Jealousy or
love?
「どうした…? 心ここにあらずって感じだな」
深夜の寝室。その寝台の上で、はしっとりと汗ばんだ大きな手で頬を撫でられ、その主にぼんやりとした視線を向けた。
自分たちは共に全裸で、先程まで組み敷かれて散々に乱れさせられ、今また向かい合って抱き合っている。バルドに跨がって自らその熱を受け入れたは、頬をさする指に目を落とし、そっとそれを掴むと自分の唇に押し当てた。
「ん…?
どうした?」
こちらを見つめる雄猫の眼差しは、熱に揺らいでいてもあくまで優しい。
少しかさついた指先を口に含むと、つがいは嬉しそうに眦を緩め、もう片方の手での背を撫でおろした。
「……可愛いことしてくれるなよ」
「……ん……」
敏感になっている肌に雄の熱が心地よい。声を上げたに満足したのか、バルドは手を前に回すとの胸をゆっくりと揉みしだいた。緩急をつけて性感帯をまさぐられ、は緩やかに背をしならせた。
大きな手が与えてくれる、熱。それとともに流れ込む、彼の感情。
なぜだか分からないけど、目の奥が熱くなる。バルドの手に視線を落としたは、ゆっくりと首を振った。
「本当にどうした。……どこかつらいのか?」
普段とは異なるつがいの姿に、バルドが心配そうな視線を向ける。は目を閉じ息を吐き出すと、腕をバルドの首に絡ませた。
「違うの。……今、なんかふと、嫉妬したの」
「嫉妬…? 誰にだ?」
縞猫がわずかに目を見開く。その金の目を見つめ、は眉を下げて笑った。
「本当になんでだか分からないんだけど……アンタが昔関係をもった猫たちに、ちょっと妬いたの。なんで今更って、自分でも思うんだけど。……ああ、別にアンタが何かしたって訳じゃないのよ?」
「…………」
バルドを見ると、なんとも言えないという表情をしている。その顔を引き寄せて唇を重ねると、雄猫は心得たように応えてくれる。それにまた息を乱し、は困ったように笑う。
「私以外にもこの指を知っている猫がたくさんいたんだなあって思うと……ちょっと、ね。普段は全然気にならないんだけど、今日は突然――」
そこまで言って、言葉に迷う。……そう、突然。どうして気になったのか。
「……どうしてだ?」
口をつぐんだの髪に、バルドの手が触れる。肩を伝い、その背を抱きしめるように。
包み込まれるように触れられて、は理解した。それは……今、愛されていると実感するからだ。
触れる指先が、見つめる眼差しが、時にからかい混じりでも情熱的な言の葉が、を愛していると告げてくる。
そのことに浸りながら、ふと裏で思うのだ。彼は今までに抱いた猫に、そう感じはしなかったのではないかと。
多くの猫とのつながりの中で、心通わせた者も確かにあっただろう。けれど大多数はそうではなかったのではないかと、勝手な想像で思う。
深くささくれ立ち疲れ果てた心が、本当に癒されることはなかったのかもしれない。そんな関係を哀れだと思う資格などないが、それでも。心が伴わなくとも、何度となく触れられたかもしれない顔も知らぬ猫に、ほのかな嫉妬を抱く。
「私が……アンタのことを好きだから。過去まで手に入れたいって、思ってしまったのかもしれない。それか、もっと早く出会いたかったのかも。そんなことできるはずもないのに」
この気持ちを上手く伝えられずに、は冗談めかしてそう告げた。だがバルドは虚を突かれたような顔になり、ついでくしゃりと笑った。
「それは……嬉しいヤキモチだな。そこまで想ってもらえるなら、昔バカをやった甲斐もある」
「だから今までは全然気にならなかったんだって。別に何をどうしようって訳でもないし……」
だんだん何を言っているのか恥ずかしくなってきて、は言葉をしぼませた。
こんな体勢でする話でもなかった。居心地悪く身じろぐと、バルドを受け入れていることを思い出し鼻にかかった吐息が漏れる。
「違うよ。あんたの中で、俺に対する気持ちが変化してきてんだろ、きっと。……過去をやることはできんが、これからの未来はあんたに全部やるよ。できるだけ長く持たせるように、健康にも気を遣う」
「何それ……」
どこか締まらないバルドの言葉に、は苦笑を漏らした。だがそれはじわりと胸にしみこみ、の中へと温かく広がっていく。
彼は辿りつけたのだろうか。その気持ちが安らぐ場所に。
……自分がそうであったらいいなと、は思う。
彼が最後に愛する猫は、自分であってほしい。それはの中に生まれた、ささやかな独占欲。
(そばにいて、ずっと。私にアンタを愛させて――)
そこまでは、なかなか口にすることができないけれど。
言葉にできない想いを伝えるように愛する猫の首に縋ると、は再び甘い夜へと溺れていった。
END
(2008.11.9)
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