「……お前、アサトとの交尾に何か不満でもあるのかい」

「……げほッッ……!!」

 カガリのその一言に、 は飲んでいたクィム茶を盛大にむせ込む羽目になった。





   奥 様 談 義






「あーあー、まったく何やってんだい。ほら口拭いて。鼻に入らなかったかい」

 臨月を迎えたカガリの護衛と話し相手を兼ねて、 は今日カガリの家にやってきていた。
 狩りに出ているつがい達には少し申し訳ないが、雌同士の語らいは楽しく和やかに過ぎていった。たった今までそうだったのだが……。


「……カ、カガリ、さん……?」

 大きなお腹で大儀そうにカガリが差し出してくれた布を受け取り、 はまじまじともうすぐ母となる雌猫の顔を見つめた。
 今、何か――空耳が聞こえたような気がするのだが。

「別にヤってないってワケじゃないんだろう? あの子に抑えが利くとも思えないし――なんでそういう事にならないのかねぇ」

「…………。は……?」

 何を言われているのか、理解ができない。というか頭が追いつかない。唖然とした の横で、カガリはなおも早口で何事かを話し続けた。

「アサトが最後に引いてるのか? いやまさかねぇ。アイツなら出すなって言っても中で出しそうだし……。はっ! まさか種なしか? 冥戯なんかと交わったから……!」

「ちょ、ちょーッ! 待って! 待ってよカガリ、あなた何を言ってるの!?」

  の相槌など待たずに喋る続けるカガリを、我に返った は押し止めた。
 何か、とんでもない事を言われている。カッと顔を赤くした を醒めた目で見遣り、カガリは口を開いた。

「何を今さら照れてるんだい。とっくに生娘でもないだろうに」

「う、まぁそりゃそうだけど――、ってそうじゃなくて! なに昼間から口走ってんのよ!」

「……? だから、お前とアサトの交――」

「わー!」

 そんなに連呼しないでほしい。 が慌てて大きな声を出すと、カガリはおかしなものでも見るかのように の赤い顔を眺めた。
 ……確かに今さら照れるような話題でもないのかもしれない。けれど、真っ昼間から「ヤる」だの「中で」だの「種なし」などと連呼するような話題でもないと思う。思うのだが……!

(なにその視線……! 私? 私の方がおかしいの……!?)

 何を慌てているのか心底分からない、というカガリの視線に はグッと詰まった後、諦めを覚えて脱力した。アサトもそうだが、吉良の民はこの手のことに関して相当包み隠さず……はっきり言えば開けっぴろげに語る節がある。
 どうやら吉良ではこれが普通らしい。 は大きく息を吐くと、改めてカガリを見上げた。


「えっと……アサトの交――じゃなくて、私との関係が何だって?」

「だから不満があるのかと」

「べ、別に無いけど……」

「本当かい? ……朝までガッつかれたり」

「いやそこまでは……」

「回数が多かったり、少なかったり、むしろ早かったりとか」

「普通だと思う。あれくらいが丁度い――、って何言わせるのよ!?」

「……お前が言ったんだろうが」

 カガリの誘導尋問に見事引っ掛かった は、再び赤くなってカガリに詰め寄った。


「だいたいなんで、そんな事が気になるのよ……。そういやさっきの『そういう事』って……?」

「あぁ。だから、なんでお前たちには子供ができないのかって事だよ。今までだって発情期はあったろう? 身体を重ねなかったワケじゃないだろうに」

 やっと辿り着いた本題に はきょとんと目を丸くすると、やや遅れて頷いた。

「そ、そりゃあ……ね。でも今年までは旅してたんだし、そういう状況じゃなかったもの」

「本当に? ……よくあの子が発情期で最後に引けたものだね」

「それは……まぁ、なんとか……」

 今まで何度かあったその日の状況を思い出して、 はやや赤くなりながら呟いた。カガリがやれやれといった顔で嘆息する。

「……お前がコントロールしてたって事か。――なら、別にアサトが種なしってワケじゃないんだね?」

「種な――その言い方はどうかと思うけど……たぶん、違うと思う」

「……そうかい。じゃあこれからは、できる可能性もあるって事だね」

「まぁ……そうね」

 ボソボソと が呟くと、カガリはようやく安堵したように背もたれに凭れかかった。
  はカガリのお茶を注ぎ直しながら、苦笑を混じえて告げた。


「早くアサトの子供が見たいって事……? これからお母さんになるってのに、なんだか孫の心配をするおばあちゃんみたいな態度よ、それ」

  がくすくすと笑うと、カガリは幾分かムッとした顔つきで返した。

「誰が婆さんだ。……アサトの事を言ってるんじゃないよ。お前の事だ」

「え?」

「子供を産む産まないを強制する気はさらさらないけど、もしそうならあたしの子供と歳が近い方が、お前も育てやすいだろうと思っただけさ。……子育ては楽じゃないんだ。吉良には他に雌はいないし、だったら手助けできるヤツが側にいた方がお前の負担も少しは減る」

「…………」

 淡々と言ったカガリの顔をポカンと見つめ、 は震えるような衝撃を感じた。
 カガリが見せてくれた――気遣い。それは の心に温かいものを落とし、 は次第に笑みを浮かべ始めた。そんな から目を逸らし、カガリがぶっきらぼうに続ける。

「別にお前のためって訳じゃないよ! ただ……歳が近い方が遊び相手になって嬉しいって、コイツが言ってるような気がしたのさ」

 そう言ってお腹を撫でたカガリの顔は既に紛れもなく母のもので、 は胸がいっぱいになった。


「……カガリ!」

「うわっ……! ――おやめよ、何してるんだい!」

 大きなお腹を避けて、カがリの頭にひしっと抱きつく。アサトと同じ香りのするカガリに向かい、 は心から告げた。

「カガリ……頑張ってね。私も手伝うから。そしたら次は、私が頑張る。この子の友達を絶対に産むから」

「ふん……。世間知らずが産まれなきゃいいけどね」

 呆れた口調を装いながらも、カガリは を振り払いはしなかった。頭に抱きついたままカガリのお腹を見下ろし、 は最近気になってきた事を尋ねてみた。

「ねえ……。お腹、ずいぶん大きくない? 予定はまだ先よね……?」

「あぁ……もしかしたら、二匹入っているかもしれないんだと。ったく、出産が長引くじゃないかい」

「――、……え……。ホント……!?」

 ポカンと口を開けた が喜色を上げかけたその時。窓からシュッと黒い影が降り立ち、二匹はハタと固まった。



「…… ……? カガリも。何をしてるんだ……?」

 狩りから帰ってきたアサトが、きょとんと瞬いた。カガリに引っ付いていた は慌ててカガリを解放し、照れ隠しの笑みを浮かべた。

「ア、アサト……。お帰り」

「ああ。 も護衛お疲れ様。異常がないみたいで良かった」

 吉良に住みたての若い二匹の間に、ホワンとした空気が流れ始めた。我が家を妙な空気で埋められそうになったカガリはシッシッと手を払うと、 の腰を押した。


「ほら、お迎えが来たからとっとと帰りな。……まったく、そういうのは家でやっておくれよ」

「……カガリ。身体に気をつけて、元気な子を産んでくれ。――そういえば随分楽しそうだったが、何の話をしてたんだ?」

「は? そりゃあれだよ。お前と の交――」

「わー!!」

 油断していたら、すぐこれだ。妙な事態になる前に はアサトの背を押すと、出口へと向かった。


「じゃあねカガリ! また来るから! ……あ、旦那さんも戻ってきたみたいよ!?」


 そう言って騒々しく帰っていったつがい達に、カガリは苦笑を浮かべた。

「ホント、何を照れてるんだか……。……それにしても、面白くなってきたじゃないかい」

 呟いて腹を撫でると、二つの蹴り飛ばす力が内側から強く伝わった。







 ――二つの命がこの世に産まれ落ちたのは、それから少しした頃のことだった。









  END






(2008.1.3)

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