Love Drinker 
-マタタビの乱- 後編
 



「……で、これからどうする……?」

「う〜ん、どうするかなぁ……。朝まで食堂開放してもいいがなぁ……」

「何故普通に寝られないんだ、阿呆猫が……」

「……? 何で はこんな所で寝ているんだ?」

 嵐はひとまず去った。しかし、残された四匹(うち一匹はたった今目が覚めたため混乱中)は、 の処遇を巡ってその後数分間に渡り頭を悩ませる事になった。
  の手が、一本の尻尾を握って離さなかったからである。



 手の形に馴染む鍵尻尾を

 細くてツヤツヤ、黒尻尾を

 白くてふわふわ、憧れの尻尾を

 意外といいかも、しましま尻尾を



































 コノエ編



「おー、あつらえたように手に馴染んでるな。さすが鍵尻尾」

「……アンタな!」

 寝入る に尾を掴まれたコノエは、途方に暮れた。呼び掛けても揺さぶっても、起きる気配がない。かと言って指を解こうにも、 の手は固く尾を握り締めていてそれもままならない。
 ニヤニヤと面白そうに見下ろしてくるバルドを睨み、コノエは溜息をつくと立ち上がった。

「取り合えず、ここに寝かせておく訳にもいかないし……部屋まで運ぶ」

「ま、そうだろうな。……大丈夫か? 意外とコイツ重いぞ。手伝ってやろうか」

「これぐらい大丈夫だって!」

 一体どれだけ非力だと思われているのだろう。コノエは少々ムッとして返すと、 をその背に背負った。意識のない身体は正直ずしりと重かったが、意地でも顔を歪めなかった。
 そんなコノエに、バルドが意味ありげな視線を向ける。コノエは怪訝に顔を上げた。

「なあコノエさんよ、『送りオオカミ』って知ってるか?」

「『オオカミ』……? 何だそれ、贈り物の名前か?」

 また二つ杖関連だろうか。聞き慣れない単語に眉を寄せたコノエを見て、バルドはますます笑みを深めた。

「違うよ。二つ杖の時代にはなぁ、雌を家まで送っていった雄がそのまま雌を食っちまう事をそう呼んだらしい。……あんたは、なるなよ?」

「雌を食う……、――ッ!? そんな事、する訳ないだろ!?」

 意味を解したコノエが激昂する。バルドは肩を竦めると、懲りもせずに続けた。

「いや、分からんぞ? なんせ雄はオオカミだからな。……ってこれも受け売りだが」

「黙れよ!」 

 ニッと笑ったバルドを一喝すると、コノエは足音も荒く階段を上り始めた。





「俺、ホントに力ないな……」

  の部屋に入ったコノエは、寝台にその身体を横たえ床に膝をついた。
 自身も酒が入っていたため、正直やっぱりしんどかった。だけど は他でもないコノエの尾を握ったのだ。だったら自分が運んでくるのは当然というものだろう。

「……はぁ……」

 寝台の は、すやすやと寝息を立てている。その無防備な寝顔を横目で見遣ったコノエは、バルドの言葉を思い出して頬を赤く染めた。

(送りオオカミ――)

  はぐっすりと寝ている。……今ならば、何をしても分からないはず――。

「…………」

  を覗き込むコノエの顔が近付いていく。その唇があと少しで触れるというところになり、コノエはハッと身体を離した。 が握ったままのコノエの尾を掴んだからだ。

「ゴゴゴメン!! ていうか、何してるんだ俺! ホントごめ……ん――?」

「……スー……」

 コノエの葛藤もいざ知らず、 は引き続き気持ちよく寝入っていた。呑気なその様子に、コノエががくりと肩を落とす。

 ……この猫は、いつもこうだ。さんざん雄たちを引っかき回しておいて、でも自分には関係ないと言わんばかりにまた隙を見せるのだ。……無意識に。



「アンタほんと……最強だよ――」

 送りオオカミになりそこねた後ろめたさは取りあえず置いておいて、また踊らされた自分たちの滑稽さを思い、コノエは寝台にもたれるとクスクスと笑った。
 その一方で、もう には一定量以上の酒は飲ませるまいと固く誓うのは忘れなかった。


  
END






































 アサト編 


は俺が運ぶ!」

「いや、分かったからアサト……そんなに大声を出したら が起きるぞ?」

「う……すまない……」

 突然尾を握られて目覚めたアサトは、その相手が であった事に驚きつつも を運ぶ権利を主張した。とは言っても主張しているのはアサトだけだったが、とにかく他の雄には渡したくない一心でアサトは を抱き締めた。

「いいけど、お前もさっきまで酔ってたんだから……落っことさないようにしろよ?」

「分かった……。大事に、運ぶ」

 優しく言ってくれたコノエの言葉に頷き、アサトは を抱きかかえた。そろそろと持ち上げると、 の手と頭が背中に落ちて安定する。
 押し付けられた身体の凹凸に動揺しながらも、アサトは を安心させるようにその背を軽く叩いた。

「ん……む〜〜、…………」

 一瞬むずがった は、しかしすぐに身体を弛緩させると再び寝入ってしまった。そんな を起こさないように、アサトはゆっくりと歩き始めた。






……水、いるか?」

「ん〜……いらなぁい……」

 寝台にその身体を下ろすと、弾みで はぼんやりと目を開けた。彷徨うように瞬きする様子を心配そうに見つめたアサトが声を掛けると、 は緩く首を振って答えた。
 今まで見た事もない酔った の姿に、アサトは我知らず鼓動が早くなるのを感じた。

「じゃあ俺は、行くから……」

「……アサトぉ……待って……こっち――」

「――!!」

 尾を放させてその場を急いで立ち去ろうとしたアサトは、舌足らずな声に呼び止められて足を硬直させた。恐る恐る振り返ると、 が尾を揺らしてこちらを上目遣いに見上げている。

(……かわいい――)

 アサトはゴクリと喉を鳴らすと、ふらふらと に近寄った。
 ……駄目だ、離れられるはずがない――。

「うふふ、アサトぉ……ぎゅっ!」

「!!」

 アサトが再び を覗き込もうとした瞬間、アサトは に引き寄せられた。掛け声と共に身体が柔らかく包まれる。その甘い感覚にアサトは悟った。――無理だ、と。

「……っ……、〜〜ッ!! ……っ !!」

 耐えかねたアサトが を組み伏せる。四つ這いになって衝動的に覗き込むと、組み敷かれた は――寝息を立てていた。

「……スー……」

「………… ……」

 己のうちの黒い衝動をうっかり解放しかけたアサトは、大きな身体を丸めてガクリと項垂れた。……ある意味拷問だ。


 そろりそろりと寝台から降りると、アサトは を恨めしげに眺めた。それでもしばらくすると、穏やかな寝顔に衝動は段々と静まってきた。

 再び に触れる事は躊躇われて、その寝台に頭だけを下ろすとアサトは急激な眠気に襲われた。もともと、無理やり目覚めさせられたようなものなのだ。
  の隣で、アサトは葛藤する事もなくあっさりと意識を手放した。


 翌朝、部屋で寝入ってしまったアサトをまたもや が叩き出したのは言うまでもない。


  
END



 





































 ライ編


を放せ!」

「貴様、どこを見ている。放すも何も、こいつが勝手に握っているんだ」

「……!」

 途端に噛み付いてきたアサトを冷めた目で見遣り、ライは盛大な溜息をついた。
 雌猫の手は、ライの尾をしっかりと握っていて離そうとしない。……取りあえずは部屋まで運ぶしかないだろう。
 なおも突っ掛かってくるアサトを無視して、ライは の背と脚を抱えると立ち上がった。

「……襲うなよ?」

 ニヤニヤと言ってきたバルドを冷ややかに一瞥し、腕の中の重みを抱え直すと白猫は静かに立ち去った。






「……おい。起きろ、酔っ払い」

「ん〜……ん? あ〜、ライだぁ〜。……なんで髪ほどいてるの〜?」

「……当たり前だろう、阿呆猫……」

 寝台に下ろして顔を軽く叩くと、 はぼんやりと目を開けた。うっすらと笑う舌足らずな喋り方は、普段の ならば絶対にしない口調だ。
 子供のようなその様子に呆れを通り越して苦笑しかけたライは、その前の大トラぶりを思い出して結局いつも通りの渋面を作った。

「もう、絶対に酒は飲ませんぞ……」

「お酒なんて飲んでませーん。アハハハハ……。……ん?……何コレ」

 けたけたと笑った は、いまだ手の中にあるライの尾に気付いて不思議そうに首を傾げた。白い尾を持ち上げて、ブンブンと振る。急所を荒っぽく扱われてライの背に悪寒が走った。

「ふわふわ、もふもふ〜」

「おい、いい加減に離せ!」

「ふわふわ〜。…………がぶり」

「!!」

 ライは声なき悲鳴を上げた。尾をいじっていた が、何を思ったのか突然尾の先端に噛み付いてきたからだ。
 牙を立てられた訳ではないが、ぞくりとした刺激が背中を駆け上がった。見下ろすと、尾を横に咥えた がライを見上げるところだった。

  の口からわずかに濡れた尾が零れ落ちる。 は眉を下げると、今度は悲しげに首を傾けた。

「……あんま美味しくない……。ふわふわじゃないし……」

「お前…っ!、〜〜〜っ、く……ッ……」

 口の中に入れたら何だってそうなる。というか、そもそも俺の尾は食べ物ではない。
 ライは思わず怒鳴りつけようとしたが、相手が酔っ払いだという事に気付いて溜飲を下げた。
 ……耐えろ。いや、むしろ他の雄の前でやらなかっただけ良しと思え。

 コノエは赤面するだけで済みそうだが、アサトなら動揺しながらもその先に勢いで進むかもしれない。
 バルドに至っては……考えるだけでも癪だが、「そんな所よりコッチの方がうまいぞ?」などと言って不埒な行為に及びかねない。というか、奴なら確実にやる。


「……美味しくないけど――やっぱり食べたい!」

「! ――ッチ、阿呆猫が! 食うならこっちにしろ!」

 ライの葛藤もいざ知らず、再び尾を目掛けて口を開いた をライは制した。そのまま顔を引き寄せると、獲物を求めて半開きになった口にライは代償を差し出した。

「っふ、ン――、んん……、ん〜〜! ……ッぷは!」

「……酒臭い」 

 苦しげに息をついた を横目で見ると、ライはむっすりと押し黙った。そんなライを見た が、微妙な表情で首を傾げる。

「?? ……ざらざら……」

「……寝ろ」

 溜息を一つついたライは、与えられたものの感触を率直に語った の毛布を一気に引き上げた。獲物を与えられて満足したのか、 が再び静かな寝息を立て始める。



「本当に阿呆猫だな……始末に負えん……」

 闇に溶けるように呟いて、ライは の部屋を後にした。言葉とは裏腹に、その口調はどこか満足げだった。

 
  
END













































 バルド編



「おいおい、俺かよ。……ったく仕方ねぇな。ほら 、行くぞ」

 縞尻尾を掴まれたバルドは、意識のない をひょいと抱き上げた。眦を険しくしたライが、バルドを無言で見遣る。

「……貴様、最初からこれが目的だったのか」

「まさか。さすがにそれは穿ち過ぎだ。……たまたま掴んじまっただけだろう」

 そうは言うが、面倒くさそうな口調とは裏腹にその口元が妙に綻んでいる。
 すると、苛立ちを露わにするライに追い討ちを掛けるように、 がもぞりと動いてバルドの首元にしがみ付いた。勿論眠ったままではあるが。

「……!」

「う…んー……、ヒゲ……」

「……またヒゲかよ。……ま、好きだって言ってたもんなぁ?」

 密着してきた に相好を崩したバルドが、少し自慢げにライを見る。ライは押し黙って射殺すような目でバルドを睨むと、呪うように低く呟いた。

「……不埒な真似はするなよ」






「ほい、着いたぞ。そろそろ離してくれ」

「んー……、ごめーん……」

  の部屋に着いたバルドは、 を寝台に横たえて身体を離そうとした。
  はぼんやりと謝罪したが、その腕はいまだバルドの首に巻き付いたままだ。バルドは嘆息すると、 の背をあやすように数回優しく叩いた。

「これがゴメンって態度かよ。……あんた、ホントに襲われても知らんぞ」

「だから、ごめ〜ん……」

 繰り返した は、ますますギュッとしがみ付いてくる。押し付けられた身体を思わず抱き返したくなる衝動に駆られたが、一応 は酔っ払いだ。酔った猫をどうこうするほどバルドも落ちぶれてはいないつもりだった。

「……聞いてねぇな。――あんたがそんなにヒゲ好きだったとは、知らなかったよ。少し得した気分だな」

「……ムサいけど……なんか安心するから……」

「……そうかい」

 気を紛らわすために掛けた問いに、 は非情な答えを返した。憮然と呟いたバルドの肩に、 の重みが更に加わる。
 吐息が首筋にかかり、思考とは裏腹に本能的な欲求が煽られるのをバルドは感じた。

「……おいっ。いい加減に離してくれ。俺も酒が入ってるんだ。さすがに押さえが利かなくなる」

「……んん……」

 ……まずい、前言撤回だ。これはもう誘っているとしか思えないポーズだ。
 バルドは の髪を指に絡めると、さり気ない素振りを装って言葉を重ねた。視線が泳ぐのは取りあえず酒のせいにしておいた。

「……おい。……いいのか」

「……たい……」

  から拒絶の意思は見られない。バルドは逡巡した末に、とうとう の背を抱き締めた。強く引き寄せると、 が苦しげに吐息を漏らした。
 懇願を聞きたくて、その口元に耳を寄せる。


「……どうしたい? ……言ってみろよ」

「……吐きたい……」

「!! ……待て! ちょっと待て! すぐに運んでやるから!」

 情欲を滲ませて問うたバルドは、次の瞬間 の口を押さえると慌てて立ち上がった。 が苦しげに呻く。
 甘い時間は夢と消え去り、二匹は勢いよく部屋から飛び出した。


 翌日、マタタビ酒だけでなく結局怪しげな酒までチャンポンにして飲んでしまった が、二日酔いに苦しんだのは言うまでもない。
 そしてバルドと には、しばらくの間ライから禁酒令が出されたのだった。
 

 
END
 















(2007.4.20)

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