「……熱い」
白い猫の呟きに、食堂の空気は凍りついた。
24、絆
その夜、
たちは揃って食堂で夕食を取っていた。 今日はバルドの手製ではなく、バルド馴染みのゲンさんの手による料理だ。調理を手伝う手間もないため、
は皿を食卓に並べるとライと並んで席に着いた。
そしてバルドが作ったものではないという事で本当にスープを口にしようとしたライを、少々の驚きを持って
が横目で見ていた直後。先程の一言が発せられたのだった。
「……アンタ、もしや猫じ――」
「おや? 白猫ちゃんは猫舌なのかい?」
小さく問いかけようとした
の声に、フラウドの台詞が被さる。それをそのままヴェルグが引継ぎ、悪魔たちは好き勝手に猫舌について会話を始めてしまった。
の隣の空気が、段々と冷えていく。恐る恐る目を遣るとライは沈黙を貫いていたが、
からわずかに見える尾が逆立ってきている気がする。 ――これは、まずい。
が慌てて口を開こうとしたそのとき、ライががたりと音を立てて席を立った。
「……部屋に戻る」
そう言い捨てて、ライは食堂を去ってしまった。後に残された悪魔たちがまた勝手に会話を始める。コノエが心配そうに目を遣った扉を、
は呆然として見つめていた。
さっきライが立ち上がった時、頬がわずかに染まっていた。 おそらく自分だけが目にした世にも珍しい光景に、
は悪魔たちを止めるのも忘れてポカンと口を開けていた。
厨房で夕食の片付けをしながら、
は先程のライの様子を思い出していた。 そういえば、以前も何か食べるかと聞いた時に冷たい物を頼まれた気がする。 熱い物は苦手だったのか。完璧そうに見える猫の意外な弱点を知り、
は妙に面はゆい気分になった。 結局今夜は何も口にしていないだろうから、何か持って行ってみようか。そう考えた
の鼻先を、何か甘い香りが掠めていった。バルドの向かっている鍋からだ。
「……明日の仕込み?」
が問い掛けると、バルドはだるそうに振り返って首を振った。そういえば、今日ヴェルグと何を話したのだろう。そんな事を思いつつ
が手を止めて鍋を覗き込むと、乳白色の液体から甘さとスパイシーさの混じったほのかな香りが漂った。
「果物と薬草で作ったスープだよ。これを冷やせば薬効成分が火傷に効くはずだ」
静かなバルドの返答に
が目を見開く。思わず見上げると、器用に片眉を下げてバルドが苦笑を浮かべた。
「――あいつの好物、のはずだ。好みが変わってなけりゃだがな」
そう答えたバルドの声は柔らかく、
は不意に胸が詰まった。
この猫がこんな表情を声音をするなんて、知らなかった。 正体を掴ませない飄々とした態度の奥の、この真摯な眼差しはなんなのか。今まで隠されてきた部分のバルドが不意に顔を覗かせたように思えて、
はわずかにうろたえた。
「さて、これを冷やして……と。冷えたらあんたが持ってってくれよ。あんたが作ったって言えば、あいつも飲むかもしれん」
がはっとして顔を上げると、スープを器に移したバルドが手を拭いているところだった。その顔から思わず目を逸らす。
「そ、れはいいけど……気付かないわけ、ないじゃない。……昔も作ってたんじゃないの?」
「まあな。……ま、飲まなかったらその時はその時だ。頼むぞ」
がちらりと見上げると、バルドは淡々と告げて
同様に片付け作業に戻っていく。その背中を見つめ、
はふと口を開いた。
「――ねえ。アンタとライの間には、一体何があったの?」
思わず告げてしまった言葉に、バルドの肩が一瞬強張った。 やはり聞くべきではなかったか。
は小さく後悔したが、知りたいという気持ちを止める事が出来なかった。 知りたいのだ。今の二匹を隔てている原因を。ライの事も――バルドの事も。
の強い視線を感じたのだろう。バルドは静かに振り返ると、
を見つめた。
が金の目を見据えると、バルドはわずかに口を開き掛けたがやがて緩く頭を振った。
「――参るね。この歳になって若い雌にそんな熱のこもった目で見つめられるとは思わなかった」
「茶化さないでよ。……バルド、お願い。教えてほしいの」
唇に笑みを浮かべてうそぶいたバルドに、
はなおも詰め寄る。引こうとしない
の様子にバルドが困惑げに眉をひそめた。
「……どうしてそんな事が知りたい。あんたには関係ない事だろう。……それとも、あいつに惚れて身辺を根掘り葉掘り探りたいとでも? だったら迷惑だ」
バルドの言葉に
が目を見開く。そのまま背を向けようとしたバルドの肩を
はとっさに掴んだ。
「違う、そんなんじゃないわ。……たしかに私には関係ない事よ。でも知りたいのよ、アンタの事が。だって気になるから……!」
「……ッ、おい……」
が思わず口走った言葉に、バルドが目を見開く。やがてバルドは
の手を下ろすと、片手を額に当てて溜息をついた。
「はぁ……。あんた、絶対意味分かって言ってないだろ。ホント、危ないヤツ……」
「……?」
急に様子の変わったバルドを
が怪訝に見上げると、バルドは肩を竦めて両手を挙げた。
「――参った。降参だよ。雌のお願いに雄が敵うわけがなかったな」
眉を下げてそう言ったバルドに、
の顔がぱっと晴れる。だがバルドはわずかに俯くと、長い沈黙の末に小さく口を開いた。
「……別に、何があったわけでもない。――ただ俺が、少しばかりヘマをしただけだ」
予想外のバルドの言葉に
は息を詰めたが、探るようにバルドを見上げた。視線を受けてバルドが苦笑する。
「だからンな顔すんなって。あんたのそれは、卑怯だぞ。そんな目でねだられると何もかも話しちまいたくなるだろうが」
訳の分からない言葉に
が眉をひそめると、バルドは視線を遠くに逸らして話を続けた。
「前にも言ったよな。……俺はあいつが生まれた頃からあいつを知っている。あいつの両親とも仲が良かったからな。ある意味もう子供みたいなもんだ。あいつも俺に良く懐いてくれていた。……可愛い奴だったよ」
そう言ったバルドが、自然と唇を緩める。昔日を思い出しているのだろうか。先程と同じ眼差しをして語るバルドから、
は目が逸らせなくなった。
心に浮かぶのは優しい光景だ。小さなライがバルドの足元にじゃれ付いている。だがその想像は現在の二匹の関係からは遠くかけ離れたところにあり、
はわずかに胸を痛めた。 一体、なぜ。沈む
の思考をバルドの「だが」という声が引き上げる。
「ある日、あいつの両親が殺された。それもあいつの目の前でだ。あいつも呆然としていたが、俺はそれ以上に呆然とした。それから少しして……俺はあいつの前で、あいつを裏切る行為をした。あいつが一番誰かに側にいてほしかっただろう時に、俺はあいつを裏切った。だからあいつは俺を許せないんだろう。――今言えるのは、それだけだ」
「…………」
一息のうちに明かされた過去の出来事に、
は目を見開いた。 ライの両親の死、その光景、それを見ていた幼いライ――衝撃的な事実は沢山あったが、
が最も驚いたのはそれほど可愛がっておきながら、何故バルドがライから離れたのかという事だった。 裏切ったとはどういう事だ? 許せないとは、どういう事だ?
今の話だけでは、結局バルドがライに何かしたのかどうかも分からない。
が困惑を込めてバルドを見上げると、バルドは今度こそ背を向けて調理台に置かれた器をすくい上げた。
「今となってはどうにもならない事だ。俺も、もう気にしちゃいない。――ほら、冷えたから持って行ってくれ」
それ以上の詮索を避けるように、バルドが器を差し出す。思わず受け取った
は視線で退出を促された。
は手の中の器に目を落とすと扉へと向かった。だが取っ手に手を掛ける直前で、振り返る。
「……ねえ、気にしてないって言うのは嘘だわ。……そうでしょう?」
の言葉に、バルドが訝しげに目を細める。その視線を受けて
は小さく首を振った。
「気にしていないと言うなら……どうしてアンタはそんなに後悔するような目をしているの? 私には、アンタは今でもライに愛情を向けているけど、過去を後悔しているようにも見える。……アンタは一体、何に囚われているの?」
が問い掛けると、バルドが息を詰めた。その横顔を見遣って扉を開け、
は静かに目を伏せた。 また、言い過ぎただろうか。軽い後悔が胸のうちに生まれる。
「……変な事言って、ゴメン。……でも話してくれて嬉しかった。ありがとう」
そう告げて
は扉を閉じた。閉まる扉の影で、詰めていた息を吐き出すようにそっと息をつく。 扉の奥でバルドがきつく右手首を握り締めたことなど、
の知る由もなかった。
「うーん、どうしたものか……」
階段を上った
は、ライの部屋の扉の前で器を抱えて立ち尽くしていた。 たった今、バルドから深い話を聞いたばかりだ。それをライにまさか明かしたりはしないが、自分は果たして平常心でライに会うことができるだろうか。
は己の態度を考えあぐねていた。 確か今日のライは一匹部屋のはずだ。室内に気配があるという事は、つまりライがいるという事だ。 しかめ面にならないように大きく口を開閉してから、
は扉を叩いた。室内の気配が動き、扉がわずかに開かれる。不機嫌そうに現れた白い顔に
の鼓動が小さく跳ねた。
「……ッお、お届けものでーす」
「…………」
――しまった。思わず訳の分からない事を口走ってしまった。
の顔を訝しげに見遣ったライが、眉間の皺を深くする。
「……帰れ」
一言だけ低く告げて閉められようとした扉の隙間に、
が足を突っ込んだ。挟まれて、痛い。だが必死で身体を割り込ませると、室内に去ろうとするライの服の裾を引っ張った。
「待って! 嘘です。……ん? いや嘘じゃなくてホントに届け物なんだけど――」
「……何を言ってるのか分からんが、取り合えず服を離せ」
慌てた
が混乱しながら言葉を紡ぐと、頭上からライの冷えた声が降ってきた。身体を圧迫していた扉の重みがいつの間にか消えている。ライは室内を背に、扉を片手で掴んで
の入る隙間を作ってくれていた。
が服から手を離すと、ライが顎をしゃくる。いつまでも扉を押さえさせている訳にもいかず
が数歩進むと、
の背後で扉がぱたりと閉じた。
「……なんの用だ」
ライの見下ろす視線を受けて、
が顔を上げる。ライの目の前に器を掲げて、
は口を開いた。
「……これ、飲んで。……舌、火傷したんでしょ?」
目を見開いたライが器を覗き込み、わずかに顔をしかめた。それが何であるか分かったのだろう。だが否定の言葉を口にされる前に、先手を打って
は声を発した。
「私が作ったから。……結構手間掛かったんだから、ありがたく飲みなさい」
それは真っ赤な嘘だった。そんな事はきっとライも分かりきっているだろう。だがそれでもあの猫が特別に作ったスープを、むげにはして欲しくなかった。
がおどけたように言うとライは冷ややかな目で
を見遣ったが、やがて溜息をついて器を受け取った。
「腹を壊さないことを願うがな。……だが、今は喉が渇いていない。少し付き合え」
「え?」
ライがスープを受け取った事に喜色を浮かべた
は、続くライの言葉に首を傾げた。器を棚に置いたライが呆れたように
を見る。
「鈍い奴だな。……分からないのか。稽古をすると言っている。お前の歌は不安定で、落ち着いて目を離すことも出来んからな」
「あ――ああ、なるほど……。ていうか、普通に『稽古をするぞ』って言えばいいのに……」
「知るか。行くのか行かないのか、今すぐ決めろ」
どうやらライは、稽古を付けてくれる気分らしい。先日の図書館での一件でまだまだ自分の歌が不安定だと思い知った
には、それはありがたい申し出だった。 しかし素直に誘いを掛けないライに呆れて
が小さく呟くと、ライは苛立ったように尾を大きく振った。変なところで、妙に子供っぽい。
「はいはい。――外で待ってて。剣を取ってすぐ行くから!」
肩を竦めた
は、身を翻してライの部屋を出た。なんにせよ、付き合ってくれる猫がいるのは嬉しい事だった。
「……子供かお前は。……だが、子供よりもなお始末が悪い、か……」
が去った後、後に残されたライはぽつりと呟いた。 白く揺れる液体を一口含み、舌に乗せるとライは溜息をついた。
「賛牙と闘牙の能力を高める事って出来ないの? 個々の能力を高めるのは勿論だと思うけど……」
数十分後、
は藍閃の街外れにある空き地でライと向かい合っていた。 コノエもここで歌と剣の稽古をしたらしい。ここなら街の猫への影響もなく、猫目に付かないためフードを被る必要もない。
は伸び伸びと深呼吸して、ライに質問を投げた。
「賛牙と闘牙の信頼が深いほど、能力が高まると言われている。心が合わさらなければ意味がないとな。――絆、というやつだ」
「絆……」
ライの口から出た意外な言葉を、
は唇で繰り返す。そんな
を眺めて、ライは口端を吊り上げた。
「お前は分かるか? 不確かで、形のない見えないものの存在を感じられるか?」
『そんなものがある訳がない』そう言外に言っているようなライの台詞に、
の眉根が寄る。 確かに愛だの恋だの信頼だのといった感情は、近年の祇沙ではあってないもののように扱われている。そんな綺麗な感情を持っている余裕などない、というのが猫たちの正直な心情だろう。
とてそういう感情に近いものを抱いたことはあるが、これがそうだ、と言えるほどその気持ちを信じられた訳でもない。
「……正直、分からない。でも猫がいれば、その間にそういうものが生まれてきてもおかしくはないと思う」
が首を振って正直に答えると、ライが小さく息をつく気配がした。 どう受け取られたのかはよく分からない。
がそのまま白い顔を注視していると、やがてライは静かに剣を抜いた。闇夜に刀身が鈍く光る。――問答は終わり、という事か。
「歌ってみろ。心に浮かんだ歌で構わない」
ライの促しに、
は黙って頷いた。一つ息を吸うと、身体の中に炎を満たしていく。
――生きたい。負けたくない。大切なものを失いたくない。真実を知りたい。 自分は欲張りだ。村を出た時には何もないと思っていたのに、いつの間にか願う事が出来ていた。 だが想いを重ねた分か、それとも歌う事に慣れてきたためか、以前よりもスムーズに歌を紡げるようになってきた気がする。
赤い光がライへと流れていく。ヴェールのような美しい光がその身体に触れた瞬間、ライが目を見開いた。 ライの長身を包み込むように光が降りていく。やがて掲げた剣は光を帯び、数秒後、それは灼熱の輝きを放ち始めた。
「……ッ」
呆然としてその刀身を見つめるライを、
は歌いながらぼんやりと眺めていた。 白い髪に赤い光が映りこんで、とても綺麗だ。素直にそう思った。
やがてライは軽く長剣を翳すと、次の瞬間鋭く虚空を一閃した。見えざる敵を斬るように、次々と身を翻して剣を振るっていく。 その横顔をたなびく髪を白い尾を、
は目を逸らさずに追っていった。
――目が逸らせない。動悸が上がる。まるで抱き合っているかのように、ライの呼吸が間近に感じられる。 息をするのと同じくらい自然に、ライの動きに身体が同調する。それは、不可思議な感覚だった。
(……もっと感じたい。もっと側で。その剣を身体を心を、私に見せて――!)
突然
の中で、衝動的な想いが湧き上がった。それに押された
が思わず胸を押さえた瞬間、ライの動きが突然止まった。
を振り返った隻眼が、驚愕に見開かれる。
「歌を止めろ。……お前、なんて顔をしてるんだ」
「あ――」
我に返った
が目を見開く。その反動で思わず歌が途切れてしまった。辺りに濃厚に漂っていた赤い光が途端に濃度をなくし、霧散して消えていく。
はその場に膝をつくと、呆然と目を見開いた。――なんだ、今の感情は。
「あ、はは……ちょっと、集中しすぎたみたい。休憩していい?」
動揺した
は思わず取り繕うように言うと、大きく尾を振った。地を打つせわしない音にライが溜息をつく。
「……耐久性がまるでないな。よくそれで今までもってきたものだ」
怒られるかと思ったが、
から少し距離を置いてライも座り込む気配がした。
――周囲が暗くて、本当に良かった。今、自分はきっと真っ赤な顔をしているだろうから。 自分でも訳の分からない衝動に振り回されて、
は思わず頭を抱えた。こんな顔、絶対に見られたくないと思った。
やがて動揺も落ち着き、
が夜空を眺めていると暗がりからふと声が掛けられた。
「――先ほどの歌。頭の中にはっきりとした炎が見えるほど鮮明な印象だった」
「あ、そう……?」
ライの言葉は淡々とした中にも、わずかな賞賛が滲んでいるように感じられた。
はそれを内心嬉しく思ったが、その歌につられて引き出された感情を思い出し、結局素っ気なく返事を返すことしか出来なかった。
「ああ。……あれがお前の見てきた炎か」
ぽつりと呟かれた言葉に
が目を見開く。暗闇を探るようにライの方へ目を向けると、夜闇に沈む白い顔が見えた。
「お前、何を思って剣を鍛えている」
「は――なんで、そんな事……」
突然投げ掛けられた問いに、
が困惑する。ライは
を軽く見遣ると、静かに口を開いた。
「別にどうという訳でもない。どこかの猫の回復が遅いんでな、暇つぶしに聞いてみただけだ」
「…………」
なんとも言えない言い草に、
は思わず沈黙する。 どうしてこの猫はいつもこうなのか。聞きたいなら聞きたいと言えばいいものを――
はそう思ったが、そんな事は無意味だと悟りライに分からぬように小さく溜息をついた。
「そうね……この剣が持ち主を護ってくれるように、とかかな……」
「……なに?」
の返答がライには意外だったのだろうか。探るような視線を感じて
は肩を竦めた。
「剣は斬るものだろう。敵を倒せるように、勝てるようにと思うものじゃないのか」
続けられたライの言葉は、
にも納得のいくものだった。確かにその通りだ。
は小さく頷く。
「そうね。確かに剣は斬るため、傷付けるためのものだわ。でも私たちにとっては、剣は斬れて当たり前なのよ。だからそれを願うことはしない。それに、持ち主が勝てるかどうかはその猫の力量や運に左右されるだろうから、鍛冶師が祈ることでもないと私は思う」
でも、と
は言葉を続ける。いつも祈りが届くと思えるほど子供ではないが、それでも。
「剣って、斬るのは勿論だけど守る道具でもあると思うの。私の剣を手にした猫が、勝てなくてもいい。無事に窮地をくぐり抜ける事にその剣が役立ったなら、鍛えた甲斐があったって私は思う。……だから私は持ち主を守ってほしい、って気持ち…魂を込めて剣を鍛えているわ」
そう
が一息に告げると、辺りには沈黙が落ちた。ライからの反応はない。 何か変なことを言ってしまっただろうか。そう思った
が顔を上げると、ぽつりとライの呟きが漏れた。
「……お前の剣を持っていると、何か呪われそうだ」
「アンタね……。私の分身に向かってなんてこと言うのよ」
あまりの感想に
が唇を尖らせると、ライが鼻で笑う気配がした。それを感じて
はますます憮然としたが、怒ったところでどうしようもないのだ。
は話題を戻す事にした。
「そういえばさっき、アンタの力も前より増しているように感じたわ。アンタはどう思った?」
戻された話題にライが軽く目を見張る。太い尾を思案するように揺らすと、ライはぼそりと口を開いた。
「……そうだな。より同調しやすくなって力を受け取りやすくなったように思う」
淡々と告げられた答えを受けて、
はライに向き直るとその白い顔を見上げた。
「――て事は、やっぱりあるんじゃないの?」
「? ……何がだ」
何かを思いついたような
の顔を、ライが怪訝に見遣る。その視線を受けて
は口を開いた。
「絆よ。アンタと私の間にも、ちょっとは存在してたって事よね。だってそうじゃなきゃ、能力が高まる訳がないもの」
「……ッ」
けろりと答えた
を見て、ライが目を見開く。それには気付かず、
は大きく伸びをすると地に手を付いた。
「さ、休憩終わり! 続きをしましょ――あら?」
「――おい!」
立ち上がった
は、軽い眩暈を感じてふらついた。思ったよりも身体は疲弊しているようだ。
が倒れるよりも早く身を起こしたライがその身体を支える。抱き止められるような形で、
はライの腕の中に収まった。
「あ、ご、ゴメ……、――ッ」
地に足をつけた
はライから離れようと身を起こした。その瞬間鼻先を掠めた香りに、
の顔が強張る。そのままライから数歩離れると、
は困り顔を作ってライを見上げた。
「ゴメン、やっぱりさっき頑張りすぎちゃったみたい。今日はここまでにして」
が苦笑するとライは目を見開いたが、やがて溜息をつくとその背を返した。歩き出したライに数歩遅れて
も付いていく。 街へと続く暗がりの中、
はライに気付かれないようにそっと口元を覆った。
――先ほど抱きついたライのコートから香った、甘い香水の香り。 その香りがどこで付いたのか分からないほど、
は子供でも無知でもなかった。 雄にとってはそれほど特別な場所でもなく、そういうものだと
も受け入れていた……はずだった。
ライだって、雄だから。そう納得しようとする気持ちの傍らから、どうしてと惑う声がする。 そんな自分自身の戸惑いに動揺して、
は強く尾を振ると前を行く広い背中から目を逸らした。
白い雄猫と金の雌猫は、ひたすらに街までの道程を歩き続けた。交わす言葉は、なかった。
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