ、ちょっ……」
ぐいと尾を引っ張られて先端を甘噛みされる。一瞬甘い疼きが背筋を走ったが、ざりざりと丹念に毛づくろいされるとトロンと体が緩んだ。――心地良い。
の喉が勝手にくるると鳴る。さらにはフワフワと柔らかいライの尾が体に巻き付き、はそれをそっと両手で握りしめた。
(やっぱり優しい……調子狂うわ)
「一日、部屋の中で終わっちゃうわね……」
「別に構わん。延泊代ぐらいどうとでもなる」
「私も明日は温泉入ろうかな。どんな感じだった?」
互いに毛づくろいを仕掛けながら寝台の中で語り合う。の質問に、ライはふと考え込んだ後にそっけなく告げた。
「そう広くもないが悪くはなかった。……が、雄専用だ。お前が入るのは無理だな」
「え……。えー!?」
が顔を上げるとライは何を当たり前のことを、と言わんばかりに鼻を鳴らす。
「十年後ならいざ知らず、こんな田舎町までわざわざ湯治に来る雌がいると思うか? 町猫用の共同浴場ぐらいはあるだろうが、くつろげるようなものではないだろうな」
「そんなぁ……。楽しみにしてたのに……」
「余計なことなど考えず、療養に専念しろ。明後日には経つぞ」
「はぁい……」
がしょんぼりと肩を落とすと、慰めるように太い尾がボフボフと背中を叩いた。
そして翌日の夜。すっかり体調も回復して夕食を平らげたは、ライに呼ばれて宿の裏手にやってきた。木でできた小屋の扉を開けて中に押し込まれるとそこは中庭のようになっていて、湯気を上げる泉がを出迎えた。
「えっ。……えっ!? ちょっとここ、雄専用なんでしょ? 他のお客さん――」
「貸し切った。今夜いっぱい誰も来ない」
「かっ――、ええっ!?」
田舎町の温泉とはいえ、一番混む時間帯を貸し切ればそれなりの額になるはずだ。報酬が手に入ったとはいえ、ライにしてはずいぶんと大盤振る舞いだ。
が振り返るとライはふんと鼻を鳴らす。
「入りたかったんだろう。好きに浸かれ」
「…………」
の頬にじわじわと笑みが浮かんでくる。そんなことをしそうにない猫の意外な贈り物に胸が熱くなったは、しかし次の瞬間すんと現実に引き戻された。
「……ちょっと。なんでアンタも脱いでんの?」
「ここで浸からない理由があるか?」
「いやいや、あるでしょうよ! 外で待ってるとか、見張りに立つとか色々――!」
「どうせ鍵はかけてある。それにもし襲われたとしたら共にいる方が好都合だ」
ライはさっさと服を脱ぐと湯へと入ってしまった。近くに剣を置いてはいるがどっかりと腰かけ、完全にくつろぐ体勢だ。
に視線を向けると、傲岸不遜な白猫はにっと唇を引き上げた。
「入らないのか? ……やれやれ、次はいつ機会が来るか分からんがな」
「〜〜ッ!! 入るわよ! でも絶対変なことしないでよね……!」
「ほう? 何を想像したのか聞いてみたいものだな、」
「知らない知らない。あっち向いて!」
夜の闇と湯気の白さは、赤い顔を隠してくれるだろうか。引きずり込まれるように湯の中に引っ張られ、のんびり温泉を楽しむどころではなくなってしまった。
どうせ今夜も泊まるのだ。明日の朝、寝坊したって知るものか。
濡れた互いの尾で肩を叩き合うと、ライの口には憎たらしい微笑が、そしての顔にはこらえきれぬ苦笑が浮かんだ。
END
Top
ラメステにトチ狂って再燃して、まさかの16年ぶりの新作です。
自分で書いた設定とか忘れてそうですがご容赦ください…。
ただただイチャイチャさせたかった、それだけです。
(2024.3.20)