10、腕 -かいな-




 バルドにしがみ付いてどれだけ経ったのだろうか。いい加減涙も尽きて が顔を上げようとすると、突然横抱きにされて身体が傾いた。バルドに抱えられ、二匹とも寝台に倒れ込む。


「わ…ッ。ちょっと……!」

「…………」

「バルド……?」

「……悪い。前にもう触れないみたいなコト言ったが、無理だ。……勃った」

「はぁ!?」


 上手い具合にあしらわれたおかげで、痛みは全くなかった。壁に背を預けたバルドにもたれ掛かる形になった は、その言葉に目を剥いて振り返った。

「た、たたた立つって何が!?」

「そりゃあ勿論、アレが。……ああ、くそっ。こんなつもりじゃなかったんだが」

「……!」

  を後ろ抱きにしたバルドが、わずかに腕の拘束を強めて の頭に顎を乗せた。その声はわずかに上擦っている。そして臀部に何かが当たっている……ような気がする。
 密着した背中に は顔を染めた。

「悪い。嫌だったら殴ってでも逃げてくれ。……結構マズい事になりそうだ」

「……っ」

 ――矛盾してる。そう言うなら腕を放してくれと は思ったが、何故だか声に出す事はできなかった。どう答える事もできずに沈黙すると、バクバクと心音が上がっていった。
 重なったバルドにバレたら恥ずかしい。 はとっさに振り向くと、混乱する頭で問い掛けた。


「な、なんでそういう事になっちゃってるの……?」

「いや、それはまあ雄のサガっつーか、仕方ないだろ。こんだけ密着してれば誰だって――」

「誰だって!? ……サ、サイテー! 誰にでもこんな反応するんだ!!」

 珍しく余裕を欠いたバルドの返答に、 は目を丸くすると叫んだ。その言葉はまるでその『誰か』に嫉妬してバルドを詰るような響きを帯びていたが、頭に血の上った は気付かなかった。
 身体を起こそうとする を、バルドが慌てて引き止める。

「違ぇよ! なんでそうなるんだ。……惚れた猫が密着して自分に縋りついてりゃ、健常な雄なら誰だってそうなるっつー話だろうが!」

「ッ!?」

 再び押さえ込まれて告げられた言葉に、 は一瞬頭が飛んだ。……何か、ありえない事を聞いた気がする。


「惚れ、てる……?」

「そうだよ。気付かなかったか? ……ああ、こんな事言うガラじゃないんだが……情けないくらい骨抜きだ。いい歳してな。……もう降参するしかねえよ」

「…………」

 バルドが、自分を……?  は目を見開くと、短く呼吸を繰り返した。
 そんな事を言われるとは全く思わなかった。嬉しいとか感動したとかいう感情よりも先に、 はただひたすらに驚いた。


「な、なんで……?」

「なんでって言われてもな……理由が言えるモンでもないが、なんか色々と新鮮でな。最初は若いっていいなーくらいに思ってたんだが、まあ殴られるわ怒鳴られるわでちょっと新しい道が開けた気がしたんだよ。……ってこれじゃ俺、危ない趣味に目覚めたみたいに聞こえるな」

「確実に聞こえるわね。私にはそういう趣味はないわよ」

 動揺も忘れて がジトりと睨むと、バルドは苦笑を浮かべた。

「俺もどっちかっつーと、逆の方が好きだけどな。……ま、それは置いといて、あんたやコノエに色々言われて俺もまだ……生きてんだなって思ったんだ。どうせ死ぬっつって諦めてるよりも、失敗してもやりたい事やっといた方がいいなって、あんたらに会って思うようになったんだよ」

「…………」


 語られる言葉は、変わり始めたバルドのもの。心境の変化を感じ取り、 は胸が熱くなった。
 ようやく、届いたのか。だが次の言葉に はカッと頬を染めた。

「そんでまあ自然とこう、な。……抱きたくなった」

「……っ」

 ぎゅ、と腹の前で握った手をバルドが強める。衣服越しに腹をさすると、バルドは伺いを立てるように を覗き込んできた。

「で、あんたはどうだ? 晴れて俺とあんたは両思いになった訳だが………嫌か?」

「――っ」


 ……嫌じゃない。なんて、言える訳がない。
 こんな体勢のまま逃げなかった時点で、バルドを受け入れる気持ちが自分の中にある事は明らかだった。バルドだってきっと……いや、間違いなく気付いているはずだ。それなのにわざわざ に言わせようとする。

 誰が思い通りになるか、と は思った。振り返ると、肩越しにぶつけるようなキスを仕掛ける。牙と牙が当たりバルドが目を見開いた。


「……遊び猫」

「……そりゃ間違ってる。元・遊び猫だ。もうそんなに若くない」

「偉そうに言うな。……馬鹿猫」

「それは合ってるな。……はは、なんだかアイツみたいだな」

「……エロ猫」

「それも間違いないな。――こんな風に、な」












 服の上から、身体を撫で回される。肩越しに深い口付けを繰り返しながら、 は気に掛かっていた事を問い掛けた。


「ねえ…なんで、服変えたの……? ン……剣も、前はなかったわよね……」

「ああ、ちょっとした心境の変化でな。昔、剣士をやってた頃の服が着たくなって引っ張り出した。……どうだ?」

 首筋に舌を落としながら、バルドが囁く。くすぐったさに身をよじった は、バルドの腕にわずかに爪を立てた。

「ふ…っ…、体型が変わらないのはスゴいけど……微妙に似合わない…。いつもの方が好き……」

「おいおい、ひっでーな。……ああ、なるほど。あんたは露出が多い方が好みなんだな。そりゃ悪かった」

「そんなこと言ってな……、ンッ!」


 語尾が跳ねる。バルドが耳の中に舌を突っ込んだせいだ。ピチャピチャと水が弾ける音がして、 は身体を震わせた。
 体温を馴染ませるように身体をなぞっていたバルドの手が、上着の止め紐に掛けられる。シュッと解かれて背をわずかに倒されると、 の腕から服が取り払われた。

 バルドが上着を脱ぐ気配がする。再び引き寄せられて倒れ込むと、少しだけ高い体温を背中じゅうに感じた。再びじっくりと の肌に手を添わせたバルドは、かすかに濡れた声で問い掛けた。



「こないだもちょっと思ったんだが……あんた、もしかして初めてか」

「……っ」

 低い問い掛けに、 は思わず息を詰めてしまった。別に恥ずかしがる事でもないのだが、肯定するのはなんだか癪に障る。

「だったら、どうだって言うのよ……」

 知らず低い声色になった に、バルドはかすかに笑ったようだった。胸に巻いた布の端を弄び、軽く引っ張る。中途半端に胸が露わになり、そこから指が差し込まれた。


「ん…っ――」

「いや、俺も初めてだって思ってな」

「――は? ……あからさまな嘘つかれても、虚しいんだけど」

 吐息を漏らした はバルドの発言に振り返った。その隙に布が取り払われて乳房を手で覆われたが、後の祭りだ。露わになった瑞々しい姿態が雄の欲を煽るとも気付かず、憮然と口を開いた にバルドが相好を崩す。


「嘘じゃねぇよ。初めての雌とするのは、初めてだ。……全然こだわってたつもりはないんだが、あんたの初めてだと思うと案外嬉しいモンだな」

「バッ……! 〜〜ッ! オヤジ!!」

 抜け抜けと言い放ったバルドに はカッと顔を染めると、勢いよく前を向いた。










「は……ッ、は……」

「……ふ……、いい大きさだ……」

「黙りなさいよ……。ン……ッ!」


 熱い手にまさぐられ、少しずつ体温が上がっていく。掬い上げるように膨らみを持ち上げると、バルドは のうなじに口付けを落とした。長い指の間で白い乳房が自在に形を変える。少し強めに先端を摘ままれると、 はビクリと背筋を伸ばした。


「それにしても、よ……」

「……?」

「よく経験もなくて、あんな事ができたと思ってな」

「あんな事……?」

「そ。あの悪魔と俺に、襲われそうになっただろ。でもあんたは受け入れようとしてた。……度胸あるな」

「……っ」

 バルドの言葉に、 は身を強張らせた。あれはそんな意味でしたわけじゃない。目的があったからで――

「……分かってるよ。俺の事を考えてくれたんだろ。……でももう、やめてくれよな」

  の心情を引き継ぎ、バルドが静かに呟く。肩に落ちた口付けを追って は振り返ると、舌と舌を重ね合わせた。






「ん…っ、ん……。ふ……」

「……っ、ふ……。あんた、ホントにキスが上手いよ。……妬けるな」


 チロチロと、唇は触れずに舌を重ね合う。細く尖らせて絡めると、再び自然に距離は縮まっていた。
 金糸を掻き乱し、バルドが手のひらを滑らせる。腰紐を解くとゆっくりと指がそこに侵入し始めた。


「……ッ……、あ――」

「……分かるだろ? もう大分濡れてきてる」

「言うなって……、……ッ!」

 指が、 の熱を暴いていく。差し込むように花弁を乱すと中指が亀裂をなぞった。
 そうする合間にも、残った片手が器用に の下衣を剥いていく。生々しく肌を露わにされていく光景から は気を散らすように口を開いた。


「な……んで、あの時、最後までしなかったの……?」

「……? 発情期の事か?」

 自分で言ったものの気恥ずかしい質問に、 は頷きだけで答えた。

 ……不思議だった。どうしてあの時、バルドは交わる事を選ばなかったのだろうと。
  が直前でゴネたからというのがもっともな理由だろうが、バルドはリスクのないやり方を知っているはずなのだ。そしておそらく、その方が簡単にコトを終わらせられたという事も。

 バルドは愛撫を緩めると を覗き込んだ。朱に染まったその顔は瞳が潤んで、喰らい尽きたいほど欲情を煽る。ごくりと唾を呑み込んで口腔の渇きを癒すと、バルドはゆっくりと口を開いた。


「あんたが嫌がったのもあるが、初めてかもしれんって思ったからな」

「え……?」

 予想外の言葉に は目を瞬いた。バルドは一つキスを落とすと、 の下衣を脚から抜き払った。

「あんたは大した事ないって言うかもしれんが、初めてのセックスの相手ってな……結構記憶に残るんだよ。それが発情期に無理やりで、しかも相手がこんなショボくれたオヤジじゃあ……さすがに寂しいだろ。だから、やめた」

「そ――」

 そんな事ない、と口にしようとして は口をつぐんだ。それはつまり、 の心情を慮ってくれたという事だ。あの切羽詰った時にそんな事を考えていたとは知らず、 はわずかに胸が苦しくなった。
 だがバルドはその間に の下穿きを難なく取り去ると、腰に手を掛けた。我に返ってそこを隠そうとする手をかいくぐり、バルドは の腰を抱え上げた。




「でも――今日はやめんぞ」

「――ッ! ちょ…っ、やだ……!!」


 グイ、と引き上げられて降ろされた先は、バルドの身体の上だ。身体をずらしたバルドの上に、逆さまで四つ這いになっている。卑猥なその姿勢に は顔を真っ赤に染めた。

「はは……やらしー眺め」

「…ッ! バカバカバカ!! 最ッ低!!」

 バルドにすべて見られている。しかもものすごい角度で。
  はもがくとその腕から逃れようとした。ついでにバルドの顔目掛けて、尾を滅茶苦茶に振り払う。バシバシと肌に当たる感触がしたが、押さえ込まれた は尾の先端を捕らえられた。

「……元気なシッポだ」

「! やめ――」

 先端を舐められて、全身の毛が逆立つ。顔を伏せた は歯を食い縛った。
 ザリザリと毛を繕いながら、バルドの舌が尾の付け根に向かう。柔らかな根元の毛をしごかれると、背筋に甘さが駆け上がっていった。


「……っふ、ア……っ。や……」

「嫌じゃないだろう。気持ちいいはずだ」

 大きな手が臀部を掴む。親指で割り広げられ、そこが空気に触れたと思った瞬間 の潤みはバルドの舌に覆われた。


「っン、ア……! ――な、なんで舐めるの!? やだっ!」

 喘いだ直後、 が身体をひねって抗議するとバルドはわずかに首を傾けた。こうするのが当然と言ってるような顔だ。……ムカつく。

「どうやったって最初はツラいんだ。だったら濡らしておいた方がまだマシだろ」

「濡らすって……、は、うン……ッ」


 舌が探るように表面を蠢く。雫を伝わせ、舐め取られる。わざと音を立てるように啜られて、上がった水音が を耳から犯していった。――しかし。


「くすぐっ、たい……。ヒゲ…!」

「ヒゲ? ……ああ、これがイイのか。前も羽で感じてたもんなぁ」

「バカッ! はっ……、や……ン、んんッ」

 わずかに触れるものが与える大きな感覚に は耳を震わせた。指が敷布を握り締める。腕がブルブルと震えて肘が折れた。
 重ねた手の上にたまらず額を押し付けると、バルドは の芽を探り当てて強く吸った。

「んあ……ッ!!」


 ――軽く達した。崩れそうになる膝を叱咤して姿勢を保持すると、 は唇を噛んだ。
 ……ずるい。発情期でもないのに、どうしてこんなに簡単に煽られるの。

 さっきはマズいとか言っていたくせに、バルドは自分に比べればまだ余裕満々に見える。経験の差はどうしようもないが、なおも内腿やらそこかしこに触れてくるバルドにも一泡噴かせてやりたいと は思った。


 ……そうだ。 はふと思いつくと、目前のバルドの下衣に手を掛けた。わずかに膨らんだそこを引き出せば、バルドも焦るだろうか。

「……お。なんだよ舐めてくれんのか?」

「…………」

 この野郎、と は思った。なんとなくムッとして乱暴に下穿きを剥ぐ。だが恐る恐るそれを引き出すと、 の目は半ば勃ち上がったバルドの熱に釘付けになった。

 ……生々しい。というかデカい。初めて見る雄のそれに は身体を強張らせた。


「よく見ておけよ。これからそれが入るんだからな。……ここに」

「! う……ッ」

 色情めいた呟きを吐いて、バルドが指を一本 の中に潜り込ませた。軽く掻き回されて、なんとも言えない異物感を感じる。手を添えていた幹を思わず握ってしまうとバルドはかすかな呻き声を上げた。

「おい。さすがにそれはキツい……」

「……ッ」

 ――これだ、と思った。この反応が見たかったのだ。……もっと、もっと。
  は迷いを捨てると、その切っ先に唇を押し付けた。


「! ……あんた……」

 ムッとする雄の匂いが鼻を掠める。気にする余裕もなく口を開くと、 は滑らかな先端を呑み込んだ。けれど、この後どうすればいいのか分からない。迷うようにチロチロを舌を這わせると、バルドは低く呻いた。


「悪い雌だな……。どこで覚えたんだか……っ。――ああ、そうだ。牙は立てるなよ。ゆっくり……そう、しゃぶって……」

「……ふ、ちゅ…ッ、ん……ン……」

 導かれるように は舌を動かし始めた。最初はバルドの言う通りに、徐々に自分の思うがままに。
 初めはぎこちなかった動きが段々と大胆になっていく。水音が大きく上がっても、もう気にする心はなくなっていた。

「……く……っ」

 バルドが呻く。時折 の胸の下の腹筋に力が入り、バルドも感じているのだと伝わってきた。……嬉しい。
 幹を掴み、顎を上下させる。唾液が絡みついて指を濡らすと、すすり上げるように は先端を吸った。先ほどの意趣返しだ。


「……ッこの、馬鹿娘――!」

「ふむ…ッ!?」

 バルドは苦しげに息を詰めると、 の中に入れた指の出し入れを深くした。中を掻き乱される。
 指がもう一本追加されたが、それは入り口で引っ掛かって止まってしまった。少しだけ痛い。

 牙を当てないように大きく口を開いていると、段々顎が疲れてきた。……それだけじゃない。多分、いや確実にバルドの熱が大きくなってきている。
  は唇を離すと、うっすらとした恐怖をもってそれを覗き込んだ。意図せず呟きが漏れる。


「……これ、ホントに入るの……?」

「入るさ。そういう風にできてるんだから、な……っと」

「わ!」


 腰を掴まれて、 はくるりと表に返された。バルドは手早く下衣を脱ぎ捨てると を組み敷いた。見上げた琥珀は――ああ、どうして余裕があるなんて言えたのだろう。かすかな笑みの奥に、まぎれもなく凶暴な熱が宿っているのに。

 膝を大きく割り、バルドが腰を押し付ける。 の瞳にわずかな怯えが走ったのを見て取り、バルドは相好を崩した。


「ちゃんと良くしてやるが、発情期じゃないからな。痛かったら痛いって言えよ。爪を立ててもいい。でも、悪いがやめる事はできない。それだけは言っとく」

 言い含めるように告げられた言葉に、 は緊張の面持ちで黙って頷いた。そんな様子を見てバルドが の頭を撫でる。よしよし、と言われているようだ。


「……また、子供扱い」

「あ?」

 ボソリと告げた の言葉にバルドは目を見開いた。別に嫌だと言ったのではない。ほんの照れ隠しだ。だがバルドは眉を寄せると「誰を」と聞いてきた。 は呆れて「私を」と答えた。


「あのな……こんな事、子供とする訳がないだろう。思った事もない」

「嘘。だっていつもいつも――、んッ」

「……出会った時ならまだしも、まぎれもなく今のあんたは雌だよ。いつだって……雌だと思っていたさ」


 掠れた声で告げられた言葉に が目を見開くと、バルドはゆっくりと腰を押し進めた。









「……いッ、あ…っ!!」

 腰を抱えられて捻じ込まれた瞬間、 は身を竦ませた。――痛い。
 ギリギリと、熱が無理やり押し込められる。直前までは確かに感じていたはずなのに、蕩けた身体は一気に冷水を浴びせられたかのように強張った。


「痛……。うっ、い……っ」

  の苦痛を見て取り、バルドが動きを止める。わずかに滲んだ涙を舐め取ると、バルドは に口付けた。

「も……入っ、た……?」

「いや……まだ先っぽだけだ。悪いな」

 眉を寄せたバルドが苦しげな息をつく。……無理をさせている。 は努力して身体の力を抜くと、強くバルドの背に縋った。そっと肌を撫でて続きを促す。
 バルドがさらに腰を進める。身体がこじ開けられる感覚に は歯を食い縛るとその衝撃に耐えた。


「……う、あ、ア……!! う〜……」

「……全部、入ったぞ。……よく頑張ったな」

  
 やがてブツリという感覚と共に、一気に熱が押し込まれた。最奥まで腰を進め、バルドが動きを止める。
 内腿が強張り、中がバルドをきつく締め付ける。 はたまらず顔を背けるとボロボロと涙を零した。

「イ……たぁ……。……うっ…いた、痛い……ッ」

 苦痛を漏らした の頬を、バルドがそっと手で包み込む。強張る唇から悲鳴を吸い取ると、バルドは を覗き込んだ。 

「……痛いよな。すまんな……」

 哀切を帯びた響きに が思わず視線を上げる。そこに浮かんだ表情を見て、 は涙も忘れて目を見開いた。

「な…んで、アンタも痛そうな顔してんのよ……」

「……実際キツいんだよ、俺もな。……でも、もう少しだけ頑張ってくれ。あとちょっとの辛抱だ」

「え……っ――ひッ。やッ、まだダメ……!」


 今の優しい仕草はなんだったのか。バルドは腰を掴んで浅く熱を引くと、ゆっくりと を揺さぶり始めた。傷付いた内壁が引き摺られる。鋭い痛みに は思わず爪を立てた。

「バルド! 痛い…ッ! や、……いッ、やぁ……っ!」

「我慢してくれ。……すぐ、良くなる」

「や……っ、う…ッ――」



 ゆっくりと、だが確実に中をえぐっていく熱に は唇を噛んで耐えた。苦痛の声がその合間から漏れる。だがしばらくすると、その声には濡れたような響きが混じり始めた。


「……うッ、ふ……、は――ッア、ん……」

 ……揺さぶられる。細かく刺激を与えられて、不可解な感覚が徐々に痛みを浸食していく。苦痛の減ってきた の様子にバルドは動きを止めて顔を覗き込んだ。


「……どうだ? 痛くなくなってきたか」

「うん……。まだ少し痛いけど、平気……」

 呟いた にバルドはニッと笑うと、おもむろに の手を取った。そのまま下方に引っ張られて何をするのかと思いきや――

「……触ってみろよ。繋がってるとこ」

「!」

 ロクでもない事を言われた。 はぱっと手を引いたが、ふと思い直して結局元通りに戻した。
 
少しだけなら、触ってみたいと思ったのだ。

 普段ならば絶対そんな事は思わないが、浮かされているのかもしれない。明らかに尋常でない思考状態は深く追求しない事にして、 はそろそろと指をまさぐらせた。


「……っ」

 濡れている。熱く柔らかい肉は自分のものだ。そこが咥え込んでいるのは硬くてやはり熱い――バルドだ。
 埋まっている。くるりと指でたどると、どれだけいっぱいに開かされているのかがありありと感じられた。

  が吐息を漏らして顔を上げると、ヤニ下がったバルドの顔が飛び込んできた。

「……興奮したか?」

「! ――バカ!」

「!! 痛ってぇ!」

  は頬を染めると、指に力を込めてバルドの根元を締め付けた。バルドが叫ぶ。
 舌打ちしたバルドは の脚を抱え直すと、深く熱を突き入れてきた。


「余裕あるみたいだから、もう手加減しないからな」

「えッ!? あ、ちょ……っ、ン……!」

 呟かれた直後、途端に激しくなった抽送に内壁を強く擦られて は仰け反った。痛みよりも、甘く重い何かが腰を駆け抜けた。前壁の一点を擦られるとその感覚はより鮮明になっていった。


「ア、ん……ッ、あっ!」

 濡れた甘い喘ぎが漏れた。耳を揺らした自分の声に は目を見開くと、とっさに腕で口を覆った。視線を感じると、バルドが顔を見下ろしている。
 ――見られている。すべてを晒してしまった羞恥に は顔を背けた。


「……聞かせろよ。前はイヤイヤしか聞けなくて寂しかったんだぜ? ……あんたの声、色っぽくて腰にクるんだよ」

「バッ……! や、だ……」

 腕を取り、塞ぐもののなくなった口にバルドが口付ける。舌を絡ませると、 の手を押さえつけてバルドは強く腰を振った。

「顔もな。嫌がってるフリして感じてんのがバレバレで、いじめたくなる」

「ア……っ! 最、低っ! エロ猫! ふっ……あ、ア……んんッ」

「なんとでも。そんな奴に抱かれて感じてるのはドコの誰だか」


 薄く笑ったバルドが追い上げる。速いペースで突かれて は首を振って悶えた。
 呼吸が上擦る。ひっきりなしに嬌声が零れる。だが最後の高みに上り詰める直前で、バルドは突然動きを止めた。そしてずるりと熱を引き抜いた。







「……? え……」

「小休止だ。……そんな若くないからな、長く持たせたい。背中も痛ぇし」

「は……?」


 目を瞬かせた を引き上げ、バルドは壁にもたれ掛かった。腰を掴むと抵抗のない身体をくるりと後ろに向かせる。先ほどと同じ体勢だ。細い背をわずかに倒し、腰を浮かせると己の熱をそこに宛がった。

「それにこっちの方が、快感が持続するからな。……よっと」

「ア……!」

  の腰を引き戻すと、バルドの熱はズブズブと呑み込まれていった。

「あ……、ア……ッ!」

「……っ、おい」

 抱え込んだ の背が強くしなる。ほっそりとした脚がピンと張り詰め、バルドの熱が締め付けられた。数秒間小刻みに震え、 がぐったりと弛緩する。


「……なんだよ、入れただけでイったのか」

「……ッ、は……」

 背中を丸めた が大きく吐息をつく。……うっすらと浮き出た肩甲骨と背骨が劣情を誘う。その下に刻まれた快楽の紋さえも、背徳的な彩りを白い背に添えるだけだった。
 まるで童貞猫のように余裕がない。首の突起をざらりと舐めると、 はゆっくりと振り返った。


 焦点の合わない、ぼやけた瞳。こんな顔もするのかとバルドは思った。花が開くように雌猫は刻々とその表情を変えていく。
 凛とした常の顔と、雄に身を委ねる雌としての顔。その二面性は卑怯だと思った。
 どうしようもなく雄を揺さぶる猫。だがそれを垣間見れた事に、わずかな優越感を抱く。

 アイツもきっと、知らなかったはずだ。ふとそんな事を思う。でも悪いが、この猫だけは譲れない。


 譲れないものなど、どこにもなかった。ただ虚無を抱えて死を待つだけと思っていたのに、それを揺さぶり起こしたのは腕の中の雌猫と過去の過ちで傷付けた雄猫だった。
 歳若い二匹に教えられ、叱咤され、ようよう立ち上がる。
 どこまでも情けないオヤジは今日ここで死を迎え――ようやく生き返る。


 唇を寄せると、 が従順に喉を仰のける。音を立てて吸い上げると濡れた瞳が伏せられた。
 ああ、本当に……たまらない。

 腿を押し広げ、律動を始める。この角度なら にも見えているはずだ。自分たちの交わりが。
 どんな顔をして行為を受け止めているかが気になったが、それはまたの機会でいい。そこまでいじめると本当に怒り出しそうだ。


「イイ所が、沢山ありそうだな。……時間を掛けて探そうな」

「知らな…ッ、ふ、あっ、アン…っ! バルド……あ、バルド……っ」

 寝台に手をついた が喘ぐ。緩んだ中を突き上げると、そこは再び締め付けを強めてきた。
 後悔の多い半生だが、経験ばかりは無駄に多かった事をバルドは今初めて感謝した。思うがままに、この猫に極上の快楽を与えてやれる。

 そう大きくはないが形の良い乳房を揉み込むと、固く尖った先端が雌の昂ぶりを伝える。追い詰めるように穿つと、掠れた声はただ自分の名だけを呼んだ。


「バルド……っふ、あ、あ……ッ!!」

「……ッ、く、うお……っ……」


  が達する。怒張が絞られる。強張る身体を抱え込むと、バルドは押さえきれぬ呻きを漏らして熱を解放した。

  が弛緩する。だらしなく投げ出された足の間に、白濁とわずかな鮮血が混じり合ってトロリと伝うのが見えた。
 崩れる身体を抱え直すと、バルドは腕の中の愛しい塊を思うさま抱きしめた。









「……っう、ん……」

 バルドが身体を引くと、 の中から力を失った熱が抜け落ちた。ドロ、という感触がして何かが溢れ出す。 が思わず振り返ると、バルドは手早く布でそこを拭っていった。


「お疲れさん。……良かっただろ?」

「……アンタね……」

 くるっと裏返されて、バルドに正面から緩く抱き締められる。恥ずかしすぎる問い掛けに は激昂しそうになったが、せっかく落ち着き始めた呼吸を再び乱すのも癪で裸の胸に頭突きするのみでこらえた。

 バルドの寝台は成猫二匹が横たわるにはだいぶ狭かったが、それでも はすぐに自室に戻ろうとは思わなかった。雄猫の匂いのする寝台で、ゆったりと身体を休める。


「まさかこんな事になるとは、出会った頃は思いもしなかったなぁ……」

 ぼんやりとバルドが呟く。 はわずかに顔を上げると、小さく笑った。

「そうね。……あ、ヤな事思い出した。アンタ確か初めて会った時、私のこと雄と勘違いしたでしょ」

「げ、覚えてたのか。……仕方ねぇだろ、あの時はまだこんな身体じゃなかったしよ」

「! ちょっと……っ」

 すり、とあらぬ所をバルドが撫でる。 が小さく睨み付けるとバルドはのんびりと笑った。

「親父さんが生きてたら半殺しだったろうな、俺。……子供みたいな歳の猫に手ェ出して」

「……間違いないわね」

 二匹は顔を見合わせると、クスリと笑った。








 静かな時間。何も言わずに髪を撫でられ、 はうとうとと舟をこぎ始めた。腕を取られて口付けられる。その手首にはめられた金属にもキスを落とし、バルドは を覗き込んだ。


「これ、ずっと着けててくれたよな。気に入ったのか?」

「うん……。だって、アンタが選んだ物だし……」

「そうか。でも結構嬉しかったぜ? ……主張されてるみたいでな」

「……?」

 意味が分からない。けれど、深く考えるよりも今はもう眠ってしまいたい。
 瞳を閉じた の指にもう一度口付けを落とすと、バルドも を抱えて目を閉じた。



 

 






 今度は、もっといい物を贈ってやりたい。あんたが喜ぶなら何度でも。
              
 もう繰り返さないと誓う。だから――死ぬなよ。俺を置いて逝くな。
        
         
 あんたが俺を、もう一度生き返らせたのだから。


          














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