ふたりじめ





 もう、そろそろ――我慢できない。


 その夜、俺は寝台に腰かけて服をたたむの背を、部屋の隅からじっと見つめていた。
 俺の隣に置かれているのは、俺が編んだ大きな揺り籠。その中には、産まれてまだ三巡りの月にも満たない子猫が…俺との子供のカナタが寝かせられていた。

 そっと覗きこむと、カナタがころりと寝返りを打って俺は起こしてしまったかと少し慌てた。だがカナタは相変わらず気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
 その濃い金色の髪を撫でるとカナタは小さな耳を小さく震わせた。指を差し出すと、ふくふくとした手でギュッと握る。そのあどけなさに俺は微笑みが込み上げた。

 最近は首も据わってきて、今までおっかなびっくり抱いていたのが、少しは安心して抱っこできるようになってきた。
 産まれた当初は顔もしわくちゃで、俺はかなりびっくりした。今は可愛い赤ん坊の顔つきだ。あのままだったらどうしようかと正直思っていたことは、には秘密だ。

 肌は自分、髪は譲りだが、顔立ちはに似てるんじゃないかと俺は思う。に言わせると「アサトに似ている」のだそうだが。
 雄だけど、みたいに綺麗な猫になればいい。そう伝えると、は「アンタみたいになった方がいいわよ」と笑った。
 

 カナタから視線を移すと、はそれに気付いたのか「なに?」と問いかけてきた。作業が終わったのを見計らい、俺はのそばに寄る。

「赤ん坊って、本当によく寝るんだな」

「そうね。まあ寝る子は育つって言うし、いいんじゃない? カナタ見てると昼間から一緒に寝たくなっちゃうのが困りものだけど」

 そう言ってはくすくすと笑った。その笑顔がとても優しくて、俺は嬉しくなる。
 出会った頃よりも、の雰囲気はずっと柔らかくなった。もちろん最初からは優しかったけれど、ふたりで行動し始めてから、そしてカナタが産まれてから、隣にいると包み込まれるような気持ちを感じるようになった。それは何もカナタだけに向けられるものではなく。

 俺だけが知っているの姿に、俺はにすり寄るとクルル…と喉を鳴らした。

、花の匂いがする」

「え? ……それはアンタでしょ。私、煙くさいはずよ。窯の前にいたんだから」

「そうか? 俺と同じ匂いがするが……」

「じゃあアンタのが移ったんだわ。多分これがもう、うちの香りなのよ。きっと」

 くん、と袖を嗅いだが肩を竦める。確かに俺とはほとんど同じ匂いがする。そしてカナタも。
 もう他猫ではなく、家族なのだと――俺は改めて実感した。


「……? なに? くすぐったいよ……」

 もっとを感じたくて、俺は寝台に上がり込むとの髪に顔をうずめた。カナタより淡い金髪が月の光に鈍く輝いて、とても綺麗だ。少し冷たい感触のする長い髪を梳くと、それはさらさらと心地よい手触りで俺の指からこぼれ落ちていった。

の髪、好きだ」

「そう? ありがと」

の唇も……」

「……んっ……」

 ぎゅっと後ろからを抱きしめ、俺はぺろりとの唇を舐めた。少しビクッとしたが、俺を振り返ってゆっくりと目を閉じる。俺は嬉しくなってに長いキスをした。


「……ん……、んん……」

「…………」

 思えば、こんなに深いキスをするのは久しぶりで。俺はうっかり噛み付いてしまいそうになるのを抑えて、できるだけ優しく静かにの舌を探った。
 首が苦しくなってきたのだろう、がわずかに身体をひねる。ふわりと花の香りが鼻孔をくすぐり、俺は誘われるようにの胴体を手のひらで擦った。

 久しぶりに触れる、の肌。……温かい。もっと触りたい。
 の妊娠が分かってから、何かあってはいけないと俺はを求めるのを控えた。それは少し…いや結構苦しいことだったけど、と産まれてくる子供のことを思えば、心は自然と温かくなった。

 でも、もう、そろそろ――


「……したい……」


 思わず掠れてしまった俺の言葉に、はびくりと反応した。そして次の瞬間、そっと身を引く。俺は驚いてを覗き込んだ。

「……? どうした?」

 どうしよう。まだ嫌だったのだろうか。それとも、急ぎすぎて嫌われた?
 少し不安になって俺の耳が下がる。はほんのりと顔を赤く染めて、気まずげに俯いた。

「あの……アサト、ごめんね。私……」

 そう言って、服の裾をぎゅっと掴む。俺を見ないその瞳に、心の底がざわざわとする。

「私……おなかが……」

「おなかが……?」

 痛いのだろうか。俺ははっとしてその腹部を見た。は深刻な表情で、ためらうように短く息を吸う。

「おなかが…ッ、……まだ、戻りきってなくて…………見せられないのっ」

「…………」


 しん、と室内に沈黙が落ちた。弱々しく漏らしたは、首を真っ赤に染めて項垂れている。
 俺はしばらくぽかんとしたあと、に問いかけた。

「……たるんでいる、ということか?」

「たる…っ! たるんでないわよ! ちょっとふっくらしちゃっただけ!」

「ふっくら、なのか」

「……うっ……。……ハイ……」

 は涙目で頷いた。もじもじと、恥ずかしそうに俺から少しずつ離れていく。俺はを引き寄せると、再びその身体を抱きしめた。


「! ちょ……アサト!」

「なんだ、そんなことか。……そんなの俺は気にしない。は痩せているから、少しぐらい太った方がいい。どんなでも俺は好きだ」

「私は気にするっ…のよ! ちょっと、無理無理無理! いやー、お腹触らないでー!」

「それは無理だ」

 じたばたともがくを羽交い締めにして、俺はますます強くを抱きすくめた。はずみでの言う『お腹』に手が触れるが、別段そこは前と変わりないように思える。

「……どこがふっくらしてるんだ?」

「してるわよ……。だって前に着てた服が入らないもん」

「ああ、あのぴったりした服か? ……すまない、あれ、俺が洗濯して縮めてしまった。気に入ってたようだったから、に言いづらくて……」

「え……?」

 きょとんとが聞き返す。その隙に胸の合わせから手を突っ込むと、は首を竦めて耳を震わせた。

「でも…っ、私、ホントに……っ」

「変わらない。それにもしこの先、が俺より太ったとしても、俺は全然気にしない」

「私は嫌よ…! ていうか、ちょっとは気にしようよ……」

 うー、と唸るの手をかいくぐり、揃いの夜着の紐を解く。白い肩が夜目に眩しく、俺は丸みを帯びたそこに口を付けた。


「でも、俺はしたい……。もう沢山我慢した。……は嫌か?」

「……っ」

 腹部をガードしたが、軽く俯く。は唇を尖らせてしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと首を振った。

「……嫌じゃない……。ごめんね、待たせちゃって」

 そう告げて口付けてくれたつがいの姿に、俺は天にも昇るような気持ちになった。





「……は……、あっ…!」

「……っ、……」

 久しぶりの交わりに、俺はタガが外れていた。それはも同じだったみたいで、俺が触れるとすぐに甘い声を漏らし始めた。
 カナタを起こさないようにひっそりと、でも吐く息は荒く。急速に高まるの背の熱さに、俺の熱が下着の中で疼いた。


「……ん……、つっ……」

 が眉をひそめたのは、俺がの胸を鷲掴みにした時だ。柔らかく熱いそれを手に収めた俺は、何か違和感を感じて白い肌に目を向けた。

……胸が、大きいぞ?」

「ん……そう、かも……。たぶん今だけだけど……」

 俺の褐色の指の合間から、の白い乳房がこぼれる。元から決して小さくはなかったが――今は俺の手に収まらないほどだ。俺はをひっくり返すと、正面からその谷間に顔をうずめた。

「アサト…!」

「大きいのも……いい……」

「……っ……。いつもは大きくなくて、悪かったわね……」

 柔らかい表面に吸いつくと、頭上からの低い声が降ってきた。顔を上げると、少し機嫌が悪そうにそっぽを向いている。俺はが誤解してしまったことに気付き、慌てて身を起こして口付けた。

「違う。いつもも形が良くて丁度いい。いつものも、俺は大好きだ」

「……っ」

 大真面目に言うとはなぜか絶句した。とりあえずそれ以上は怒られなかったから、たぶん機嫌は直ったんだろう。再び薄紅色のそこを舐めると、は身体を震わせて俺の髪に手をかけた。

「ふ……、アサト……。アサ…あっ!」

 髪から耳をくすぐって、再び首まで伝い落ちてくる白い腕。それは俺の背の傷を引っ掻き、ぞくりとした刺激に俺は尾を震わせた。
 体重をかけて、を寝台に押し倒す。に負担をかけないようにそっと。そう思ったが、思ったよりも弾みがついてしまった。俺の目の前での乳房が揺れ、俺はごくりと喉を鳴らした。

 どうしよう、丁寧にやらないと。そう思うが、頭を裏切って身体は先へ先へと進みたがる。
 深呼吸して落ち着こうとから少し身体をずらすと、は戸惑った瞳で俺を見て、そして俺の下衣に手をかけた。


「あの……アサト、無理に抑えなくてもいいよ? 別に怪我とか病気した訳じゃないんだから……ね?」

「あ……、ああ……」

 下から見上げられ……陰の月の光がの瞳に反射して、俺は溜息を漏らした。
 俺が困ってると、はそっと助け船を出してくれる。それは、こういう時でも。なんて優しくて、なんて雄を…俺を、煽ってくれるんだろう。
 俺は乱暴にならないように、自分からすればじれったいほどゆっくりと、の下衣を引き下げた。

 



 早く突き入れたいのをぐっとこらえて、俺は露わになったの腹部にそっと手を置いた。もうは嫌がらない。平らになったそこを、俺は不思議な気持ちで撫でた。

「ここに、いたのに……不思議だな。もうあそこで寝てる」

「ん……そうね。本当に不思議」

「……お疲れ様。……ありがとう……」

「ふふ……。大変なのは、これからよ?」

 が目を細めて笑う。それに応えてキスを浴びせかけながら、俺はの内腿を探った。


 のそこは、既に熱く濡れていた。指でなぞるとたくさんの粘液が纏わりつく。
 ここにいっぱいに、包み込まれて……。想像するだけで雄が硬く張りつめたのが分かった。少し痛いぐらいのそれを鎮めつつ、俺は乾いた唇を舐めた。

「……ねぇ……、あまり、いじらなくてもいいから……早く……」

 だが先に根を上げたのは、意外にもの方だった。俺が亀裂を探っていると、その手を掴んで握りしめる。眉を下げた余裕のないその表情に、俺は奥歯を噛みしめるとの足を開いた。少し荒々しく、その間へと身体を割り込ませる。

 裸体を組み敷くと、は俺を見上げてきた。なんとなく俺も先に進むのをやめ、の顔を見つめる。するとは顔にわずかな笑みを浮かべた。


「なんか……久しぶりね。この体勢」

「そう、だな……」

 照れ隠しのような言葉に、俺は曖昧に頷く。も言葉を探していたようだが、俺から少し視線を逸らすと小さな声で呟いた。

「……きて……」

 その囁きに俺は唾を飲み込み、ゆっくりとに熱を突き立てていった。




「……うっ、ん…。いた…っ!」

「……?」

 だが入れ始めた直後からのの異変に、俺は動きをはっと止めた。
 大変珍しいことに……が痛がっている。十分濡れているのに、どうしてだろう。俺が覗き込むと、ははっとしたように閉じていた目を開いた。

「痛いのか。大丈夫か……?」

「ああ、ごめん、大丈夫。ちょっと久しぶりで慣れないだけ……」

「そう、なのか。……やめるか?」

 暴走しそうな欲を抑えてそう聞くと、は首を振った。強張った足を緩め、俺の身体にそっと添わせる。は俺を引き寄せると、ちゅ、とキスをくれた。

「本当に大丈夫なの。……あのね、カガリから聞いたんだけど……子供を産んだ後って、ちょっと痛かったんだって。だから私も、たぶん一緒だわ。気にしないで」

「そうか……。分かった、なるべく優しくする」

「ん…。なるべくで、いいからね」

 に促され、侵入を再開する。時折つらそうに身体が震えたが、その後はが声を上げることもなく、俺はの中に収まった。……だが。


(……きつい……)

 入った途端に達してしまいそうになるほど、の中をきつく感じる。ぴったりと熱い胎内に包み込まれ、俺は荒く息を吐き出した。

 ……違う、が力んでいるのではない。久しぶりの感覚に慣れなくて、俺の方が追い詰められてるだけだ。その証拠には結構平気そうな顔で、俺の背中などを撫でてくれている。いま余裕がないのはどう見ても自分の方だった。

……動いても、いいか?」

「え? ……うん」

 我慢もできず、性急にに問いかける。するとはちょっとだけ目を見開き、ふわりと笑った。


 寝台に手をつき、ぐっと腰を突き上げる。まだ以前よりもだいぶきつい気がする摩擦感に、腰から頭まで痺れるような快感が走り抜けた。

「……ん……、……っあ…、あ…っ」

 が眉をひそめ、吐息を漏らす。まだ少しつらそうだ。そう思うが、動きは止められなかった。
 深い穴をえぐるように、の最奥を求める。喉がひゅうとなり、唾液を散らして俺はの肩をやんわりと噛んだ。

「……アサト……。アサト…ッ、い……あ、ア…ンッ」

…、……ッ。きもち、いい……。ずっと、こうしたかっ――」



『――ぅえ……。ふぇ……、えっ……』

「…ッ!!」



 その時、部屋の隅から弱々しく聞こえてきた声に、俺とはびくりと動きを止めた。ふたり揃って、隅に置かれた揺り籠に目を向ける。の中に入ったまま、俺は揺り籠を凝視した。

(カ…カナタ……)

 ぐずる前兆の泣き声は、一度聞こえたきり後には続かない。俺がの上で冷や汗を流すと、も同じ気持ちだったのか身体がわずかに冷たくなった。
 ――頼む。頼むから……!

(起きないでくれ、カナタ!! あと一時間、いや十分でいいから待ってくれ! 父さんそしたら何でもしてやる!)

 カナタが泣いたら、は行ってしまう。ようやく繋がれたのに、それはちょっとあんまりだ。俺は必死の形相でカナタに祈った。
 すると願いが通じたのか、揺り籠からその後泣き声が漏れることはなかった。たっぷり一分待っても音沙汰ない。俺とは同時に大きく溜息をついた。


「焦った……」

 の声に俺は心の底から頷いた。――決めた。もう少し大きくなったら、子供部屋を別に作ろう。カナタの健やかな成長と、何より自分のために。


 結局その後もカナタはすやすやと眠り続け、俺はと久々に甘い夜を過ごしたのだった。









 には言ってないが、カナタが産まれてから少し思っていることがある。
 が――カナタに取られてしまってるんじゃないかと。

 そんなことを言ったらが困るのは分かっているから、言わないけれど。俺は少しだけ、いや結構、寂しいのかもしれない。


 ひとりじめは良くない。それは分かる。カナタに寂しい思いもさせたくない。

 だったら、ふたりじめにすればいい。俺ととカナタと、みんながみんなを必要とすれば、それはきっと嬉しく楽しいことだろう。


 だって俺たちは、家族なのだから。









 END


 


(2008.11.1)