10、その想いの名は





 宿に帰りついたふたりは、水浴び場に直行して身体の血を洗い流した。
 泥のような疲労感にはそのまま眠りそうになったが、とりあえず手当てぐらいはしておくべきだろう。部屋に戻ると、眠気に襲われる前にライの傷をざっと消毒した。


 ライの手当てが済むと、今度はライがの身体に手をかけた。腕を取り、一番深い傷に薬草を擦り込んでいく。その痛みには顔を歪めたが、ライは無言のまま黙々と手当てを進めた。

「…………」

 互いに、何も言わない。ライに至ってはあのアークとフォウの発言以降、の顔を見ようともしない。いつもの仏頂面は照れているのか怒っているのかの判別がつきづらく、も何となく声を掛けそびれてしまった。

「……終わりだ」

「あ、うん……。ありがと」

 ぼそりと響いた低い声に、ははっと顔を上げた。ライは静かに立ち上がると、自分の寝台へさっさと歩いていく。に背を向けたままどかりと腰かける姿に、は幾分かムッとするものを感じて唇を尖らせた。

(な…何よ……。目ぐらい合わせてくれたっていいじゃない……)

 共に行動するようになってから、これだけ長い間離れていたのは初めてだった。やっと再会して心が通じ合ったと思ったのに、その態度は何なのか。

 いやでも疲れてるんだろうし、もしかしたらまだ照れてるのかもしれないし……そう自分に言い聞かせ、はライの出方を待った。だがいつまで経ってもライがこちらを振り向く気配はなく、あげくのことなど忘れたかのように毛づくろいを始めたのを見て、は思わず口を開いていた。


「ねぇ」

「…………」

「ちょっと……」

「……なんだ」

 ライは腕の毛づくろいをしながら、声だけをに返した。不機嫌とまではいかないが、機嫌が良さそうには聞こえない。やはり振り向かないその姿には憤然とした。

「まだ私のこと怒ってるの?」

「……いや。今回はお前に助けられた。だからもういい」

「じゃあなんで――」

 ――こっちを見てくれないの。
 そう告げそうになり、は慌てて口を閉ざした。これではまるで甘ったるく拗ねる雌猫のようではないか。いや拗ねてるか拗ねてないかと言われると拗ねているのだが、そんな台詞は自分のキャラではない。はむっつりと押し黙ると、揺れる白い尾を眺めて言葉を探した。

(こいつが、振り向かない理由……)

 ライは尾を引き寄せ、ゆったりと舌で白い毛を梳いていく。その優雅な動きをなんとはなしに見つめ、は無意識のうちに呟いていた。


「……やっぱり嫉妬、してたんじゃない……」

「…………」

 ライの動きがぴたりと止まった。は己の口から零れた言葉にはっと我に返り、しまったと口を噤んだ。また「調子に乗るな」と叱られる…!
 だがの予想に反し、ライは止めていた毛づくろいをすぐに再開した。再び室内に沈黙が落ちる。
 白い背に向かい、は思い切って告げることにした。

「ごめん……。ちょっと嬉しくて、口が滑ったわ。アンタがあんなこと言うなんて思ってなかったから、びっくりして……でも調子に乗りすぎたわね」

「……嬉しい? お前はそんなことが嬉しいと思うのか?」

 再び動きを止め、ライが肩越しに怪訝な声を投げた。振り返らない背中はどこか硬く強張っている。

「あの猫たちの視線を深読みして、お前との仲を疑った。その狭量さが嬉しいと? ……分からんな」

 吐き捨てるように呟いたライの背を、は瞠目して見つめた。
 ライの中に渦巻いたであろう、かすかな嫉妬や疑念や懸念。何故それが生まれのたか、きっとこの猫は気付いていないのだ。その不器用さが、哀しくて愛おしい。それは――


「嬉しいわよ……。だって、アンタに大切にされている気がするもの。私のことを考えて、怒ってくれたんでしょう? それが例え勘違いだったとしても、アンタが言ってくれたこと……私、すごく嬉しかった」

「…………」

 ライは振り向かない。代わりに白い尾がぱたりと揺れた。その背に向かい、は素直な気持ちで呼びかける。

「ねぇ。こっち向いてよ。……笑ったりしないから」

「…………」

 ライは相変わらず振り向かない。……この猫がここまで強情になることは珍しい。
 これはきっと、機嫌が悪いのではない。照れて…拗ねているのだ。そして次の行動に迷っている。そんな可愛い性格も表情も雄猫はしていなかったが、はふいに確信した。
 そしてライがおもむろに立ち上がったそのとき、雌猫は動いた。


「――そう。じゃ、強引に向かせるから」

「……ッ!?」


 金の髪をなびかせ、は包帯の巻かれた腕を伸ばした。そして立ち上がったライの肩に手をかけると――壁に押し付け、その唇を荒々しく塞いだ。
 




「――ッ! お……い…! …ッ、おま……」

 トンと背に走った軽い衝撃と、柔らかい肉がぶつかる感触。相反する二つの感覚にライは目を見開いた。
 視界を塞ぐのは朝の光に輝く金の色彩。ライの肩を押さえ髪を手繰り寄せたその猫は、何かのたがが外れたように激しく唇を重ねてきた。

「……ん……、は、ん……っ。……イ……」

 突然の出来事に思わず身を引きかけたライを、は強く引き戻す。切れ切れに息を漏らす雌猫はライの髪に手を差し入れ、より深く重なることをせがんだ。呆然としてなすがままになったライを、爪先立ちになった猫が抱きしめる。


「……は……」

「…………」

 嵐のような一瞬の後、はゆっくりとその唇をライから離した。細い糸が唇の間を伝い、ふつりと切れる。ライはいまだ瞠目したまま、己を囲い込んだ雌猫を見下ろした。

「……っ」

 の、その表情が――ライの目に焼きついた。

 雌猫は眉をひそめ、頬をわずかに紅潮させている。濡れた唇が光り、半開きの隙間から白い牙が覗く。そして何よりも、その瞳。潤みきって溢れる直前のような揺らぎを宿し、碧眼がライを見つめている。
 己のとった行動をどこか恐れるような、その表情。それすらも何か倒錯的な艶を感じさせ、ライは尾を震わせる。物言わぬ唇から吐息が漏れたとき、ライは心中で顔を覆いたくなった。

(なんという顔を、する――)

 ぐわん、と頭のどこかで警鐘が鳴った。目を閉じてもの顔が瞼に焼きつき、消すこともできない。ライは低くかすかに唸ると、奥歯をギリと噛みしめた。


「………、……ッ、……阿呆猫……!」

「――っ!」

 硬く閉ざした目を開くと、ライは目前の細腰を乱暴に引き寄せ、の顎を強引に持ち上げた。


「……んっ…! ……は……、う……んっ…!」

 噛みつくような口付けに、腕の中の雌猫は一瞬身を竦ませた。だがすぐにライの背に手を回すと、縋るものを求めるように服をきつく握りしめる。金の髪に指を差し入れると、梳こうとしたのに力が入って逆にかき乱してしまった。

 口を大きく開き、牙もろとも舌をの中にねじ込む。既に熱いの粘膜に触れたとき、尾を痺れが駆け抜けた。


 久しぶりの、の体温。匂い、声、眼差し――
 離れてみて分かる。自分がどれほどこの猫に餓え、渇望していたのかを。どれほどに、この腕の中に取り戻したかったのかを。


 少し痩せたように思う背をまさぐり、その存在を確かめる。背筋を辿り腰まで手が落ちると雌猫は小さく身体を震わせた。その確かな存在に安堵する反面、急速に膨れ上がる衝動を感じライは密かに息を吐き出した。

 ……駄目だ。自分はともかく、の体調は万全ではない。
 腕の傷は決して浅くはなかったし、それ以外にもライを救出する際に細かな傷を数多く負っている。何よりも、自分の歯止めが利かない予感があった。際限なく雌猫を貪りつくして傷付けるのではないかと、ライはかすかにおののいた。


「……ライ……?」

 細い肩を軽く押し、ライはを遠ざけた。が潤んだ視線を向け、掠れた声で問いかける。唇を引き結んだライはその顔から視線を逸らすと、言葉を探してしばし押し黙った。
 「駄目だ」とも「終わりだ」とも言えない往生際の悪さに、我ながら舌を打ちたくなる。だがなんとか蹴りを付けて、ライはを見下ろした。そして薄青の瞳を愕然と見開いた。

「な――」

 ライの手が離れ、はぺたりとその場に座り込んだ。腰が抜けたわけではない。その証拠にはライの下衣に手をかけ……今まさにそれを引き下ろさんとしていた。

「おい…っ」

「…………」

 わずかに狼狽した声を上げ、ライはの肩を掴んだ。が無言で見上げてくる。あどけないとすら感じるその表情に毒気を抜かれ、ライは一瞬制止を忘れた。その隙に、の指がするりと下衣に潜り込む。

「……ッ」

 冷たい指が――いや、冷たくはない。自分のものが熱いのかもしれない――ライの雄を、緩く握り込んだ。鋭く息を吸い、ライは己のつがいを驚愕の目で見下ろす。……何かが、いつもとは異なる。


「どうした……。発情期か?」

 引き出される雄を見ないように、ライは動揺を抑えて無理やり口の端を吊り上げた。
 こういう挑発に自分のつがいは弱い。無言で赤くなって押し黙るか、「違うわよ!」と反論してくるか、ライはその反応を予測した。だがの告げた答えは、ライの予想にないものだった。

「……もう終わったわ」

「………。何…? おい、それはどういう――、っ!」

 乾いた小さな声がライの耳を揺らした。その意味が頭に届き、疑念を発しようとしたその瞬間。大きく開けられた口に熱が包み込まれ、ライは思わず仰け反った。


「……い……、やめろ……っ」

「……ん……」

 たっぷりと口腔に溜められた唾液が熱を覆い、その温かさに痺れが走った。まだ勃ち上がっていないライのそれを、はゆっくりと喉に迎えていく。柔らかい表面に軽く牙が当たり、腰に重い塊がずんと落ちた。

「……お前……」

 根元まで咥えられ、ライは戸惑いを隠すことも忘れて金の頭に呟いた。は目を閉じ、舌をぴたりと幹の裏に密着させる。そのまま緩く扱かれると、途端に根元から甘さが駆け上がった。

「ふ……、ん…ちゅっ……、は……」

「……ッ」

 が口淫を行うのは、何もこれが初めてではない。ライから強要したことはないが、いつからか交わりの中に入ってきたそれを時折は恥ずかしそうに行っていた。
 元が器用だからだろうか、もしくは口付けが異様に手慣れていたからだろうか。羞恥を感じていながらも、のそれは存外巧みだった。手と舌で奉仕するつがいを眺め、ライは仄暗い満足感を得るとともに確かな興奮を覚えていたのだ。

 だが――これほど直情的に、がライを求めてきたことはなかった。


 ぴちゃぴちゃと水音が漏れるそばから、ライの雄が硬く熱をもっていく。それは芯をもって勃ち上がり、の口腔を圧迫しはじめた。
 が少し眉を歪め、いったん熱を口から離す。その刺激に腰が掬われそうになり、ライは無意識のうちに背後の壁へともたれかかっていた。

「お前……どうした……」

「……?」

 唾液で汚れた顎を拭い、が怪訝な目で見上げてくる。朝日を浴びた白い頬の横に並ぶ、赤黒い己の欲望。その対比が脳裏に突き刺さり、ライは荒く息をついた。

 がふわりと笑ったような気がした。それを確認する前に鎌首を指でこじられ、ライは再び眉を寄せる。溢れてきた先走りを滑らかな先端に塗り込められると、不覚にも膝が崩れそうになった。それを隠そうとしたのか、ライは無意識のうちにの髪を掴むと腰へと押しつけていた。

「ん…っ!! ……ぐ……、あ…っ」

「…!」

 喉まで熱が届いたのか、が苦しげに呻いた。ライははっと手の力を緩めると、の顔を見下ろす。は熱を咥えたまましばらくむせていたが、小さく首を振るとふいに唇をグラインドさせた。

 なめらかに滑る唇に、雄が硬く張りつめる。咥えるのがきつくなってきたのかは唇を離すと、裏筋を舌先で一気に舐め上げた。チロチロと舌を這わせ、ふと思い出したようにライの顔を見上げる。その光景に、熱だけでなくライの何かがぶわりと煽られた。


 この猫は分かっていないのだ。どんなことをすれば、雄が限界を感じるのかなど。
 分かっていてやっている娼婦の方がまだたちがいい。無意識でこんなことをされて――耐えられると思うのか!


「おい…っ、もういい……!」

 途端に込み上げてきた射精感に、ライは短く叫ぶとの頭を引きはがした。
 は名残惜しそうに雄を見ていたが、渋々ゆっくりと立ち上がった。低く唸ってその肩を掴みそうになり、ライは慌てて己を押しとどめる。――駄目だ。

 だががかがんで自らの下衣を引きずり下ろしたその瞬間、自制はいとも容易く揺らぎ始めた。


「お前……怪我してるだろうが」

「……こんなの、大したことないわ」

「俺が擦り傷を負った時は止めたくせに、自分のことは棚上げか? ずいぶん勝手だな」

「知らない。そんなの、忘れたわ」

「お前な……」


 少し怒ったように早口で告げたつがいは、窺いを立てるようにライの目を覗き込んだ。切羽詰まった心情が伝わってくるようで、ライは思わず苦い笑みを浮かべる。
 ――阿呆猫。そんな目をして、これ以上拒めると思うのか。

 肩を押され、壁を背に座り込む。ライに向かい合ってしゃがみ込んだは腰を上げ、すぐに屹立を自らの亀裂へ押し当てた。濡れてはいるが、十分とは言いがたいその感触にライは眉を寄せる。

「お前、まだ――」

「いい。いいから……早く……!」
 
 初めて聞くような、激しい睦言。それにライが何かを返すよりも早く、は動き始めていた。
 ライの首に手を回し、ゆっくりと腰を落としてくる。乾いた道を割るような摩擦感にライは眉を寄せた。……きつい。

「う……、く……」

 かすかな苦悶の声を漏らしながら、どうにか全てを飲み込んだが荒く息をつく。
 ……かなり痛かったはずだ。大型種の雄を受け入れること自体、小型種の雌には体格的にやや厳しいものがある。十分にほぐれていても、最初はいつも少し痛がっていた。その後は慣れるようだったが。

 まだ服を着たままの上半身を密着させ、はライの肩口に顔を伏せた。その身体は細かく震えている。
 そこまで急いた理由も分からなくはないが、とりあえずはの苦痛が早く去るようライはその髪や背を優しく撫でた。だが肩に何か違和感を覚え、の上半身をそっと引き離す。

 肩口に落ちる、温かく湿ったそれは――


「……お前……何を、泣いている……」

「……え……?」


 うすうす予想はしていたが、の頬を伝う滴を目の当たりにしてライは呆然と呟いた。はきょとんと、まるで他猫事のように目を瞬かせる。
 「誰が泣いてるのよ」…そう言いたげな視線にライは指を差し出すと、の目元を拭った。そうしてやっと、雌猫ははっとした表情になる。

「……痛いのか」

「ちが――。なに……。なんで私、涙なんて――」

 は信じられないものを見たというように、慌てて目元を拭った。だがその行為でよりはっきりと自覚したのか、堰を切ったように涙は後から後から零れ落ちてくる。
 「なんでだろう、止まらない」と苦笑していたは、やがて顔を覆うと肩を震わせはじめた。声なき雌猫の悲哀に、ライは戸惑いながらもその背を抱いた。


「……どうした」

「ど……して、だろ……っ。なんで……哀しくなんかないのに、なんか、止まんなくて……。……ッ!」

 振り絞るように告げたは、耐えかねたように息を大きく吸った。緩く握った拳で、ライの胸を軽く叩く。

「アンタが…! アンタが心配かけるからよ……!」

 は泣きながらライに向かって叫んだ。不規則的にぶつけられる拳をライは黙って受け止める。

「あんな手紙、残して……夜盗から文が来るまで手がかりもなくて…っ! 不安で、不安で……発情期は来ちゃうし、でもアンタの居場所が分かって、アンタが無事なのを見たら、ほんとにホッとして……。うっ……ふ……」

「…………」

「アンタが、あったかくて……。側にいるんだって思ったら……っ、私…っ」


 いつしか拳を上げるのをやめたは、ライの胸に顔を埋めた。子供のように泣きじゃくるつがいの肩を、ライはあやすように撫でる。
 そうするうちにの呼吸は徐々に落ち着き、部屋には静寂が落ちた。繋がったまま動くこともせず、ライはの背を抱きしめた。
 
 支離滅裂なつがいの言葉。それを、あえて要約する必要はないだろう。
 必死に封じ込めていた感情が、今ようやく解き放たれたのだ。ライは硬く張りつめていた雌猫の心に寄り添うように、その肩口に額を擦りつけると呟いた。

「すまなかった……」


 決して、自分ばかりが悪かったとは思わないが。きっとこれからもに苛立つことがあるだろうし、全ての意見を同調させられるとは思っていないが。
 ――この涙には、勝てない。ライは心の底からそう思った。

 



 まだ乾いていない涙の痕に、舌を這わせる。はぴくりと耳の先を震わせた。
 改めて見ると局部だけを曝け出して繋がっており、ふたりは顔を見合わせ苦笑した。抱き合ったまま、ようやく思い出したかのように互いの上着を脱がせ合う。

「ん……」

 外気に素肌を晒し、は小さく身震いした。少し冷えてしまった身体をライはゆっくりと包み込む。
 雌猫を貪りたい気持ちはもちろんあった。突き上げて、早くその熱を感じたいと思う。だが今は動くよりもの痛みを取り去る方が先だ。そんなことを自然と考える自分にライは少々瞠目する。

「あ……、は……」

 口付けを交わしながら、の弱いところを集中的に責めていく。
 うなじ、尾の付け根、脇腹、乳房の先端……届くところに手と舌を這わすと、雌猫の体温は急速に上がっていった。耳腔に舌を突っ込むと、濡れた声とともに結合部に温かい湿りが落ちる。

「や…っん!」

 じわりと染み出したそれが何か、確認する必要もないが……ライはあえて手を差し入れた。硬い己の熱と雌の柔らかい入り口をしとどに濡らす感触に、ライは内心で笑みを浮かべる。

「すぐ、濡れる……」

「…っ!」

 だが口から出たのは、雌猫の羞恥を煽ると分かっているそんな言葉だった。掠れた声にがびくりと反応する。
 はこういう言葉にめっぽう弱い。ライとていつも言葉で嬲るわけではないが、こうも反応されると少し苛めてみたくもなるというものだ。

「……ひとりでしたのか」

「…!」

 そう聞くと、の身体は強張った。……違う、責める気持ちなどない。他にどうしようもなかったのだから。
 むしろ他の雄に頼ってもなんらおかしくはない状況下で、ひとりで済ませたことにライは安堵すら感じている。がどれほど追い込まれたかを薄々分かっていながら。……勝手な猫だ。

「責めてるんじゃない。ただ……どういう風にした。……俺がもう一度やってやる」

「え……!」

 その指にすら嫉妬する俺は――本当に愚かだ。
 が今度は頬を真っ赤に染めてライを見つめる。呆然とした顔の中、小さく震える唇が開かれることをライは待ったが……出てきたのは『バカ…!』という絞り出された罵声だけだった。

 本当に馬鹿猫だ。ライは小さく溜息をつくと、十分に潤った雌猫の中を一息に突き上げた。




「あ…! ん、あ……っ、は……」

「く…っ」

 ぬめる体内に引き込まれるように、深く突き進むように、ライはを責めた。包帯を巻いた腕がライの背をかき抱く。
 もう言葉を発する余裕はなかった。ただの身体が温かくて、ただその存在を確かめたくて、常になく我を忘れてライはを求めた。

 だがふとの体調を思い出し、今さらのように小休止を入れる。込み上げる射精感はそのままだ。だが……達したくない。まだ感じていたい。

「はっ……、はぁ……。……ライ……」

 ライの肩口に顎を乗せていたが、問いかけるように呼んだ。雌猫は顔を上げ、上気した頬を隠そうともせずライを見上げる。その手が己の頬に添えられ、ライははっと我に返った。

「……どう…したの……? 今日、なんか、いつもと違う……」

「…………」

 それはお前もだ、阿呆猫。お前が最初にあんなことをするから――そう口に出しかけて、ライは唇を引き結んだ。雌猫は情欲の中に慈しみを宿してライを見つめている。その視線に何かたまらない気持ちになる。

 陽光を存分に浴びる金の髪が、赤く色づいた頬を縁取る。細い肩から形の良い胸へ、そしてくびれた腰へと続く優美なラインは、の中の『雌』を感じさせ雄の衝動を大いに煽る。
 雄を包み込む亀裂も、添えられた火傷の痕が残る指も、ライが気に入らないところなど何一つない。それでも自分を見つめる一対の瞳が、ライの心を最も激しく揺さぶる。


 込み上げてくるのは、情動ではない。胸を破りそうなこれは――

 その気持ちをなんと言えばいいのか、ライには分からなかった。だから雌猫をかき抱き、唯一知っている言葉で伝える。


「…………。……ッ」


 激しい囁きと抱擁には小さく震え……ライに深くしがみついた。





「あ…っ、ライッ……、……ああ……ッ!!」

「……っ!」

 互いが達したのは、それからすぐ後のことだった。膝の上で震えるを抱き、その細い身体を支えにしてライもまた腰を震わせる。
 おそらく、だが……かなりの量が出た。それはも感じたのだろう。逆流した白濁が互いの秘所を濡らすのを、なんとも言えない赤面で見下ろしていた。

 もう一度を抱き、その唇と額に口付けを降らせる。くすぐったそうに目を閉じたは、その額をライの肩に擦りつけた。
 深く満たされるとはこういうことなのかと、ライは改めて感じずにはいられなかった。



 やがて互いの息も落ち着き、ライは軽く身体を起こした。熱がずるりと抜け、も息をついて腰を持ち上げる。だがその身体はすぐに再び床へとへたり込んでしまった。

「あ…れ……。なんか、力が……」

「……腰が抜けたのか」

「う……。そう、みたい……」

 手を床につき、が赤い顔で吐息を漏らす。力の入らない脚で床と格闘するつがいの姿に、ライは大きな溜息をついた。

「無駄だ」

「え? ……きゃあっ!」

 背と膝の裏に腕を回し、ライはを抱き上げた。突然浮遊した感覚にが高い声を上げる。珍しく可愛らしい声も嫌いではなかったが、ライはすぐに寝台へを下ろすと少し乱れた髪を撫でた。

「無理をさせた。……少し休んでいろ」

「あ……うん……」

 我ながら少々気恥ずかしい配慮の言葉にも目を丸くしたが、すぐに息をつくと深く壁へともたれかかった。脱力するつがいを目に収め、ライは無理やり手を離すと部屋の隅へと歩く。


 ――危ない。今、離れなければ……もう一度襲ってしまうところだった。

 安堵しきった表情で、雌猫は寝台に寝そべっている。陽光に裸体を晒していることなどおそらく気付いてはいないだろう。

 きっと考えもしないのだろう。白い乳房や太腿に残る白濁が、どれほど淫らに映るのかなど。
 きっと気付きもしないのだろう。安らいだその表情が、どれほど俺の劣情を煽るのかなど。


 内心の葛藤はさておき、無造作に置いた剣帯を探るとライは寝台を鳴らしての前に座った。

「手を出せ」

「……?」

 ぽやんとどこか放心したような碧眼がライを見やり、のろのろと右手を差し出す。その手を取り小さな銀の板を落とすと、は目を見開いた。

「これ……」

「返すぞ。鎖は今度買ってやる」

 ライの言葉が聞こえているのかどうか、は手の中のプレートを見つめたまま瞬きもしない。やがてそれを握りしめ、くしゃくしゃの顔で「ありがとう……」と呟いたつがいにライは再びキスを落とした。









 額から始まったキスはやがて髪に到り、の耳をざりざりと梳き始めた。
 疲弊した身体は、それでも芯から温かかった。ライの毛づくろいを受け、はうっとりと喉を鳴らした。

 今日のライは、激しくて優しい。を見つめる眼差しに、名を呼ぶ声に思い上がりではなく万感の想いを感じた。
 手を握ると自分の体温が移った硬い金属の感触。――戻ってきた。この絆も……ライも。


「お前……傷が増えたな」

「……ん……、そうね……」

 やがて喉元をつくろい始めたライは、の裸体を見下ろしぽつりと呟いた。はゆらりと自分の身体を眺め、小さく頷く。

 あの頃とは、少し変わった身体。筋肉がつき、そして傷が増えた。
 もともと手には火傷の痕がいくつもあったが、賞金稼ぎとして闘い始めてから格段に傷を負う機会は多くなった。それは木立で引っ掻いたり、敵に斬り付けられたり、ライを守って負ったりした傷だ。

 暗闇の中ではそう目立たないだろうが、陽光に照らせばいくつもの痕が見えるだろう。それは決して見栄えのいいものではないが……はその傷跡たちを誇りに思っていた。

 ライを守り守られ、共に歩んできた軌跡が……の身体と心に詰まっている。
 そして白猫に刻まれた傷跡たちも、は白猫と同様愛おしく思っていた。その最たる跡を見たくて、眼帯に手をかける。抵抗なく晒された盛り上がる傷に口を付け、は囁いた。

「傷跡がある雌は嫌いかしら?」

「……愚問だな」

 一応問いかけると、間髪入れずに答えが返ってくる。首筋を舐めたライは、苦笑を漏らしたの腕に舌を這わせてきた。


「あ……」

 不規則的に舌が優しくなぞっていくのは……の傷跡だ。大きいもの、小さいもの、目に見えるその全てにライは口を付けていく。
 両腕を這った舌は今度は脚を丹念になぞり、嬉しい気持ちと同時に恥ずかしさが込み上げは小さく呻いた。

「う……。ちょっと……、あ……」

 変な声を上げてはいけない。そう思うが、傷跡と一緒にそれ以外の場所にも触れられ、身体が段々と熱くなっていく。しまいには胸の先端を甘噛みされ、はこらえきれぬ悲鳴を上げた。

「あっ! ……そこ、傷跡じゃない……っ」

「知っている。随分と赤くなっていたんでな。……それともこっちか」

「や…っ!」

 すり、と内腿を撫でられ、脚がびくりと痙攣した。ばたばたと揺れる尾を掴まれ、壁際から寝台へと倒される。
 ライはの足首を掴むと左右に押し広げた。陽光に秘所が晒されることに今さら気が付き、は脚をばたつかせようとする。だが、まだ力が入らない。


「お前が舐めてほしいのは……こっちだったな」

「……!」

 上半身を捻ったの膝に口を付け、ライの指が亀裂をなぞった。片膝を胸につくまで折られ、ヒヤリとした感触が脚の付け根に落ちる。――丸見えだ。

「は、あ…っ。……あっ!」

 この体勢と部屋の明るさにカッとなったは、不意に亀裂を擦られて喘いだ。
 ライの長い指が悪戯にひだを割り、温かい粘液を塗り込める。たっぷりと濡れた指で亀裂と芽を往復されると、は状況もはばからず激しく鳴いた。

「い、や……っ! あ、ダメ、やっ…、あ……!」

「どうして欲しい。……言ってみろ」

 頭が白く霞み、ライの声が切れ切れに聞こえる。深く指を出し入れされ、はたまらず敷布に爪を立てた。震える耳に追い打ちをかけるように、ライが濡れた声で再度囁く。

「……言え。どうして欲しいか」

「……っ」

 今度ははっきりと聞こえた。はぞくりと身を震わせる。

(そんなの――)

 言わなくたって、分かっているくせに!
 無理のある体勢ではライを憤然と見上げた。そして先程の己の考えを、否定せざるをえなくなった。

 ――優しくない。むしろ、意地悪だ……!

 ライは涼しげな顔にどこか意地の悪い笑みを浮かべ、の出方を待っている。その視線に捕まったは顔を逸らすこともできず、時折与えられる刺激に声を上げないようにするだけで精一杯だった。

 じりじりと、数秒間が過ぎていく。はいまや確信していた。自分が言わなければ……たぶんライは、このまま動かない。そして自分ももう限界だということをは嫌というほどに分かっていた。

「……い……」

「ん?」

 ――挿れてほしい。それは事実だ。は口を開きかけて再び引き結んだ。
 ライは相変わらずを待っている。その涼しい横面を張り飛ばしたい衝動に駆られながら、は呻いた。

 早く欲しいけれど、もう少し――


「うー……。〜〜ッ! ………舐めて……」




 それは、ほとんど声にならなかった。だがライは「ふん」と笑うと身をかがめ、の内腿に口付けた。その舌が亀裂に触れる寸前で、ははっと起き上がる。

「待って! まだアンタのが――」

「……もうお前の味しかしない」

「あ…!」

 を押さえつけ、ライが潤みを舐め上げた。ねっとりとした動きに続く、小刻みな責め苦。それは火照りきったの熱をさらに昂ぶらせ、嬌声を引き出す。

「ん…っ! あ、ああ…っ! ……イ……、ライ…ッ」

 自分の上げる甘い声がどれほど雄を刺激しているかなど、は知る由もなかった。ストレートに与えられる快楽に溺れ、口からしどけなく声を漏らす。

 ライは余すところなく秘所を舐め、舌先で芽をつついてくる。攻め立てる音に水音が混じり、は片手で顔を覆った。
 敷布を掴んだもう片方の手が取られ、指が絡められる。ライの大きな手をはきつく握りしめた。


「も……いいっ! いいから……あ…!」

 深い快楽に攫われそうで、はかぶりを振った。ひとりでいきたくない。
 涙混じりの懇願が伝わったのか、ライは舌の動きを止めるとの手を押さえつけて寝台に縫い止めた。見上げた表情には息を呑む。

 ライは――ひどく苦しそうな顔をしていた。
 呼吸を荒げ、何かを耐えるようにじっと眉を寄せている。下に視線を移すと、昂ぶりきった熱の形がの目を刺した。
 先端から汁を滲ませているのがありありと見えてしまう。……ずっと我慢してくれていたのだ。

 澄ました普段の顔からは想像もつかない、ライの欲望。その確かな一部にそっと手を伸ばすと、ライは震えて息を漏らした。

「……阿呆猫……っ」

「え…?」

「……ッ、……よこせ……!」

 熱に触れた手を荒々しく掴むと、ライはの膝を割り熱を一気に突き立てた。





 一度目よりもさらに熱く、情熱的に。求めてくるライにも夢中で応えた。
 揺すぶられる背にしがみつき、爪を立てる。小休止の合間に喉元や肩を舐め上げると、雄猫は唸ってをさらに攻めた。

「…………」

 いつもよりも多く呼んでくれるその声に、体中から愛しさが溢れてくる。知らず「もっと」とねだると、調子に乗るなと言いたげに鼻先を噛まれた。

「は……あ、…やっ…ん! ……あっ!」

「……っ、く……」

 抱き上げられ、ひっくり返され、あられもない恰好で雄を受け入れる。体勢を変えるたびに違う場所を突かれ、泡立つ水音には身を震わせた。


 無限のように続く快楽の波の中、ふいにライが動く速度を緩めた。……まだいきそうな気配ではない。揺さぶられるのが一旦やみ、はうっすらと瞼を押し開けた。

「……ライ……?」

 ライは相変わらずこらえるような表情をしていたが、ふと顔を上げると少し眼差しを和らげた。

(え……)

 それは……微笑みだったかもしれない。少し幼く見える、今まで見たこともないような優しい表情には目を見開いた。もう一度確認しようと瞬きするが、ライが緩く動き始めたことでそれは叶わなくなった。

「……っあ……」

 先程までの激しさはなりをひそめ、ゆっくりと、じれったいほどに優しくライが打ちつけてくる。雄が抜けそうなぎりぎりのところまで腰を引き、滑らかにの中を穿つ。
 ……ライの熱を感じる。その形までもがはっきりと伝わり、は喉を震わせた。張り出した部分が引っ掛かると怖いぐらいに気持ちよく感じる場所がある。ライはそこを重点的に攻めた。……あくまでゆっくりと。

「……あ……、やっ……、あ……」

 ライにとっては休憩のつもりなのかもしれないが、とてもじゃないがはそうではなかった。焦らすような動きに掠れた喘ぎを上げ、敷布の上で身体をくねらせる。
 目を閉じていてもライの視線を感じる。あの綺麗な薄青の瞳で、きっと見ている。この光の下で自分が乱れるのを。そして待っている……懇願するのを。


「……あ……、…イ……。も…っ……」

「……なんだ」

 ゆっくりとした動きとは裏腹に、雄猫は息を乱している。自分だって限界なくせに、どうしてここで意地を張るのか。はその腕に爪を立てると、滲み始めた視界に白いつがいを映した。

「……焦らさないでよ……っ、バカ……!」

「……いい度胸だ」


 ライの動きが再び激しさを増す。もう外が明るいとか、ここが宿だとかそんなことは気にならなくなっていた。ただライの熱をは全力で受け止める。
 そうして始めの体勢に戻ってきたところで、それはやって来た。


「あ…っ、ライ……、ライ…! あ……、ああっ!!」

「ぐ……! あ……、は――」


 重い快楽から突如として上りつめる、独特の感覚。大きな白い靄に全てが攫われる。
 身体を強張らせて達したに重なるように、ライが息を詰め想いのたけをの中に叩きつける。その熱さをぼんやりと感じ、は深く寝台に沈み込んだ。

 全てを吐き出したライが、荒い息のままの上へと崩れ落ちる。決して軽くはないが、その重み全てが愛おしい。汗にぬめる背を抱くと、じわりと視界がぶれた。

 この重み、この熱、この想い。……そう、自分はこの猫を――


「―― いしてる ――」


 その声は吐息に溶け、の瞳から滴り落ちていった。








 しばしそのまま抱き合い、息を整える。靄の引き始めた頭では(ん?)と目を開いた。

(あれ……私、今、なんて………)

 熱に浮かされ、言ったこともないような言葉を告げたような気がする。それを徐々に思い出すと、身体の横で尾が根元から膨らんでいった。

(……待って。待って待って! 何か口走らなかった!?)

 無言で錯乱し、顔をまだらに染めるつがいをライが怪訝に見やった。
 雄猫が身体の上から去り熱が抜ける感覚には息を詰めたが、今はもっと気にすることがある。横に並んだ怜悧な顔を赤い顔で見やると、は思い切って告げた。


「な……なんとか言いなさいよ……」

「は? ……何をだ」

 白猫は眉をひそめ、訳が分からないという顔をしている。情欲の名残をまだ残してはいたが、その顔は平静そのものだ。はほっと吐息をついた。

「ああそう、聞こえてなかったならいいわ。気にしないで」

「…………。『あ』から始まる言葉なら聞いたが」

「………しっかり聞いてるじゃないのよ……」


 しれっと答えた白猫に、はがくりと肩を落とした。もう顔が見られない。俯いたの身体を、ライがおもむろに引き寄せる。

「………俺もだ」

「え……。……なに? 今なんて言ったの?」

「知らん」

 の耳をくすぐった、かすかな囁き。……うまく聞き取れなかった。だから「もう一度」とはせがむ。

「言ってよ。聞こえなかった…!」

「知らんと言っている」

 だが二度とつがいはそれを言ってはくれなかった。耳に残る吐息の感触だけが、夢か現かをに教えてくれる。
 なおもむくれるを封じ込めるように抱きしめ、ライは髪を撫でてくれた。その心地よい感覚に「まぁいいか」とほだされる。


 外は相変わらず明るい。それでも少し身体が冷えてきて、はライに引っ張られるまま掛布の中にもぐり込んだ。温かい身体に抱かれ、額と頬の傷に口付けられる。
 ……意外にも、額にキスするのがこの猫は好きらしい。なんだか可愛い。はくすりと笑った。

 髪と背中を撫でられると、とろとろと睡魔が襲ってきた。そういえばとても疲れていたんだった。けれど、心地いい。


「お前の傷をどうこう思うことは勿論ないが……」

「……?」

 眠りに落ちる寸前で耳元に囁かれ、は努力して目を押し開けた。身じろぎして見上げるとライは優しく、そしてどこか苦しげな顔で続けた。

「できれば……負ってほしくはない。お前が傷を負うと、寿命が縮まる思いがする。……戦闘を早く終わらせたいから、お前に歌えと言った。負傷を恐れるようになっては、賞金稼ぎなど終わりかもしれんな」

 そう言って自嘲したつがいの顔を、は瞠目して見つめた。


 これが――あのとき、ライが本当に言いたかったこと。が逃げ出して聞けなかった、ライの真実。

 頭の芯がぼうとして、思考が白く染まる。これほどに想われて……なんと返せば良いのだろう。どう伝えればいいのだろう。
 思案したはしかし、泣きそうに嬉しい気持ちを抑えて緩く首を振った。


「……いや」

「…?」

「賞金稼ぎ、やめるのは嫌…! アンタを守るのをやめるのも嫌。アンタには悪いけど、そこは変えられない」

 はきっぱりと言い切った。……怒るだろうか。少し不安になってライを見上げると、意外にもライは虚を突かれたような顔でを見下ろしていた。それが怒りに変わる前に、は再び口を開く。

「もちろん今回の件もそうだけど、注意が足りないとか私が悪かったところは直すわ。戦況を見極めて、必要なところで歌を歌えるように努力する。でも歌うだけで、一方的に守られることはできない…!」

「……何故だ」

 の反応が返ってくるとは思っていなかったのか、ライが掠れた声で問い返した。はライの腕を掴むと、それを胸に抱き込んだ。


「私……この手で、この剣で、アンタを守りたい。一緒に闘って生きてるんだって、実感したいの」

「……お前……」

 ライは今度こそ呆然との顔を見つめた。その視線を受け、は微笑む。強く――したたかに。


「だから、アンタは私を守ってね。その分私はアンタのことを、守るから。……一生」





 晴れやかな笑みを浮かべるつがいをライは呆然と見ていたが……やがてくしゃりとその前髪を乱し、身体を引き寄せた。

 ――思うようにはならない。予想もつかないことを言ってのける。けれど……そこにまた、惹きつけられる。



「山猫。……阿呆猫」

「ちょ……なんで称号が増えてんのよー!」


 頬を膨らませたつがいを抱え込み、ライもまたこらえ切れぬ笑みをこぼした。
 ふたりの枕元では、投げ出された銀のプレートが鈍く輝いていた。









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(2008.12.28)