2、足りない言葉




 翌日、は窓辺で本を読みながらライの看病をしていた。看病といってもライは熱もほとんど落ち着き心地よさそうに寝ているため、実際は大したことはしていないのだが。

 それでも多少は怪我の影響があるのか、いつもならばとっくに起きている時間になってもライは眠り続けていた。
 普段はよりも余程気配に敏いため、がライの寝顔を見ることは稀だ。その安らかな顔を目に収め、異変がないことを確認してはまた本の頁へと目を戻した。


「……う……」

 するとしばらくして、ライがかすかに身じろいだ。目を瞬かせ、ゆっくりと体を起こすと周囲を確認するように頭を巡らせる。は本に栞を挟むとライに笑いかけた。

「おはよう。よく眠ってたわね」

「ああ……。もう、昼は過ぎたのか……?」

「ううん、まだお昼前。……良かった、熱は下がったみたいね。木の実食べる?」

 が荷物から手持ちの食料を探ると、ライは頷いてそれを受け取った。シャリ…とゆっくり咀嚼していくのを見届け、再び本を開く。


「……食い終わったら町を出るぞ」

 だが食事の途中でライが告げた言葉に、は顔を上げて目を瞬いた。

「駄目だってば。昨日言ったの忘れたの? まだ少し顔色悪いわよ。ここで急いだって仕方ないし、明日にしましょ」

「…………」

 の言葉にライは渋面を作った。しばらく考え事をするように白い尾を振っていたが、やがて溜息をつくと「分かった」と呟いた。
 ……良かった。ここで反対されたら、ライを説得するのは結構至難のわざなのだ。

 ライはざっと身支度を整えると寝台にどさりと腰かけた。そのまま何かを思うように天井を見つめる。思案の時間を邪魔する気もなく、も無言で本へと目を落とした。

 静かな部屋にはが頁をめくる音だけが時折響く。暖かな日差しに照らされて、は思った。こんな穏やかな時間をこの猫と共有できるようになったとは……幸せだ、と。


「……この間から、何を熱心に読んでいる」

「ん? ……ああ、これ」

 すると、沈黙を破ってライが低く問いかけてきた。は顔を上げると本の表紙をライに示した。

「藍閃の図書館で借りたの。『二つ杖の生活』」

「……なんだそれは」

 の答えにライは軽く眉を寄せた。たちリビカの多くが興味を示す二つ杖の話題に、ライはほとんど関心を示さない。自身もとりたてて傾倒しているわけではないが、図書館に行ったらなんとなくこの本が目についてしまったため借りてきたのだ。それ以来、旅の合間に少しずつ読んでいる。

「二つ杖の生涯とか職業とかが書いてあるのよ。今やっとお葬式までが終わったところ」

「……面白いのか? そんな本が」

「え、結構面白いけど。読んでみる? ……ッ、……つ……」

 ますます眉を寄せたライには本を差し出した。だがはずみで腕を椅子の背に当ててしまい、顔を歪める。

「阿呆猫。強く打ったのか」

「あー、大丈夫大丈夫。少し驚いただけ」

 思わず漏れてしまった苦悶の声を誤魔化すように、は笑って手を振った。だがライは見逃さず、の腕を即座に掴む。そして袖をまくり上げられ、は明後日の方角に顔を逸らした。


「……なんだこれは」

「……あー……、ちょっとだけ、ね」

 ライの視線の先には、が二の腕に巻いた包帯がある。朝に気付いて手当てしたのだが、うっかり見つかってしまった。

「昨日の戦闘でか。……阿呆猫。なぜ昨日のうちに手当てしなかった」

「だって私も気付いてなかったんだもの。大したことないけど、一応巻いておいただけ。何でもないわ」

「…………」

 不穏な雰囲気を遮るようには話を打ち切った。袖を下ろし、もう一度だけ笑う。だがライはむっすりとした表情のまま、を静かに見つめた。


「前から聞きたいと思っていたが……お前、なぜもっと早くに歌を歌わない?」

「……え?」

 予想外の問いかけにはきょとんと返した。それに幾分か苛立ったのかライは尾を一度振ると、に正面から向き直った。

「昨日の魔物や夜盗程度ならばまだしも、その前の時は限界になるまで歌わなかっただろう。その結果、お前は昨日のように怪我を負った。もっと早く歌っていれば負わずに済んだかもしれないものを」

「…………」

 ライの言葉を反芻し、は軽く考え込んだ。
 ライはわずかに苛立ちを滲ませていた。今まで聞かれることはなかったが、もしかしたらずっと疑問に思っていたのかもしれない。はぽつぽつとその『理由』を語り始めた。


「いつも深く考えてるわけじゃないけど……剣で、闘いたいからかな。私にとっては賛牙の力って後から加わったものにすぎなくて、まずは自分の力で闘うことが第一だって思ってる。アンタに稽古もつけてもらったし」

「……確かにつけたが、別に積極的に闘えと思ってした訳じゃない」

「うん、分かってる。……でも私は、基本的には戦闘は自分の力で決着をつけたいって思ってるの。歌で全てを守れるって思い上がりたくない。歌う時はどうしても無防備になるし、歌を使うのは最小限に留めるべきだわ」

 がきっぱりと告げると、ライは押し黙った。しばらく考え込むように視線を逸らし、やがて小さく溜息をついた後にを再び見つめる。


「お前の言い分もわかるが……それでしょっちゅう怪我をしていれば元も子もないだろう。いっぱしの口を利きたいなら、もっと実力をつけてから言え」

 その溜息混じりの口調に、それまで冷静だったの感情がわずかに波立った。思わず少し険のある口調で言い返してしまう。

「な……によ、その言い方。賞金稼ぎとしてやっていくなら、多少の怪我は当たり前でしょ? そんなのを気にしてたら一歩も動けなくなるわ」

「負わなくてもいいような時に負った怪我は、多少の内には入らん。戦闘を早く終わらせたいなら歌を歌ったほうがいい。余計なこだわりよりもそちらの方がよほど大事だ」

「…!」

 呆れたように言ったライには目を剥いた。勢いで立ち上がり、ライをきつく睨む。

「余計って何よ…! 大事なことでしょ!? 私が剣で闘うのは無意味だって言うの?」

 声を荒げたにライは瞠目した。
 ライの言うことは確かにもっともかもしれない。最初から歌を歌えば、もライも消耗を最小限に抑えて有利に闘いを進めることができるだろう。

 けれどそれは自分の剣がまるで無意味だと言われているようで、はその言葉を簡単に受け入れることができなかった。自分にもプライドがあるのだ。剣とともに生き抜いてきたという、ライからしたらちっぽけかもしれないけれど、大切な誇りが。


 ライはの強張った表情にため息をつき、言葉を重ねた。

「……なにもそこまでは言ってない」

「そこまではって……じゃあ、少しは思ってるってこと…?」

「違う。お前の闘い方は時折効率的でないと言っている」

「効率って……」

 ライの言葉には衝撃を受けた。――効率。まるで作業をするかのような冷徹な言い方に、の中の何かがスッと冷える。

 闘いを楽しいと思ったことはない。血肉や相手の熱を求めたが最後、それを愉悦と感じればあとは取り込まれていくだけだと、とライは嫌というほどに知っていた。呑み込まれないように闘うのには確かに客観的な視野が必要だ。

 けれど効率的とか非効率的とかでまとめられると、闘うことそのものが無味乾燥なただの作業のように思えてくる。何も考えずに戦闘と殺戮を繰り返す冷たい獣なのだと、そう言われているようでは動揺した。

 ――そうじゃない。そんなことのために共にいるんじゃない。
 そう言いたかったが、どうしてか言葉は喉に詰まって表に出てこなかった。歯を噛みしめ、もどかしい感情を押し殺す。それでも心の揺らぎはやまず、は絞り出すように問いかけた。

「……歌を歌わない私には、アンタと闘う価値はない…?」



 の声にライははっきりと眉をしかめた。苛立ったように尾で寝台を叩き、を冷たく見上げる。

「誰がそんなことを言った。……なぜそこまで飛躍する。俺はそんな風に思ったことはない」

「…………」

 即時に否定の言葉が与えられたが、それはの心に思ったほど響いてはこなかった。
 ライの言葉が嫌なわけではない。おそらく平静な時に言われていたら(いきなりこんなことを言われたら驚くだろうが)、嬉しいと感じただろう。ただ今は――自分の中に迷いが生まれ、それを素直に受け取ることができなかった。

 つがいならば、ライの忠告を受け入れるべきではないのかとは一瞬思った。けれどそれでは自分の考えを否定することにもなりかねない。
 つがいだからと言っては全ての意思をライと同調させる気にはなれなかった。自分には自分の信じたものがある。けれどつがいの言葉にも一理があり、往々にしてそれを否定することもできない。

 意見が対立するのはよくあることだが、時としてそれはを悩ませる。逡巡したは結局どちらに答えを返すこともできず、無言でライから視線を逸らした。


 重い沈黙が室内に落ちた。先ほどまでは穏やかだったそれが、今は少し苦しい。
 何か言ってほしかった。もう一度何か言われたのなら、それに答えることができるのに。
 だがライも無言に徹してしまったため、沈黙は結局が破るよりほかなかった。

「……少し、外に出てくる……。ごめん、頭、冷やしてくるわね」

 そう言って、はこの場から逃げ出すことを選んだ。
 残されたライは急に広くなった部屋で、苦渋の滲む呟きを漏らした。


「……なぜ分からない、阿呆猫が……!」

 









 衝動的に宿を飛び出し、はとぼとぼと猫の行きかう路地を歩いていた。
 進むたびに尾が萎れ、耳が下がっていく気がする。軽く自己嫌悪してはその場に座り込みたくなった。

(売り言葉に買い言葉もいいとこか……。あいつが文句言うのなんて、今に始まったことじゃないじゃない……)


 が「歌以外に価値はないか」と聞いたとき、ライは本気で怒っていた。そんなことは全く思っていなかったと態度と言葉で示され、は瞬時に後悔した。

 例えば自分がライに「闘牙としての俺以外には価値はないか」と聞かれたら、多分は怒るだろう。ライにそんな疑問を抱かせた自分に怒り、分かりきったことを聞いてくるライにもきっと怒る。いちいち聞かなければ伝わらないのか、と。

 そんな風に、話さなくても伝わることは沢山ある。けれど話さなければ伝わらないことだって沢山ある。闘いに対するスタンスなどは特にそうだ。

 つがいと言っても元は別個の猫で、どうしても意見の違いは出てしまう。その溝が埋まるか深まるかはふたりの行動次第なのだ。
 一緒にいられることに安堵しきって対話を避けていたら、多分溝は埋まらない。しかし今日、はライの言葉の真意を聞く前に感情に流されその場から逃げ出した。

 ライにはライの考え方があるのだ。それに反発するのは、本当はライの言葉を最後まで聞いてからでないといけなかった。彼特有の断片的な言葉の表面ではなく、その裏の語られない部分に本当の気持ちがあったのかもしれない。
 それを聞かずに対話を打ち切ったことに、は申し訳なさを感じていた。


(謝んなきゃな……。でも『余計なこだわり』ってのはムカつくのよね。だいたい、なんでいつも怪我するたびに怒るのよ……)

 悶々と考え込んでいただったが、思い返すと自分だけが悪いばかりでもなかったような気がしてきた。
 道端に立ち止まり、頭を捻る。眉を寄せたの元に、そのとき聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ! 昨日の……。宿、辿りつけました? ご一緒の方は大丈夫でしたか?」

「……? ああ、アンタか……」

 振り返ると、昨夜声をかけてきたフォウという猫が荷物を抱えて立っていた。軽く会釈を返すと雄猫は笑ったようだった。こちらがフードを深くかぶっているため、よく顔は見えなかったが。

「昨日はありがとう。一緒にいた…アーク、だっけ。あの猫にも今度会ったらお礼を言っておいてくれ」

「そんな。俺、興奮してただけで何もしてないですし……。あの、ちょっとお時間ありますか?」

「……?」

 雄の声を装って答えたをフォウが呼び止めた。フォウは荷物を下ろすと、の前で両手を合わせて頭を下げた。

「すみません! 昨日も言ったんですけど、その剣ちょっと見せてもらってもいいですか? すぐに返しますから…!」

「は――。あ、ああ……」

 その妙な迫力に押され、は思わず頷いてしまった。



 フォウは道の端にあった切り株にを誘うと、まずは自分が腰に下げていた剣をに差し出した。武器を預かる代わりに自分の武器も相手に差し出す、礼儀に乗っ取った対応には好感を抱いた。危害を加える意思は全くないということだ。

 すぐに去る町であるし、同じ鍛冶師だし……とは気を緩め、フォウに見えるよう少しだけフードを引き上げた。現れたの顔にフォウは目を丸くした。


「……雌……の方だったんですね……。あ、すみません。俺、雄だとばっかり……」

「ううん、そう見えたほうが何かとやりやすいから。でも…私も鍛冶師だから、隠してるのもちょっとなって思って」

「! あなたも鍛冶師ですか…!」

 が雌であることよりも、鍛冶師だったことの方がフォウには重要であったらしい。リアクションの大きさがまるで違っていては思わず吹き出した。
 ……良かった。とりあえずは雌だと知ってすぐにどうこうするような種類の猫ではないようだ。

 視界が広がり、は初めてフォウの容貌をじっくりと見ることができた。
 パッと見ただけではよく分からなかったが、思いのほか整った顔立ちをした猫だった。細身の身体の上にこれまた繊細そうな顔が乗っているが、その灰色の目はを実に興味深そうに眺めていた。そこには全く粘着質なものはなく、子供のような好奇心が宿っている。

「もしかして鳥唄の方ですか? この剣を作られた方、ご存知ですか?」

「知ってるも何も……それ、うちの父親のことだわ。昨日憧れてるって言ってたけど……あなたよく知ってるわね」

「娘さんですか…!? うわー……偶然ってあるものですね。俺、運がいいや」

 フォウは破顔すると嬉しげに灰色の尾を揺らした。どうやら普段は丁寧な口調の落ち着いた猫だが、剣のこととなると熱くなってしまうたちらしい。

「まだ自己紹介もしてなかったわね。――私は。はい、これでお役に立てるならじっくり見て行って」

 同業者の親しみを感じ、は自分の剣を差し出した。フォウは頭を下げてそれを受け取った。




 とフォウは同じ鍛冶師同士、すっかり意気投合した。当初の警戒も緩み、は興味深くフォウの話を聞いていた。

 以前藍閃に剣を卸しに行った際に、たまたま相手先に父親の剣があって一目で気に入ったのだとフォウは語った。武器屋のツテでそれが鳥唄の鍛冶師の作であることは分かったものの、環那から鳥唄はさすがに遠いため父に会ったことはないと言う。


「しばらく聞かないと思ったら、お亡くなりになられたんですね……。一度お会いしたかったな」

「そこまで言ってもらえたら父も光栄だと思うわ。私が言うのもなんだけど、ありがとう」

 の剣を細部まで眺めたフォウは、それを大事に膝の上へ乗せると残念そうに呟いた。
 まさかこんな場所で父のことを知っている猫がいるとは思わず、は胸が温かくなった。鳥唄や両親のことを思うと懐かしさが心を満たしていく。
 沈黙がその場に落ちると、フォウはに気を使ったのか明るい口調で話題を切り換えた。

「そういえば連れの白猫さんも見事な剣を持ってましたが……あれも、お父様の作ですか?」

「ううん、あれは私が鍛えたの。あいつが元々持ってた剣をベースにしてるから、ちょっと鳥唄の剣とは違うんだけど」

「ああ、そういうのもいいですね。なんだっけな……『こらぼれーしょん』って言うんでしたっけ。じゃあ、あなたも後を継いで鍛冶をされてるんですね」

「……あー。実は今は――」

 期待に満ちた視線を向けられ、は少しだけ肩を竦めた。鍛冶師よりもよほど安定しない波乱万丈な生活に身を置いていることをどう流そうかと考えていると、背後からまたしても低い声がかけれらた。


「――おう、フォウ。仕事は終わったのか?」

「あれ、アーク。また会ったね」

 驚きに思わず逆立ててしまった尾を押さえて振り向くと、そこには麻袋を引きずった昨日の大型種の猫が立っていた。
 アークという名の猫はフォウと向かい合って座るに軽く目を見開き、フォウの手にある剣を見て「成程」と頷いた。

「悪ぃな。こいつ剣マニアだからウザかっただろ」

「いや、私も鍛冶師だからそんなことは……」

「……アーク、君って本当に一言多いよね……」

 じろりと睨んだフォウの言葉には耳も貸さず、アークはを驚いたように見つめた。しばらく凝視されると、ふいに額を覆っていたフードが軽く持ち上げられる。突然顔を覗かれては目を丸くした。

「アーク! 何してるんだよ、失礼だろ!」

「あんた……雌だったのか。ああ、悪い。これは失礼した」

 すぐにフードは下ろされ、代わりに大きな手でポンポンと頭のてっぺんを撫でられた。何が起きたのか分からずにが目を白黒させて見上げると、大柄の猫は「あ」という顔をして自分の掌を見下ろしていた。

「君ね……そうやって誰かれ構わず頭撫でる癖、いい加減直しなよ……」

「あー…悪いな。ちょうどいい高さに頭があったからよ……。それにしても雌の鍛冶師か。格好いいな、あんた」

「はぁ……どうも」

 思いのほかフレンドリーな黒髪の猫にはぽかんと返した。
 それにしてもフォウもそうだが、この猫の容姿もなかなか整った部類に入る。顔つきも目も鋭いが、あまり冷たい感じはしなかった。フォウが繊細な芸術家だとしたら、アークは黒い肌の彫像といったところか。
 そのどちらもが外見を裏切り、ツッコミ役と天然めいたボケ役に分かれているのが面白い。


「連れは大丈夫だったか?」

「あ、はい。あの後すぐに辿りつけたから、本当に助かったわ」

「いま藍閃で暗冬をやってるから、ここの宿も結構混んでる。部屋があって良かったな」

 強弓を背負った猫がわずかに眦を和らげた。やはり粘着質なものは感じず、は笑って頷いた。

「あなたは弓使いなの? すごいわね、こんなに大きな弓、見たことがない」

「ああ。剣も使うが、森に入って獲物を仕留めるにはこっちの方がやりやすい」

「へぇ……」

 雄猫の持つ武器に興味を引かれ、はその背をしげしげと覗き込んだ。だが路地の向こうにふと目をやると、見知った姿がこちらに近付いてきては瞬いた。……ライだ。



「お前……帰ってこないと思ったらどこをほっつき歩いてる」

「ええ? まだ大した時間経ってないわよ」

 の前に立ったライは、居並ぶ二匹の雄猫には目もくれずにを見下ろした。
 息を乱している訳ではないが、一応探してくれていたらしい。だがその顔には「不機嫌だ」とはっきり書いてあり、は先ほどのやり取りを思い出してややムッと見返した。の雌口調にライの眉が寄る。

「あ、分かると思うけど昨日宿を紹介してくれたひとたち。ごめんさない、突然」

「いいえ。こんにちは、昨日は失礼しました」

 ライの態度には慌ててフォウとアークに頭を下げた。フォウが全く気にしない様子でにこやかに会釈する。その邪気のない態度にライは少しばかり息を詰めた。


「……帰るぞ」

「え? ――ちょっと、いきなり……。もう!」

 ぐいと腕を引かれ、はたたらを踏んで歩きだした。振り返り、呆気に取られている雄猫二人に目配せする。

「それじゃ。フォウ、色々話せて楽しかったわ。またね」

 そう告げてライと並んで歩き出そうとした、その時。


「――町の外で盗賊が出たぞ! 三匹やられた!」

「!」

 大通りの方から聞こえてきた不穏な叫びに、その場の四匹は揃って振り向いた。









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(2008.10.18)