しばしの休息の後、 たち四匹は四色に光る岩に向けて移動を開始した。
  が一昨日通ったのとは異なる道は、とある寂れた村へと続いていた。村の入り口で立ち止まり、ライが口を開く。

「本当にこの道で合っているのか」

「……たぶんね。この村を通った訳じゃないから断定は出来ないけど」

「……怪しいな」

「アンタねー」

 ライと がいがみ合っていると、物陰から気配がした。四匹が一斉に剣を抜き放つ。

「ひっ! た、助けてくれ! 殺さないでくれ!」

 ――痩せた村猫が、恐怖を浮かべて地に尻餅をついていた。





  10、闇の魔術師





「まさか、宿まで提供してくれるとはねぇ……」

 大ぶりの寝台に腰掛けて、 は息をついた。
 村猫の誤解は解けて、今は廃屋の一室を提供してもらっている。 はフードを被っていたため雄にしか見えなかったようだ。当たり前のように三匹と同室に入れられ、残り少ない夜を過ごす事になった。

  の存在に他の三匹は戸惑ったようだが、今更部屋を分けるのも不自然だし四匹もいれば間違いも起こらないだろう。そう結論付けて、 は二台しかない大きな寝台の一つに堂々と腰を下ろした。

 装備を外すと、軽く毛づくろいをする。隣の寝台に陣取ったコノエの視線を感じたが、舌を出したまま目で問うとコノエは顔を赤くして目を逸らした。

「……?」

 怪訝に思ったが、問い掛けるにも睡魔が訪れてきていて面倒になった。 は頭から毛布を被ると数秒もしないうちに眠りについた。
 残りの三匹が唖然としてその姿を見ていたことなど、 には知る由もなかった。






「……? なに……」

 眠りについてどれ程経ったのか、 は妙な音を聞きつけて目を覚ました。他の三匹も窓の方を見ている。目を凝らすと、窓から手が覗いているのが見えた。緊張に身体を強張らせるとライが身構えて短く告げる。

「来るぞ」

「……ッ!」

 先程から軋み始めた扉が開いて、目に飛び込んできたのは昨日の村猫の姿だった。動いてはいるが何か様子がおかしい。


 ――村猫は、既に生けるものではなくなっていた。
 それに気付いた 達が呆然としていると、どこからか不穏な雰囲気の歌が聞こえ始めた。それを合図に、村猫は様子を一変させて一行へと飛び掛ってきた。ライが前に出て、村猫に斬りかかる。

「……ッ、……!?」

 村猫がライに斬り付けられた瞬間、コノエが突然崩れ落ちた。胸を押さえて苦悶している。 は慌てて駆け寄り、コノエを抱き起こした。

「ちょっと、どうしたの!?」

「……平気だ」

 コノエに手を貸した はライを見上げると、顔を強張らせた。村猫を見下ろしたライがまた笑っていたのだ。次の瞬間、剣を振り下ろそうとするライを腕の中のコノエが鋭く制止した。


 猫は操られている、コノエはそう主張した。それは明白で、村猫自身の意思で動いているのではない事くらい にも理解できた。
 しかし、倒さなければ自分たちが殺される。殺気の満ちる部屋で は固唾を呑んだ。

(コノエには村猫を傷付ける意思がない……。でも次にもしコノエを狙ってきたら――私が殺るしか、ない……!)

  がざわつく心を凍らせて剣を握ると、笑みを消したライが動いた。村猫が倒れながらも足を捕らえようとしたのだ。
 「眠れ」。そう告げて剣を振り下ろすライからコノエが顔を背けた。 は目を逸らさなかった。
  の目前で、村猫の首が飛んだ。





 それから先は地獄だった。

 家を取り囲んでいた猫たちが 達に飛び掛ってくる。各々に分かれて対処することにしたが、 は先程の苦悶したコノエの様子が気になって仕方なかった。いまだ逡巡する様子のコノエに付かず離れずの距離で、 は剣を構えた。

「……ッ、らあああッ!」

 つい先程まで猫であった者たちは、ただ斬るだけではまた襲ってくるようだった。
  は低く唸り、剣を振り上げる。動きを止めるために斬りつけるとか、そんな器用なことはできない。 にとって剣を抜くことは、殺意を持って相手を仕留めようとすることに他ならなかった。鞘を外せば、もう後戻りは出来ない。

 重い手応えの後に、猫の首が転がる。
 ――何も感じない訳ではなかった。何も感じない訳がなかった。
 それでも は歯を食い縛ると、次々と襲ってくる猫たちを切り伏せた。


 ふと横目でコノエの姿を追うと、コノエは猫たちを致命傷にならない程度に斬り付けているようだった。
 そんな方法ではこちらが体力を消耗するだけだ。 がそう思った矢先に、コノエの背後から猫が再び襲い掛かろうとしているのが目に飛び込んだ。

「コノエ!」

  は鋭く叫び、コノエの傍に飛び込んだ。猫の爪を剣で受け止めて弾き、一刀のもとその首を刎ねる。

!」

 コノエが目を見開く。 は振り返ってその胸倉を掴み上げると、叫んだ。

「さっきの猫の涙を見たでしょう! こいつら、苦しいのよ。悲しいのよ! 闘いが長引けば長引くだけその分苦しみが続くのよ。だったら……今私たちに出来るのは早く眠らせてやる事だけよ!」


 『眠らせてやる』とは、なんと傲慢な言い草か。 はそう思ったが、そうとでも言い聞かせなければコノエは動きそうになかった。
 こんなところで命を落とすなんて、馬鹿げている。コノエもこの猫たちも、結局敵の思うがままに振り回されただけではないか――!

 鬼気迫る の形相に、コノエが苦しげに顔を歪める。 は掴んだその手を放すと、再び向かってくる猫に戦闘態勢をとった。

「……後悔や懺悔なら、いくらでも後ですればいい。今はやるしかないのよ……!」

 自分に言い聞かせるように告げると、 は再び闘いの中へと戻った。
 数分後に目を遣ると、無心にコノエが猫の首を斬り捨てていた。その姿が痛ましく、 はそっと目を伏せた。





 
 永遠にも感じられた時間の後、息を切らした とコノエのもとにライとアサトが駆け寄ってきた。その惨劇の跡に二匹は目を見張ったが、特に何も言わなかった。動きを止めると、途端に苦い感情が押し寄せてくる。
 まるで手足を操るように命を弄んだ敵が、憎くて堪らなかった。そしてその憐れな猫たちを切り伏せるしかなかった自分に、猛烈な嫌悪が湧いてきた。

 ――猫を、殺した。この手で……この手で!

 既に死んでいたなどというのは、言い訳になんてならない。 が眉根を寄せて奥歯を噛み締めたその直後、全く唐突に昏く楽しげな声が耳元に響いた。


「――楽しんでもらえたかな、余興は」


 四匹が揃って目を向けた暗い虚空より、漆黒の……闇の魔術師がその姿を現した。






「リークス…ッ!」

 コノエが憎憎しげにその名を吐き捨てた。漆黒の衣装に厳めしい仮面……伝説と同等に扱われる存在の出現に、 は全身の毛が逆立つのを感じた。恐怖や警告のためではない。もっと根深い、身体中を黒い縄で締め付けられるような苦しい感情だった。

 リークスがコノエの怒りを煽る。聞き捨てならないはずのその台詞さえ、 の耳を素通りしていった。

 初対面のはずなのに、自分の中の何かが彼に反応する。……何故。
 視線を釘付けにしてリークスに見入る の異変に気付いて、アサトが声を掛けた。


、どうした」

「……? ほう、雌か……。――ッ、……その顔……ッ」

 アサトの声に反応したリークスが、 の顔を捉えた。リークスと の視線が交錯する。強い既視感を感じて はよろめいた。同時に、仮面の奥で魔術師が息を呑んだのが伝わってきた。

「お前……知ってる――どうして…!?」

 肩をアサトに支えられ、 は叫んだ。知らないけれど、知っている。どこかで――! 
 混乱する と同様に、リークスもひどく困惑しているようだった。「まさか……」と呟いたきり、周囲に沈黙が落ちる。




「……そうか……そういうことか……、お前が――」

 やがて、沈黙はリークスの笑い声によって断ち切られた。呆然と見つめていた緊迫の時が解け、 はハッと我に返ると目に力を込めてリークスを睨み上げた。


「どういうことよ! お前、何者なの!? 私の何を知っているのよ!」

  が叫ぶと、リークスは嘲笑したようだった。

「そこの呪われた猫と同じだ。教えてしまってはつまらないだろう。……知りたいのなら、私を追ってみろ。――金の髪の雌猫よ」

「な……待ちなさい!」

「やめろ ! 危険だ」

 高く笑いながら、リークスが漆黒を纏って森に消えていく。 が追い縋ろうとすると、肩をアサトに制された。振り返ったその脇を、代わりにライが駆け抜けていく。

「止めないでよ!」

  がアサトに怒りをぶつけると、アサトは一瞬怯んだが、肩を掴んで真正面から の目を見据えた。

「……あいつは、危険だ。 に敵う相手じゃない。迂闊に飛び込んでは、駄目だ」

「……ッ」

 言い含めるようなアサトの静かな視線が、暴走した の心に突き刺さる。肩に食い込んだ指が、痛い。だがその痛みが の熱を急速に冷ましていった。

「………、ごめん……」

  が小さく呟くと、アサトは黙って頷いた。
 
 



 その後にライを追って、コノエと共に三匹で森に入った。先に入ったライとリークスは、どこにいるのか分からない。
 手分けをして探そうというアサトの提案に頷いて、三匹は方々に散った。



(馬鹿じゃないの……あんなに簡単に、挑発されて――!)

 木立を駆けながら、 は後悔に身を苛まれていた。アサトが止めてくれなければ、無謀にも一匹で突っ込んでいるところだった。敵の正体も分からないのに、そんなのは自殺行為も同然だ。
 だが感情を止める事ができなかった。あの魔術師と自分との間には、何かがある――そんな幻想に煽られて、勝手に身体が動いていた。

(何か? 一体何があるっていうの――)

 再び思考に沈もうとした だったが、ふいに強い殺気を感じて背後に飛び退いた。すかさず剣を抜いて振り返る。その先には、薄汚れたコートを羽織った二匹の猫が立っていた。



「あれ? のろわれたねこ、おまえじゃないね。――きんのめす」










 

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