紺碧に埋め尽くされた部屋に、灯りをともす。 の部屋に入ったふたりは、寝台の上と下に分かれて対峙した。


「……痛ッ。――アサト、もう少し丁寧に……!」

「あ……すまない。沁みたら言ってくれ」





10、咲き誇る花のように






 腕の傷をアサトが手当てすると言った。大人しく従った は、思わぬ苦痛を味わう羽目になった。

  の部屋に入ったあたりから、妙にアサトが挙動不審なのだ。
 血の止まりかけた傷をえぐり、薬草を擦る手元も危うい。好意を無下にはしたくないが、 が耐えかねて注意するとやっとアサトは粛々と手当てを始めてくれた。

 黙々と布を巻くアサトのわずかに赤くなった頬を眺めて、 は小さく口を開いた。

「ほっぺた……ゴメンね。痛かったでしょ……」

 アサトが手を止める。わずかに押し黙った後にゆるく首を振ると、アサトは手当てを再開させた。

「……あんな風に怒られたのは、初めてだった。叩かれたのも……俺は少し、嬉しかった」

「そ、そう……」

 ――どう返すべきところなのだろう。それは変だと言うべきか、しみじみアサトの生い立ちを考えるべきか は迷った。しかし結局結論は出ず、話題を逸らす事にした。

「なんか、最初に会った時と逆になったみたいね」

「……そうだな。あの時の はすごい気迫だった。傷をえぐられるかと思った」

「…………。ど、どうだったかしらね」


 キュ、と端を止めてアサトが を見上げる。手当ての終わった腕を放そうとしたアサトは、だが の手を握るとじっとそれを見下ろした。

「……アサト?」

の手は、小さいな……。でもマメがある。これは、鍛冶で出来たものか?」

「ああ……うん。ずっと剣を鍛えてきたから。最近はサボってるけど」

  がわずかに笑うと、アサトは真摯な瞳で見上げてきた。わずかに眉を下げ、口を開く。

「すまない……。大事な手を、傷付けてしまった」

「手っていうか腕だけど……いいのよ、すぐに治るわ。私の手は鍛冶もするけど、今はアサトの力になるためにあるのよ。だから、いいの」

 浅く握られた手を、ぎゅっと握り返す。アサトは何かが喉に詰まったように息を詰めた。

「…… 、俺は……」

 アサトが何かを言いかける。だが続く言葉は声にならず、アサトはもう一度繰り返した。

「……俺、は……っ、―― ッ!」

「――わ! ちょ…っ、ん……ッ!」


 ドサ、と腰掛けた姿勢から一気に寝台に押し倒された。噛み付くように一瞬だけ唇を重ねられる。
 中途半端に仰向けになった の上に、アサトが四つ這いになった。わずかに息を乱したアサトの様子に はドクンと心臓が跳ねた。


「アサ、ト……?」

「! ――すまない……っ」

 戸惑う声で呼び掛けると、アサトはハッとして の上から退こうとした。その肩をとっさに掴んで引き止める。

「待って! ……大丈夫、大丈夫だから。このままでいいから――」


  は掴んだ手を緩めると、無抵抗を示すようにだらりと身体の横に降ろした。
 ……我ながら、ものすごい体勢を許している。だけどアサトを引き止めたかった。

 アサトはきっと、あの花畑で を押し倒して嬲った事をずっと後悔しているのだ。 の中では済んだ事であるが、あの時の己の変化をアサトは今も悔やみ、恐れている。
 だけど大丈夫なのだ。もう怖がる事はないのだと伝えたかった。言葉で伝えるのは難しい。だから、動で示した。


「大丈夫、怖くないよ。……続けて」

 ゆっくりと笑うと、アサトは眉を寄せて何かをこらえるように俯いた。そして小さく口を開く。

「俺は、さっき……嬉しかった。一緒に生きたいと言ってもらえて……すごく、嬉しかった」

「……うん」

 必死に言葉を搾り出すアサトに は静かに相槌を打った。

「初めて会って手当てしてくれた時も、花を受け取ってくれた時も、あの時歌を歌ってくれた事も……全部、嬉しかった。初めての事ばかりで…でもお前が与えてくれるものが大切で、なくしたくないと思った」

「うん」

「でも俺は……お前に何も返せていない。お前に何かしてやりたいと思っても、俺のしたいようにしたら……きっと、お前を傷付けてしまう」

「……?」

 アサトがきつく瞳を閉じる。吐き出すように続けられた言葉に は目を見開いた。

「お前を大事にしたいのに、何度も滅茶苦茶にして奪いたいと思ってしまった。……俺は、俺は――! ……くそっ、うまく言えない……!」



 思わぬアサトの独占欲に、 は息を詰めた。まさかそんな事を思っていたとは考えず、頬が染まる。
 アサトはせり上がる息をこらえるように を見下ろしていた。獲物を前にした獣のような、切羽詰まった様子に の鼓動が上がる。だけど――


(もう、たくさんのものを返して与えてもらってるのにな……)


  は沁みるようにそう思った。胸の真ん中でアサトへの想いが解け、じわじわと身体中に広がっていく。
 アサトには分からないのだろうか。おそらく、気付いていないのだろう。自分の存在が の心を浮上させた事になんて。


 幼子のように耳を下げるアサトを愛おしく思い、 はアサトの首に腕を掛けると上体を引き上げた。ちゅ、と軽く唇を重ねる。

「……!」

「アサトは、私に何かを返したいのよね……?」

「……ああ……」

 顔を離して見上げると、アサトは目を丸く見開いていた。
  は腕に力を込めてアサトを引き寄せた。ドサリと二匹が寝台に倒れる。その重みを受け止めて黒い耳へ唇を寄せると、 は想いを込めて囁いた。


「だったら今すぐアサトをちょうだい。……私、アンタが欲しい。他には何もいらない。アンタの手で……滅茶苦茶にして」










 ――顔から火が出るほど恥ずかしかった。今すぐアサトを突き飛ばして逃げ出してしまいたい。……絶対にしないけれど。

 結局のところ、欲を感じてしまったのだ。自分の中にも。
 アサトの瞳の中に揺れるものと自分の心に宿ったものが同じだと気付いた時、 はもう理性に抗うのをやめた。

 アサトと離れたくない。アサトの側にいたい。アサトの熱を感じたい。アサトが欲しい。アサトに――抱かれたい。



 バクバクとうるさい心臓を抱えてアサトを抱き寄せていると、アサトは突然身体を離した。この期に及んで逃げる気かと焦った を見下ろし、口を開く。

「触れても、いいのか……」

「もう十分触ってるわよ。……もっと、触れてほしい」

 恐れるように問い掛けたアサトに、 は開き直って堂々と告げた。アサトが離れていかないように、もうなんでも言ってみせる気分だった。アサトが息を乱し、眉を下げる。

「生きてて良かった……」

「大げさね……。でも、そう思うなら――もう二度とあんな事しないでね。……約束よ」

 静かに見上げた に、アサトは一瞬呑まれるとやがてゆっくりと頷いた。

「分かった……。それより、 ――」

 アサトがゴクリと唾を飲む。 の目を捉えると、アサトは掠れた声で呟いた。


「俺を…… のものに、してくれるか。俺はお前のものになりたい」

「……っ」


 ――何か違うような気がする。だけど何が違うのか、もう分からない。なんだっていい。
  は頷くと、アサトの耳を撫でた。


「分かった……アサトは、私のものね。……それなら私も……アサトのものに、なりたいよ」

「……ッ。―― …ッ!」


  がポツリと告げると、アサトは感極まった声で の名を呼び、荒々しく唇を塞いだ。










「…… ……っ、ふ…… ……ッ」

「ッう、ん……アサト……、ッ……あ……」


 頭を押さえられ、口を塞がれる。突然の行動ではあったが、 はアサトの熱を黙って受け入れた。
 唇を吸ったアサトが舌を割り入れてくる。喰らい付かれるような勢いに一瞬 の舌が竦んだが、アサトは口内に侵入するとその舌を絡め取った。

「……っふ、ン……!」

 くぐもるような声が漏れる。ざらついた、温度も質感も違う舌に触れるとゾクゾクとした刺激が尾に走った。
 水音を立てて吸い上げる。 が熱を絡ませると、アサトも堪え切れないような吐息を漏らして応えた。――しかし。


「……んッ、……う、……ッ、〜〜っ!!」

 アサトの重みに押し潰され、うまく呼吸ができない。舌の間や鼻から息を吸おうとするが、それすらも許さない勢いでアサトは に口付けてくる。
 加減も何もあったもんじゃない。次第に は意識が遠くなってきた。


「……ッ!! ――ハッ、はあ…ッ! けほッ!」

 バシバシとアサトの背を叩き、ようやく の唇は解放された。
 どちらのものかも分からぬ唾液で濡れた唇を拭い、 は咳き込んだ。息苦しさと咳に涙が滲む。 は眉を下げると、再び口付けてこようとするアサトを慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと待って、アサト! どうしたの……?」

 はっきり言って尋常ではなかった。比較対照がないので比べようはないが、多分激しすぎる。 が軽く叱ると、アサトはわずかに耳を下げた。


「……悔しかった。あの時、お前は気持ち良さそうだった」

「あの時……?」

 ポツリと呟かれた言葉に は眉を寄せた。――意味が分からない。
 だがアサトは再びキスを落とすと、言葉を重ねた。

「あの、香の時。……お前はアイツとキスをして、気持ち良さそうだった」

「……っ!」

 バッと の顔が染まる。……なんという事を持ち出してきたのか。
  があわあわと口を動かすと、アサトは寂しげに言った。

「お前はあれを、事故だと言った。俺との事も忘れると。……これもお前にとっては事故、なのか……?」

「……っ」

 ……そういえばそんな事も言った。だけど、あれは――


「バカね……本当に忘れられる訳、ないじゃない……。確かにあれは事故みたいなものだったけど、それだけでキスなんてしないわ。それに今は――全然違う。そうでしょ?」

 アサトの瞳を覗き込むと、 はそっと唇を吸った。アサトは数度瞬きすると、うっとりと瞳を閉じた。










「―― ……。……っ、熱い……」

 口付けを繰り返し、段々頭がぼんやりとしてきた頃。アサトはうわ言のように呟くと からわずかに身を起こし、上着を脱ぎ捨てた。
 あの日見た逞しい肉体が、惜しげもなく晒されている。だが が見惚れるよりも早くアサトは身体を倒すと、再び に覆い被さってきた。 

「……あっ……」

 ぐ、と胸の膨らみに手のひらを押し付けられる。アサトは何度かそこを揉むと の上着に手を掛けた。性急に襟を割り、胸を露出させる。現れた布を無理やり上に押し上げると白い乳房が零れた。

「ちょ…ッ!」

 とっさに隠そうと動いた の腕が、アサトに押さえ付けられる。
 上着すら脱いでいないのに胸だけが露わになっている。裸になるよりも、むしろこちらの方が――

「は、恥ずかしいんだけど……」

「? ……そうか? 俺は恥ずかしくないぞ」

 頬を赤くした が顔を背けると、アサトはけろりと答えた。……期待した自分が馬鹿だった。 はそう思った。
 アサトはしげしげと の乳房を覗き込んでくる。

の胸は、カガリより小さいな」

「…ッ!!」

 告げられた言葉に、 は強くアサトの腕を振り払うとその頭をパシリと叩いた。アサトが目を丸くする。

「……なぜ、叩く」

「怒ったからよ! ……そういう事はね、思ってても言っちゃダメなの!」

 そんな事ないわよ、と言えないのが悲しかったが、アサトの暴言にはカチンときた。 がキッと睨むと、アサトは の腕をやすやすと掴む。

「そうなのか。……でも、綺麗だ」

「え。あ……ッ」

 顔を寄せたアサトが乳房に吸い付く。先端を含まれて、 は思わぬ刺激に仰け反った。

「それに、すごく柔らかい」

「バ……ッ、ちょっと、アサト……っ」


 唾液を散らして、アサトが膨らみを舐める。だがもう片方を探られて は尾を逆立てた。アサトが思い切り乳房を掴んだのだ。

「い…ッ。アサト、強い……!」

 声を上げた に驚き、アサトが慌てて手を離す。再び触れられて はビクリと身を竦めた。

「すまない……。こう、か……?」

「違う……もう少し、優しく……」


 ゆるゆると、アサトが膨らみをまさぐる。 は「そうそう」とか「ちょっと強い」とか言った後にハッと我に返った。……何を言っているのだ。

「……どうした? 

「な、なんでもない……」

 モゴモゴと口篭もった を不思議そうに見遣り、アサトは再び顔を埋めてきた。
 膨らみを掬い上げて谷間を作り、先端に吸い付く。 はわずかに息を乱しながら、目下で揺れる黒い髪を撫でた。


「……ッ、ふ……」

 何か、モヤモヤしたものが腰に溜まってくる。アサトがなぞり、舐め上げるたびに は踵で敷布を蹴った。
 胸しか触られていないのに身体が段々熱くなってきた。痺れるような、痛みとも熱さともつかない熱を持ち始めた胸から意識を逸らすように はアサトの黒い耳を甘く噛んだ。

「……ッ」

 アサトはビクリと身体を震わせた。思い出したかのように の肌に触れると、上着を剥ぎ取る。胸の布を解くのには手間取ったため、 は仕方なく自分でそれを解いた。



……綺麗だ」

「……ッ! 言葉はもういいから……む、胸だけじゃなくて……ちゃんと、してよ……」


 暗い室内に、白い上半身が露わになった。
 顔を染めて がポツリと告げると、アサトは唸るような息を漏らして を抱き竦めた。
 ――雄を煽るのは分かっていた。分かっていて言った。……もっと、してほしかったから。


 熱い身体がピタリと重なる。浮いた背に手を差し込むと、アサトは の尾を荒々しく逆立てた。
 ゾクリと腰が震える。……興奮している。 が届く場所に舌を這わせると、アサトは の腕を取って付け根から舐め上げてきた。

「……ん、ン……。……っあ」

 まさかそんな所が感じるとは思わず が喘ぐと、アサトの舌がピタッと止まった。 も怪訝に身体を起こす。


「あ……」

  の腕を掴んだアサトが、黒く刻まれた悲哀の痣を見ていた。アサトはそこに口付けを落とすと を見上げた。

「花……消えてしまった」

「え? ……ああ」

 かつてアサトに描いてもらった大輪の花は、 に痣が現れるのと前後して消えてしまった。それは仕方のない事だったが、アサトは寂しげに眉を寄せた。

「そんな顔しないの。……これが消えたら、また描いてくれるでしょ?」

  が笑い掛けると、アサトは一瞬顔を強張らせたがやがて表情を和らげて大きく頷いた。
 しかしまた痣に視線を戻し、ポツリと呟く。 

「お前に痣が現れた時……心を通わせた証だと知って、少しだけコノエを羨ましいと思った。そんな場合じゃないのに」

「…………。アサト……」

 アサトの小さな嫉妬に、 はキュッと胸が締まった。
 アサトの左腕の痣に触れる。するとアサトは、今度は屈託なく笑った。

「だが、もうそんな風には思わない。俺にもここに痣がある。……お前とコノエは繋がっている。俺とお前も繋がっている。だから……みんな、お揃いだ」 


 アサトの笑顔に も頷くと、小さく笑みを浮かべた。










「……アサト、もう、そこは……」

 ピチャピチャと、アサトが の指をねぶる。付け根から順に下がってきた舌は、最後に指を執拗に舐めしゃぶった。
 本当は、手を見られるのはあまり好きではない。身体のどこよりも傷付いているからだ。アサトが口を離して見下ろす視線から、 はわずかに腕を引いた。


は、自分の手が嫌いか」

「嫌いじゃないけど……火傷だらけで、綺麗じゃないから……」

 パッと見にはあまり分からないが、 の腕から手にかけては火傷の跡がたくさん残っている。職業上どうしようもないものだ。
 だがアサトはその手を引き寄せると、細い指に頬擦りをした。

「でも、 が精一杯働いたからできた傷だろう。……お前の手にはお前のこれまでが詰まってる。だから俺は、この手も好きだ」

「……!」

 カプ、と先端を甘噛みされる。 はもうどうしたらいいか分からない気持ちになり、アサトを抱きしめると力を込めてその身体を引っくり返した。



「! ―― ?」

 アサトがわずかに狼狽する。 は首を伸ばして口付けると、アサトの胸に顔を伏せた。ツンと痛む鼻を小さく啜る。


 ――嬉しかった。
  のありのままを、お世辞でも偽りでもなく好きだと言ってくれるこの猫が、とても……好きだ。

 与えられたものがいくつあるだろう。肯定された事が何度あっただろう。頼り、頼られ、信じ、信じられて。純粋な瞳が向けられるたびに、ここにいてほしいと告げられているような気がした。

 必要とされたかった。子を産むためでも欲を満たすためでもなくて、ただ一言……一緒にいてほしいと言ってほしかった。それを、アサトは難なく叶えてくれた。

 自分もアサトと一緒にいたい。与えてくれた以上のものを、この猫に返したい。
 苦しみ、傷付いてきた過去を救う事はできないけれど――今ここからは溢れんばかりの想いを、この猫に伝えたかった。



「私にも……させて」

  は顔を上げると、アサトの褐色の胸をぺろりと舐めた。母猫のように優しく、けれど次第に情欲を伝えるように激しく。

……?」

 アサトが戸惑いの声を上げる。その度に口付けを繰り返すと、やがてアサトは黙って を受け入れてくれたようだった。
 小さな突起を舐めると、アサトはゴクリと唾を呑み込んだ。自分とは違う平坦な胸だったが舌で嬲られて感じたようだ。 は少し嬉しくなった。

「……ッ、 ……」

 発情期の日を思い出す。あの時は身体が熱くて熱くて、アサトの熱が欲しくてたまらなかった。今もそうには違いないが、愛撫する手に込める想いがまるで違う。
 アサトの手で自分が感じるように、アサトを自分が昂ぶらせたい。そんな乱れた想いですら、アサトを想う気持ちの一部である事に変わりはなかった。



「アサト……」

 ピチャピチャと、引き締まった腹を舐める。
 ……一つ、分かった。自分はこの滑らかな褐色の肌が、ものすごく好きらしい。
 自分とは違う硬い身体に、自分にない色彩がおさまっている。それだけで興奮した。……ちょっとおかしいかもしれない。

 時折、 の肩を押しのけたさそうにアサトの腕が動く。……でも待って。もう少しだけ、愛したい。
  は苦労してアサトの下衣を下穿きごと引きずり降ろすと、現れた屹立をそっと握った。


……!」

 アサトががばりと上体を起こす。焦りを帯びた声に顔を上げると、アサトは顔を赤く染めていた。

「アサト……して、いい…?」

「ッ!」

 深く考えもせずに呟く。息を呑んだアサトの返答を待たず、 はじっと浅黒い熱を見つめた。
 発情期の時はちらっと見ただけだったから、こんなにまじまじと見るのは初めてだ。ほとんど勃ち上がったそれは少し濡れている。この前のようにそっと擦ると、ビクリと震えて一回り大きさを増した。

「…………」

 見れば見るほど、よくこんなものが自分の中に入ったものだと思う。だがこの熱に与えられた蕩けるような快楽を思い出し、 はわずかに腰をくねらせた。

 瞳を閉じて先端に口付ける。一抹のためらいを押し殺すと、 は口を開けてアサトを呑み込んだ。



「……ッ、う……あ……っ」

 苦い汁が、舌に滲む。生々しい雄の匂いに は思わず眉を寄せたが、舌を絡めて行為に集中する事で気を紛らわせた。
 でも、どうすればいいのだろう。咥えているだけでは、きっとダメなのだろう。


「ん……ふ、ン……ッ、む……」

 舌を這わせ、熱をぴったりと包み込んでみる。そのまま緩く上下させると、アサトはこらえるような吐息を漏らした。横にあった黒い尾が敷布をパタパタと打ち付ける。

(これ……気持ちいいんだ……)

 なんとなく自信が生まれ、 は少しだけ大胆に舌を絡めた。幹を指で掴み、揺れるそれを固定する。

「つ…ッ」

 だが調子に乗って牙を小さく引っ掛けてしまった。アサトがわずかに腰を引く。 は思わず顔を上げると「ゴメン」と呟いた。顔を赤くしたアサトが首を振る。


「ん……ンン、ちゅ…ッ、う、ん……」

 アサトの熱は大きくて、全部は呑みこめない。 は深さを調節しながら、無心にそれをしゃぶった。だが何度か扱くと、突然後頭部の髪を掴まれた。

「……ッ、ぐ……!」

 アサトに掴まれ、顔を押し付けられる。喉を突いた塊に がえづくと、アサトは慌てて手を離した。
 そのまま迷うように彷徨わせていたが、結局 の頭に手が戻る。ただし、今度は金糸をそろそろと撫でるのみだった。



……、気持ち、いい……っ……」


 雄の足元に跪き、必死で熱を舐めしゃぶる。こんな日が来るとは思わなかった。
 自分が雄を受け入れる日は、自由を奪われる日だと思っていた。
 子を産むためだけに抱かれ、縛られ、囚われる。自分を抱く雄は、きっと欲望と生殖のためだけに自分を手荒く扱うだろう。そう思っていた。

 だけど今、 は自らの意思でアサトの熱を昂ぶらせている。
 感じて欲しかった。気持ちよくしてあげたかった。そんな事を思う自分に驚く。
 だがそれと同時に、こんな事を思えるような相手に出会えた事が嬉しくて、幸せで、ほんの少しだけ切なかった。



「 …… 、もう、いい……ッ」

 アサトが の背中を抱える。裸の背に爪が食い込み、わずかな爪痕を残した。
 その痛みに顔をしかめながらも、 はアサトを追い立てるように強く熱を吸い上げた。……最後まで、させてほしい。

……! う…ッ、あ――」

「!」

 アサトが強く腰を引く。その直後、膨らみきった熱が震えて白濁を噴き出した。
 ドロリと の顔に生温かい液体がかかる。強い雄の匂いが鼻腔を満たしていった。



「あ……」

 ――どう、すればいいのだろう。初めての現象を目の当たりにして呆然とした は、顔を拭う事も忘れてぼんやりとアサトを見上げた。

「……ッ、〜〜ッ、 ……!」

 アサトが低く唸る。手近にあった布――というかそれはもしかしなくともまた枕カバーなのだが――を掴むと、 の顔を乱暴に拭う。
 視界を埋め尽くされてようやく目を開けると、 は手荒く押し倒された。寝台の角に頭をぶつける。

「痛っ!」

「! あ……すまない…っ」

「ううん、大丈夫……」


 ハッと目を見開いたアサトに は笑い掛けた。本当は結構痛かったけれど。
 アサトは獰猛な気配をわずかに和らげ、 を覗き込んだ。青い熱を見上げた が頷くと、性急に の下衣を引きずり下ろす。
 そして現れた下穿きにも、アサトは躊躇なく手を掛けた。――しかし。


「……あッ」

「――あ。……破れた」


 ビリ、とわずかな音を立てて の腰が解放された。だが今の音はなんだ。
  が目を剥くと、アサトはたった今まで下穿きであったはずの布を目の前にぶら下げた。

「…ッ! 今のは破ったって言うのよ!!」

 カッと頬を染めた が布を奪い取る。わずかに濡れたそれを隠すように放り投げると、 は眉を下げてぼやいた。

「あああ……枚数少ないのになんてコトを……」

「すまない、 。明日、俺が繕うから――」

「いや、それだけは勘弁して……」

 叱られた子供のように耳を下げたアサトが、申し訳なさそうに告げる。それを は激しく頭を振って辞退した。
 なおもしゅんとするアサトを見て、 は表情を和らげた。

「……いいよ、怒ってないから。それより――続けて?」

 ちゅ、と軽く口付けるとアサトは再び喉の奥で唸った。 に覆い被さり、膝を開く。
 大きな手が性急にその付け根に触れると は思わず目を瞑った。


「……ん!」

……すごく、濡れてる……。気持ちいいのか?」

「……ッ。うん……」

 
 息を詰めた だったが、結局アサトの言葉を肯定するように呟いた。
 正直に告げるのはすごく恥ずかしい。だけどアサトの素直さに引きずられているのだろうか。ありのままにアサトにも伝えたいと思ってしまった。

 ツ、とアサトが太腿を指先で撫でる。そこを慈しむように、アサトは静かに口を開いた。

「傷……消えたな。良かった」

「え――、ああ……。残っても構わないのに」

 そこは、あの初めて賛牙として闘った日にキルに斬り付けられた場所だった。
 いつの間にか、傷は癒えていた。だけどアサトは、もしかしたらずっと気にしていたのだろうか。
  が額を押し付けると、アサトはようやく安堵したように息を吐いた。

 指を伸ばし、アサトが潤みを何度もなぞる。細かく刺激を与えられると耳と尾がビクビクと震えた。
 身体が熱くてたまらない。鼻から抜けるような喘ぎを漏らした を見て、アサトは震える息を吐き出した。


 足が大きく開かれる。恥ずかしい姿勢に は顔を逸らしたくなったが、こらえるとアサトを見上げた。情欲の滲む青い瞳の下で、舌なめずりするように喉が大きく動く。

……、欲しい……っ」

 掠れた声に震えた が瞳を伏せると、再び首をもたげた熱い塊が の中へと押し込まれた。





「――ッん、あ……」

「……ッ、う……」


 熱くて大きなモノが、 を貫いていく。一気に腰を進められ、すべてが埋まると は吐息を漏らした。
 押し広げられた内腿が突っ張る。わずかに緩めて脚をアサトの背に絡めると、よリ深く近くに密着するような気がした。


「ん……んッ、あ……っ」

 熱が馴染むのも待たず、アサトが動き始める。もうジクジクと疼き始めていた中を擦られて、 は待ち望んだ刺激に喉を仰け反らせた。
 アサトがざらりとそこを舐める。急所を晒しても、もう怯える気持ちはなかった。


……、 …っ!」

「あ……うン、あっ、アッ……! ん……ッ」

 性急に、まるでそれ以外の言葉を忘れてしまったかのように、アサトが名を呼びながら を穿つ。それは次第に激しさを増していった。
 全身で求められている。ぶつけられるように伝えられるアサトの声なき声に、 は両手両足でアサトにしがみ付いて応えた。

 汗で手が滑る。それでも離れないように力を込めると、爪が押し出されて滑らかな皮膚を傷付けた。
 悪いと思うが止められない。だって、アサトも を力いっぱい抱き締めているから。



「あ、あ、ンッ……。――痛ッ!?」

 だが突然 は顔を歪めて叫んだ。アサトが、 の肩口に噛み付いたのだ。
 パッと見ると、小さな二つの傷からわずかに血が滲んでいる。なおも口を開けたアサトから庇うように肩を覆うと、その手すら絡め取られて握られた。

「アサト……私は、食べ物じゃないわよ……」

 指を絡めると はちろりとアサトを睨み付けた。
 ……言えるはずがなかった。ちょっとだけ、気持ち良かったなんて。
 
「知っている。……でも、俺は を食べたい」

「え!? ……ッ、ちょっと、アサト……っ」


 パクリと耳を食まれる。甘噛みされて は尾を逆立てた。
 噛まれながら、揺さぶられる。甘い声を上げながら はどこかでアサトの言葉に納得していた。
 ……食べたい。それは食欲を満たすためではない。満たされるのはきっと……心だ。

(残さずに、食べてね……)


  が心で呟くと、それが通じたかのようにアサトは追い上げを強めてきた。



「あ……、 ……」

「はぁ……っ、あ……。ふ、ア……っ」

…! ――もっと、見たい……っ」

「!? アサ――っあ、や……っ!!」










 達する寸前、アサトは を抱き起こした。強い力で引くと、膝の上に が座り込む。
 重力に従って落ちてきた身体にこれ以上ないという所まで熱が埋まり、弾力のある最奥に先端が当たったのを感じた。


「あ…っ、アサト……!」

 支えを失った が背中に縋り付く。同じ高さになった瞳を覗き込むと、 はきつく瞳を閉じた後に薄く目を開いた。
 ふちが紅く染まっている。……綺麗だ。


「あのね……! いきなり、こんな――」

「……駄目、だったか?」

「…ッ」

 睨み付けてきた に向かって首を傾げると、 は息を詰めた。眉を寄せているが、頬が赤い。

 ……本当は知っている。怒っているように見えても、実は照れているだけなんだと。
 だけどいつもは大人びた綺麗な顔が、こうやって睨む時には子供みたいに可愛く見えるから、何度も見たくて を怒らせてしまう。


「……ダメ、じゃ、ない――」

  は拗ねるように呟くと、瞳を伏せて吐息を漏らした。




「アサト……、っあ、んん……ア……!」

 腰を掴み、下から突き上げる。 はアサトの首に手を添えると黒い髪をかき乱してきた。
 目の前のピンと張り詰めた膨らみを吸う。 はすすり泣くような喘ぎを漏らした。


 この声が、好きだ。少し低めの甘い声。今は掠れて濡れている。
 この髪が、好きだ。キラキラとした光を振りまく。初めて会った時、とても綺麗だと思った。
 この耳が、好きだ。内側の薄い皮膚がほのかに色付いて、細かく震えるのが可愛い。
 この目が、好きだ。澄んだ緑は穏やかな森のようで、でも見つめられると胸が高鳴った。


「ア……サト、アサト……、あ、あッ……!!」

……!」


  が震える。きつく頭を抱えられると、奥がギュッと締まった。それに引きずられるように熱を吐き出すと、 は耳元で名前を囁いてくれた。










 熱を分け合い、崩れ落ちる。 が力を抜くと、アサトも体重を掛けて覆い被さってきた。
 湿った敷布に背が沈む。アサトは熱を引き抜くと の上に横たわった。

「……っ、アサト……」

 全体重を掛けられた訳ではないが、それなりに重い。しかもお互い様ではあるが、鋭い爪に引っ掻かれた背中が疼く。
 だけど、押し退けようとは思わなかった。



 呼吸が整うまで、無言で抱き合う。黒い髪は汗と花の匂いがした。互いの細い尾を緩く絡めては解くと、尾でもキスをしているかのようなくすぐったい感じがした。
 アサトは の胸に顔をうずめるとゴロゴロと喉を鳴らしてきた。……思いっきり甘えている。

(参ったなぁ……)

 アサトの硬い髪を撫で、 は思った。甘えられて、照れるよりも先に嬉しいと思ってしまうあたり相当溺れている。
 ……もうどうしようもない。思ってもみなかった自分を暴かれた気分だ。

 だけどまあいいか……と再びアサトの耳に触れた は、次にアサトが呟いた言葉に手を止めた。


……俺と今日、こうした事を……忘れないでくれ。覚えていてくれ」

「え……」

 まだ荒い息を抑えながら、アサトが切れ切れに言う。思い掛けない言葉に は目を見開いた。
 ――忘れる訳ないでしょ。そう笑い飛ばそうと思った。けれどアサトの言葉には祈るような切ない響きが込められていて、笑う事はできなかった。

  はアサトの頭を抱き締めると、静かに告げた。


「忘れないよ。……一生、覚えてる」

「そうか……。お前が覚えていてくれたのなら、俺は嬉しい」

 アサトはかすかに笑うと、 を抱き締めて囁いた。


「…… 。俺は…… が、好きだ」

「……っ。……知ってるよ……」


 そっと唇を重ねたのを最後に、二匹は穏やかな眠りに落ちていった。


 







 ――どうして、出会えたのだろう。

 あの日コノエが連れ出してくれなければ、俺は一生吉良の中にいた。
 コノエと出会うことも、 と出会うこともなく、朽ち果てて消えていったのだろう。

 手を取ってくれた。怒ってくれた。微笑んでくれた。……受け入れてくれた。
 お前は俺に、沢山の「初めて」を教えてくれた。


 たとえこの先に待つ未来が哀しみに満ちたものだとしても―― お前と出会えた幸福を、俺は絶対に忘れない。

 
 








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