柔らかな牢獄



「ほら、この部屋で静かに待っていろ……!」

「っ……! ちょっと…!」


 孟徳、文若、元譲という孟徳軍の権力者の前に引き立てられたあと、は広間からどこかの部屋へと移された。
 突き飛ばされるように中に放り込まれ、外から鍵を閉められる。扉に縋っても、当然ながら答える者はなかった。

(捕虜だから、監禁……? それにしては部屋が豪華すぎる)

 誰かの私室のようだが、捕虜を閉じ込めるにしてはずいぶんと豪勢だ。とりあえず今すぐ拷問されるとかそういうことはなさそうだが、玄徳軍の城とのあまりの違いには勢力の差を思い知った。

(みんな無事に逃げ切れたのかな……。花は……玄徳さん、は――)

 きっと心配をかけている。出会った当初は疑ってしまったほどに、誠実で優しい人だ。こんな状況に陥ってしまったことに申し訳なさを感じる。
 室内を歩き回り、脱出の糸口がないかとは辺りを窺ってみた。だが窓の外まで兵士が固めていて、それは困難だと思われた。


 軟禁され、これからどうなるのだろうと考えているうちにとっぷりと日が暮れ――いつの間にか、寝台でうたた寝していた。
 突然響いたノックの音に、はハッと目を覚ます。目を向けると、鮮やかな……禍々しくも見える真紅の衣に身を包んだ男が、部屋の入り口でニコニコと笑っていた。

「お待たせー。……あれ、君、寝てたの? 玄徳のところの子はさすが豪胆さが違うね」

「…………。どうして、あなたが――」

「え? だってここ、俺の部屋だよ。俺が帰ってくるのは当然でしょ。……聞かされてなかった?」

「……っ」

 ふいに、かちりと――嫌な想像が頭に浮かび、立ち上がる。壁際に寄ったに、この国最高の権力者…孟徳は困ったような笑みを浮かべた。

「そんなに警戒しなくてもいいよ。今すぐ取って食うようなつもりはないから」

 ああ、でも――と笑みを深め、孟徳は付け加える。

「逃げようとは考えない方がいいよ。なにせ飢えた獣みたいな兵士がごろごろいるからね。そんなところに敵軍の捕虜である人間が迷い込んだらどうなるか……君は賢そうだから、分かるよね」

「っ……」

 外に出たら、身の安全は保障できない。そう告げられ、は白衣の袖を握りしめる。
 顔を上げると孟徳に向かい、できるだけ落ち着いた声で問いかけた。

「私を、どうするつもりですか。……手込めにするんですか」

「ずいぶんはっきり聞く子だね。そう警戒されると、期待されてるような気になるなあ」

「茶化さないで下さい。……そのために、この部屋に連れてきたんですか?」

「そうだね。ま、ゆくゆくはそうなるだろうね」

「っ――」

 ああ、やはりそうなのだ――。うすうす予測はしていたが、敵軍に捕らわれるとはつまりはそういうことなのだ。
 これからの己の運命を悟り、は目の前が暗くなるのを感じた。

「でも今日ここに来てもらったのは、単純に君に興味があったからだよ。……ちゃん、って言ったっけ。君って変わってるよね」

「え……?」

「その装束もそうだけど、なんて言うかな。あまり愛妾っぽくないよね。どんな風に今まで生きてきたのか想像もつかないや。よく言われない?」

 にっこりと、興味津々な眼差しで言われは目を見開いた。いや、それよりも何か誤解が――。

「待って下さい。私が、愛妾? 誰の――」

「え。君、玄徳の妾でしょ? 玄徳軍には最近可愛い軍師さんと妙齢の医官が入ったって聞いてるよ。玄徳はことのほか医官の方を寵愛してるって、間者から報告も受けてる。……玄徳の寵姫って、君のことだよね」

「っ――」

 あまりの誤報に、は声も出なかった。まったくの誤りだ。自分と玄徳は、そんな仲では――

「……で、捕らえたその寵姫に何もしないっていうのも、俺の立場的にちょっとまずいんだ。部下が聞き耳を立てているからね」

「…っ! いやっ……!」


 いつの間に踏み込んだのか、距離を詰めた孟徳がの手を取り、寝台に引き倒した。それはごく丁寧な動きだったが、掴まれた両手はびくともしない。
 眼鏡をすっと外すと至近距離から覗き込まれ、孟徳は笑みを深めた。

「これ、面白いね。これを掛けるとよく見えるの? でも君の顔が隠れるのはもったいないな。いい虫よけにはなりそうだけど」

「……っ」

「無駄な抵抗はしない方がいいよ。女の子に手荒なことはしたくないから。大人しくしててくれれば、すぐ終わる」

「ま……、待って下さい! 私は―――、っ…!」

 誤解だ。そう告げる前にのし掛かられ、強引に唇を塞がれた。
 抵抗はやすやすと封じられ、舌をねじ込まれる。侵入した舌を噛もうと歯に力を込めると、顎を取られてより深く口付けられた。

「ん……! ……い、やぁ……っ! 放し――」

「暴れないで。……君って、感じやすいんだね。ほらもう瞳が潤んでる」

「や…、いやっ……」

(この人――、上手い……)

 決して乱暴ではないのに、どこにも逃げる隙が見つからない。舌の根を探られ、喉を優しく撫でられて抵抗する力が抜けていく。
 女を抱き慣れている男の手管に、口付けから解放されたはぐったりと寝台に横たわった。


「口付け一つで陥落? 可愛いなあ。……ねえ、玄徳はどんな風に君を抱くの? あの朴念仁が女を抱く姿が想像できないな」

「っ……」

「こんなに震えて……玄徳以外の男に抱かれるのは屈辱? あんな男よりも、俺の方が優しいと思うけどなあ」

 邪気なく笑顔で問いかけられ、はカッと我に帰った。孟徳を睨み、口を開く。

「誤解です……! 私は、玄徳さん…玄徳様の、愛妾なんかじゃない! ただの部下です! あの人が、私なんか相手にするわけないでしょう…!?」

「私なんか、ってことはないよ。君は十分綺麗だしね。でも……妾じゃ、ない?」

「そうです。私を抱いたって、玄徳様への見せしめになんてなりませんよ」

「…………」

 目の前の男に犯されること以上に――玄徳とそんな仲だと誤解されることの方が、嫌だった。
 それでなくとも一度誘いをかけ、拒まれているのだ。今さらそんな風に扱われるのはみじめ以外の何ものでもなかった。

 顔を背けると、先ほどまでとは打って変わってを見透かすような視線で孟徳が見下ろしてくる。

「ふーん。……確かに、嘘はついてないみたいだね。じゃあ君は、誰かの妻か妾だったの?」

「……? 私は誰のものでも――、っあ…!」

 油断していたところを突然スカートの中に手を差し込まれ、急所を撫でられて思わず悲鳴が漏れた。
 反応に気を良くしたのか、孟徳が笑みを深める。……冷たくも見える笑みを。

「いい声だね。誰のものでもない――そう言うわりには、男を知っている体だ。君は歌妓とかでもなさそうなのにね。いったい誰が抱いたのか……興味深いな」

「……! い……やあっ…!」

「気が変わった。ちょっと手を出すだけのつもりだったけど、やっぱり抱くよ」

「っ……、あ…!」


 自分の言葉の何かが琴線に触れたのか――孟徳が、今度は明確な意思をもってに触れてくる。
 口付け、白衣を脱がされ、触れられて……乱暴ではないが有無を言わせぬ手付きに、諦めが頭に浮かんだ。

(ここに捕らえられた時点で……全部、無駄なんだ。何をされても、従うしか生き残る道はない)

 花ではなく自分が捕らえられただけ、まだマシなのかもしれない。これ以上抵抗すれば、それこそ数も知れない兵士たちの中に放り込まれるかもしれない。

 少なくとも乱暴にはされていないし、冷える心とは裏腹に、男の巧みな手付きに体は快楽を感じ始めている。
 嫌悪するほど嫌な外見、というわけでもない。むしろ普通に出会っていれば好みのタイプだ。

(処女でもあるまいし――もう、いいや……。痛い目は見たくない)

 いくつもの理由を並び立て、体の力を抜いていく。そうしなければ、プライドがずたずたになりそうだった。

(玄徳さん……)

 最後に悲しげな彼の顔が浮かび、は目を閉じてその残像をかき消した。



「んっ……、ふ…、あ――」

「君は……色が白いね。それに胸の形も綺麗だ。柔らかくて、気持ちいい」

「っ……」

 最初に宣言した通り、孟徳は手荒な真似はしなかった。ゆっくりとを愛撫し、中から熱を高めていく。
 考えることを放棄すれば、久しぶりに他人から触れられる感覚に体はたやすく反応した。抵抗をやめたに孟徳が笑いかける。

「そうそう。お互い、楽しんだ方が得だよ。……ああ、本当に……感じやすいね」

「っ…、あ、あ……!」

「参ったなあ。体だけじゃなくて声までいいなんて、よく玄徳は君を自分のものにしなかったね」

 すべての服を脱がされ、口付けを深めながら孟徳が肌をまさぐってくる。弱いところに触れられてびくりと震えると、執拗にそこを責め立てに声を上げさせた。
 そうしている間に孟徳も一枚一枚衣を脱ぎ捨て、色鮮やかな朱色がの視界に広がった。
 初めて新野で彼を見かけたときのように――まるで、炎の中にいるかのようだ。

 赤というのは官能的な気分を高める色だと、前見た雑誌に書いてあった。
 だからなのだろうか。抑えようと思うのに、悔しいとさえ思うのに、漏れ出る声が止められない。

「あ……! っや…、いや、ぁ……」

「それ、本当は嫌がってないって自分でも分かってるよね。誘ってるようにしか聞こえないなあ。……声を出すのは、いや? そんな顔してる」

「嫌に決まって――、っ!」

「そう。じゃあ、もっと可愛い声、聞かせてもらおうかな」

 乳房を愛撫していた舌が体のラインを確かめるように下へとくだり、へその窪みをさらった。すでにショーツも脱がされていた秘所には指が差し込まれ、先ほどから音を立てて中をなぶられている。
 指を引き抜かれ、糸を引いた指先を孟徳が舌を出して舐めとる。そこから強く視線を逸らすと、突然膝が割り開かれた。

「あっ……!」

「何をするかは……分かってる、みたいだね。……ねえ、誰にされたの? やらしいなぁ、ちゃん」

「っ――!」

 太腿をがっちりと押さえられ、孟徳がそこを覗き込んでくる。必死で足を閉じようとしても、一見すると細身なのにそこはやはり武人なのか、びくともしなかった。
 孟徳が顔を伏せ、敏感になった亀裂に舌を這わせるとは強くのけぞった。

「ん……、すごいね。もうグズグズだ。どんどん溢れてくる」

「も……、や…め……っ。いや、あ…!」

「ごめん。いじめたいわけじゃないんだけど、さ……あんまり君が、可愛いから。ほら、中も嬉しそうに動いてる。……こういうことするの、久しぶり?」

「っ――。知りま、せん……!」


 久しぶりに体に与えられる快楽…それも麻薬のような強さのそれと、耳からなぶられる言葉にはすすり泣いた。
 最後の矜持で涙は流していないが、心の中はボロボロだった。

 ……私は何を、しているんだろう。敵軍の将に捕らえられて、初対面の相手に恥も外聞もなく喘がされて――

 しょせん自分も、この程度の女だったのだ。プライドを貫き通すほど強くはなく、すべてを割り切れるほど達観もできない。中途半端な存在だ。
 この乱世の中では――あまりに無意味な。


「……あんまり思い詰めなくていいよ。誰だって、そうやって生きるしかないんだ」

「……?」

「少なくとも、俺は今君に興味を持っている。君を抱きたいと思ってる。俺にとって、それは意味のあることだよ」

「…………」

 突然、頭の中を見透かされたように真上の男に諭され、は瞬いた。目が合うと、孟徳はの頬に手を添え優しく囁く。

「不安なだけじゃなくて……寂しそうな目をしていたね。……君は、一人なの? 君の帰りを待っている人はいない? それなら、ずっとここにいればいいよ」

「――っ」

 思いがけず柔らかな言葉に、目を見開く。この人は、何を言っているのか――ふと気が逸れたその瞬間、熱い塊が亀裂に押し当てられ、一気に体を貫かれた。


「っ…!! いっ……、ア――!」

「っ……。きつ……。やっぱり、久しぶりだね。ごめん、痛くした」

 何年かぶりに割り開かれ、初めての時のような痛みがを襲った。太腿が強張り、思わず孟徳の左手を掴んでしまう。
 指を絡めてその手を握り直すと、孟徳は強張った頬に小さく口付けを落とした。

「……大丈夫。君の身の安全は保障する。この城にいればいいよ。何も怖がることはない」

「…………」

「俺が君を、楽にしてあげる。したいことをさせてあげる。だから……君のことを、教えて」


 甘い甘い――麻薬のような言葉が、の中にすべり込む。
 こうしていていいのだと、を肯定してくれる声。それに頷けば……楽になれるのだろうか。


「俺を……受け入れて」

(気持ちいい……。もう何も、考えたくない……)

 孟徳の肌が温かいから。見下ろす眼差しには、少なくとも今は自分一人が映っていたから。今こうしている自分には意味があると、偽りでも言ってくれたから。
 ……もういいかと、思った。


「……ん、緩んだね。じゃあ、動くよ――」

「っ……、あ……、っ、あ……!」


 大きく揺すぶられ、強すぎる快楽に爪を立てた。
 そんな中、孟徳の左手に残る火傷の痕だけが、妙に鮮烈に印象に残った。





 ――それから数週間後。襄陽じょうよう の孟徳軍本拠地に、玄徳軍の間者が忍び込んだ。

 しかしもとより警備を強化していたためか、一部の兵を騒がせたのみで孟徳軍はなんの被害も被らなかった。
 人の口の端に上ることもなく、その事件は忘れ去られたのだった。


「申し訳ございません…! 私が赴きながら、医官殿を連れ帰ることができませんでした……!」

「いや、ご苦労だった、子龍。まさかそこまで警備がきつくなっているとは思わなかった。……俺の誤算だ。お前だけでも無事に戻って良かった」

「しかし玄徳様……!」


 新月の夜、玄徳は駐留する城の自室で子龍から任務の報告を受けていた。
 潜入の失敗を悔やむ子龍をねぎらい、ゆったりと首を振る。……仕方なかった。そう、どうすることもできなかったのだ。

「……一つだけ、教えてくれ。あいつは……は、ひどい扱いを受けてはいなかったんだな?」

「はい。医官殿に直接お会いすることはできませんでしたが、使用人や兵たちの会話から察するに、息災のようでした。ただ――」

 そこで子龍が、珍しく言葉を濁した。振り返り、「ただ……なんだ?」と促すと実直な部下は言いづらそうに口を開く。

「医官殿は……孟徳の手に落ちたものと、思われます……」

「…………」

「兵たちからは『丞相の寵姫』と呼ばれ、孟徳は寵愛を隠そうともしないと噂になっておりました。警備が堅固だったのも、そのためではないかと……」

「……そうか」

 重苦しい沈黙が室内に落ち、玄徳は溜息とともに呟いた。窓から月のない闇夜を見上げ、口を開く。

「その件は、他の奴らには内密にしておいてくれ。……あいつを救出する新しい作戦は、追って知らせる。とにかく今はゆっくり休め。下がっていいぞ」

「はっ。……失礼いたします」


 一礼をして子龍が下がっても、玄徳はしばらくそのまま窓の外を見上げていた。
 やがて部下の足音が完全に遠ざかると、力任せに壁を殴りつけた。

「っ……! ……っ」

 覚悟はしていたが――現実を突き付けられ、はらわたが煮えくり返りそうだった。孟徳と、それ以上に不甲斐ない自分への怒りで。

『翼徳さんの隊に怪我人が出ているみたいです。長坂橋には私が行ってきますから……玄徳さんたちは、先に進んで下さい』

 ……あそこで行かせなければ、良かったのだろうか。
 もっと、そばで守ってやれば良かった。変な遠慮などせず、引き寄せて手元に置いておけば良かった。いや、それ以前に――

『少しは……気が紛れませんか?』

 あの夜、口付けだけではなく誘われるままに彼女を自分のものにしていれば――何かは、違っていたのかもしれない。

 玄徳を慰める、ただそれだけのためにかつては体を差し出そうとした。
 自分を案じての行動だと本心では分かっていたが――疑念と理性と湧き上がったかすかな嫉妬に押され、冷たい言葉で拒んだ。……本当はの熱に縋りたくて、抱きたくて仕方なかったくせに。

 そのが、孟徳に抱かれた。そして今も、捕虜として蹂躙されている。
 その事実が――叫び出したいほどに呪わしい。


「孟徳……!」

 もう一度壁を叩き、闇夜を睨みつける。……負けられない。君主としても――男としても。

「逆賊曹孟徳……必ず、お前を倒す……!」


 静かに玄徳を照らし続ける月のようだった彼女の姿を思い浮かべ、玄徳は軍議の場へと足を向けた。





 END


初回プレイ直後にあらすじだけ書きなぐったとき、実は一番書きたかったのがここでした(笑)
やばい、楽しい。言葉責めちょう楽しい。まだまだヌルいって分かってるけど!
対花ちゃんだとHの時もデレデレだと思うけど、大人主人公にはこれぐらいSな丞相が見たいです。
あと玄兄のダークな嫉妬が書きたくて仕方なかった。すいませんドロドロ大好きで(笑)

腰痛でダウン中にリプレイした勢いで、文若エロともども寝っ転がりながら全て携帯で打ってきたのですが(←大人しく寝てろよ)
だいぶ回復したのでひとまず落ち着きます。その他の話は、需要とやる気があったらいつか…。
それにしても機種変したばかりのバージン携帯だったのに、予測変換がすっかりエロ仕様に調教されてしまった…orz

(2010.12.8)