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  9、大人げない二匹





 引き続き休息を挟むことになった三匹は無言でそれぞれの持ち場についた。
 一息ついた も休もうとしたが、頭が冴えてとても眠れそうにない。せっかくなので、まだあまり話していないコノエと交流を持つことにした。

 コノエは見張りのために木の上にいる。 は木によじ登ると葉の間から顔を出した。するとコノエが目を丸くして絶句した。


「アンタ……何やってるんだ」

「ん、ちょっと話したくてね。……隣いい?」

 コノエは戸惑ったようだが、身体を横にずらすと の座り場所を空けてくれた。バランスに注意して腰を降ろす。

「なんかバタバタしてたから、ちゃんと話すのは初めてね。疲れてない?」

「あ、ああ……」

  が隣のコノエを見ると、コノエは困惑した様子で を眺めていた。その視線が気に掛かり、 は口を開く。

「私、何か変? ……あ、それとも近寄られるの苦手だった?」

「いや、そうじゃなくて……ゴメン。俺、雌見るの初めてで――」

 慌てて目を逸らして口ごもったコノエに は目を見開いた。さっきからやけに見られると思ったら、そういうことか。

「そう、なの。村にはいなかったんだ?」

「ああ。俺が物心つく頃は母さんも死んでたし――じろじろ眺めて、ごめん」

「ああ、うん。そういう事なら。でもそんなに雄と変わりないでしょ。失躯で多少珍しくなってるけど、実際はただの猫よ」

  がけろりと答えると、コノエは大きく首を振った。

「全然違うだろ。その、すごく細いし、アンタには悪いけど弱そうに見える。……アンタ、なんで森なんかうろついてるんだ」

「いや、わりと丈夫でそう弱くはないんだけど……まぁ色々あってね、村から追われちゃった……いや飛び出してきたって言うべきかな」

 困惑を滲ませたコノエの問いに、 は出来るだけ感情的にならないように明るく言った。

「村から追われた……」

「ん。まぁ雌にはしがらみが多くってね。全部放り出して、逃げてきたの。……君とお互い様よね」

  がコノエを見て首を傾げると、コノエは俯いた。その姿は小さく、重い現実に耐えかねて押し潰されてしまいそうに思えた。重圧を少しでも軽くする方法はないか。 は悩んだ末に口を開いた。


「……どうして、呪いが現れたの。君が何かしたんじゃないんでしょう?」

 聞かれたくなかったかもしれない。だから拒否されても構わないと思って は聞いてみた。話したければ話せばいい。 に出来ることなどその位なのだから。
 コノエは戸惑ったようにしばらく沈黙していたが、やがてぽつりと口を開いた。
 
「……夢を、見たんだ」

「夢?」

「四色の蛇が、次々に口から入ってくる夢。赤、青、緑、黄色の蛇……」

「四色の……蛇」

 その色は、 が夢の中で見た炎と同じ色だ。――いや、まさか。ただの偶然だ。 は瞬きをすると続きを促した。

「そうしたら次の日、尾と耳が黒くなっていて、この痣が現れた」

 コノエが手甲をきつく握り締めた。隠されていて見えなかったが、きっと黒い痣が刻まれているのだろう。

「それで村にいられなくなって……村を出た。後はアサトが話した通りだ」

「……そう。それで、今のところそれを解く方法は見つかっているの?」

  が尋ねると、コノエは緩く首を振った。

「分からない。ただ、この前会った呪術師が、森の四つの岩に行ってみろと言っていたから明日向かってみるつもりだ」

「それって……四色に光る岩のこと? それなら私、昨日行ってきたわ」

「そうなのか? どんなところだったんだ」

「んー、なんか変なところだった。妙な力が働いてるのは確かかも。……手掛かりが掴めたらいいわね」

「……ああ。そうだな」

 ようやく表情を緩めたコノエに安堵すると、 は木を降り始めた。


「明日行くなら、ライにでも道を教えてくるわ。さっきの喧嘩腰も謝りたいし。……ねえ、コノエ君」

「……さっきから思ってたんだけど、君付けはやめて欲しい。……子供扱いされてるみたいで、嫌だ」

 顔を覗かせて が呼び止めると、コノエが眉を寄せていた。そんなつもりはなかったのだが、結構気にしていたらしい。

「そう? じゃあコノエ。……あんまり気にしちゃ駄目よ。呪いなんて掛けられたんなら解く事だってできるはずだから。原因を突き止めて解きゃいいのよ。呪いを解く前に君の方が参らないようにね」

「……アンタ、あいつと同じ事を言うんだな」

 コノエの差す「あいつ」が には誰だか分かったが、あえて言及せず軽く笑って言った。

「そう。じゃあそれがきっと一般的な見解なのよ。呪いは解ける、これが結論ね」

「…………」

 目を見開くコノエを残し、 は地面へと飛び降りた。

 



 地上でライを探すと、少し離れた場所に佇む白い影があった。アサトと反りが合わずに離れていたらしい。意外と子供っぽいその行動に苦笑しつつ、 はその背に歩み寄り、隣に立った。

「……なんだ」

 視線だけを動かしてライが問うてくる。 も視線だけ向けて、口を開いた。

「ん、さっきは怒鳴って悪かったと思ってね。少し八つ当たりした。大人げなかったわ」

「……ほう、自覚があったのか。気付いたようで何よりだ」

「まあね。……でも誰が私だけが大人げないって言ったのよ」

「……何?」

 険を含んだ視線でライがこちらを向く。 もライに向き直ると、高い位置にあるその瞳を真っ直ぐに見上げた。

「アンタだって十分大人げなかったわよ。……少しは思い当たる節、あるでしょう?」

「……口の減らない雌だな」

「雌雌、言うなっての」

「…………」

「…………」

 明らかにムッとしたライと、再び見つめ合う。その無言を打ち破ったのは、今度は の吹き出し笑いだった。


「……プッ、あははっ……もう、なんでいつもこうなっちゃうのかな」

「……お前がいちいち掴みかかるからだろう」

 緊迫していた雰囲気が一気に解けると、苦笑が漏れた。ライも呆れたように息を吐き出している。――きっとこの猫は、いつもこうなのだ。ならば自分がそれに合わせていけばいいだけの話だ。

「怒るより、慣れろってことね……」

  が笑いながら乱れた髪をかき上げると、ライが目を細めた。


「お前……フードはどうした」

「ん? あるわよ。でも今は必要ないでしょ」

 どうせもう三匹にはバレているのだから被ったところで意味はない。そう は答えた。

「……自覚しろ」

「は? ……何をよ」

 唐突に告げられ、ぽかんとする。何を言ってるのかよく分からない。

「……分からんのか」

「全然分からないわよ」

「…………」

  が答えるとライは呆れたように息をはいた。一体何だと言うのだ。訳が分からない。


「……まあいいわ。――ねぇ、そういえばさっき……笑ってた?」

  は話題を変え、気になっていた事をライに尋ねた。ライは意味を受け取り損ねたようで眉をひそめる。

「……何の話だ」

「アサトとやり合っていた時よ。アンタが笑ったように見えたんだけど……自覚ない?」

「…………」

  が告げると、今度はライの顔がはっきりと強張った。――しまった。聞かれたくない話題だったらしい。 は慌てて話題を取り下げた。

「ゴメン、見間違いだったみたいね。変なこと聞いて悪かったわ」

「……お前も……」

「え?」

「お前も、笑っているように見えた。……嬉しくてたまらないという顔をしていたぞ」

「…………」

 思いも掛けないライの指摘に、今度は が表情を固くした。
 よくもあの状況で見えたものだ。というか、『お前も』と言った時点であの笑みを肯定したことにこの猫は気付いているのだろうか。

「そう、かもね……。だって、嬉しかったもの」

「嬉しかった? あの黒猫と俺がやり合っているのがか」

「違う、そうじゃないわよ。なんていうか、アンタ達二匹とも強くて……純粋な力の競り合いに、見とれていたんだと思う」

「趣味が悪いな」

「別にいいでしょ。自分よりも圧倒的に強い猫がいたら、恐怖もあるけどそれ以上に惹き付けられるわよ。……本能かしらね」

「…………」 

  がそう分析すると、ライは無言で返した。沈黙が続き、気になってライを見上げる。


「……だから、自覚しろといっている……」

「……は?」

 ライは目を閉じて溜息をつきながら告げた。睫毛長いなあ、 は場違いにもそんな事を思った。

「よく考えて発言をしろと言ってるんだ、阿呆猫が。……それで、そんな話をするために来たのか」

「違うけど。なんか感じ悪いなぁ……。本題はね、明日四色の岩に行くんだってコノエに聞いたから来たのよ」

  が話題を変えると、ライが軽く目を開いた。

「……知っているのか」

「知ってるも何も、昨日行ってきたもの。それで場所を教えとこうと思って――」

「案内しろ」

  の言葉を遮って掛けられた言葉に、眉根が寄る。 はライを見上げると呆れて口を開いた。


「アンタね……それがひとにものを頼む態度? 案内してほしいなら、『連れて行って下さい』くらい言えないの?」

  の言葉にライの顔が険しくなる。 とてライにそんな殊勝な言葉を期待している訳ではないが、それにしたって傲慢に過ぎる。

「…………」

「……案内しろ」

「嫌」

「…………」

「…………」

「……バラすぞ」

「何をよ」

 不穏な言葉に が目を剥く。するとライが唇に笑みを刻んだ。

「夜盗の股間を――」

「……ッ! アンタねえ……!!」

 予想外の言葉に の毛がパッと逆立った。なぜ今更そんな事を持ち出してくるのか。できれば消してしまいたい記憶なのに。
  は黙り込むと、悔しげに背の高い白猫を睨み付けた。


「卑怯…ッ。――分かったわよ、ついて行けばいいんでしょ、ついて行けば!」

「……はじめからそう言えば良いものを」

「うっさい!」


 ――また怒鳴ってしまった。そう頭の片隅で思ったが口を止める事が出来なかった。怒るより慣れろというが、それにはまだ少し時間が掛かりそうだ。
 幸いにも、また同行する時間が延長した。それが にとって幸か不幸かは判らなかったが。


 藍閃に帰るのはもう少し先になりそうだ。黙って長く外出してしまう羽目になってしまった。
  はおそらく藍閃のある方向を向くと、バルドに小さく謝った。







 

 

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