11、呪詛





「ん……」

 ――あたたかい。 は眠りのふちで、身を包む温もりに安らぎを覚えた。
 もっともっとと温度を求め、硬いそれに身を寄せる。頬をすり寄せると、大きな何かが髪を撫でてくれた。……気持ちいい。

「……おーい、いい加減起きないともう一度しちまうぞ」

「う、ん……」

 あまりの心地良さに耳をピクピクと揺らしてしまう。するとその先端がふいにカプリと噛まれ、 は目を見開いた。


「いったぁッ!」

 目を開ける。すると、視界は肌色をしていた。温かい皮膚に頬を押し当てている。
 ギョッとした がそろそろと顔を上げると黒いヒゲがあり、その先に――

「……おはよう。いやー朝から積極的だな、あんた。……ちょっとヤバいかもしれん、俺」

 ――ヤニ下がったバルドの顔があった。





「…………」

 状況が把握できず、ポカンと口を開く。そんな の顔を眺め、バルドはふいに手を滑らせた。不穏な手が―― の臀部に触れる。 は全身の毛を逆立てた。

「……ッ! バ……っ何してんのよ!」

「お、覚醒。じゃさっさと服を着な。外が騒がしい」

 パッと手を離し、バルドが起き上がる。一瞬にして昨夜の出来事を思い出した は、真っ赤な顔を手で覆いながら起き上がった。
 外に耳を傾けると、明け方であるはずなのに空が異様に暗く、妙なざわめきまで聞こえてくる。……何事か、あったのだろう。

 バルドは に背を向けて、服をあさっている。その裸の背に昨夜の行為を否応なく思い出させられ―― はバルドの顔を見ることができなかった。
 服を引き寄せると、足を通すために腰を上げる。だがその付け根に鈍痛が走り抜け、 は思わず声を上げてしまった。

「……いた…っ」

 昨夜、バルドを受け入れた場所が……じくじくと痛む。我慢できないほどではないが、眉を寄せた にバルドが振り返った。


「まだ痛むか。悪いな」

「……平気。別に……アンタのせいじゃないし……」

 そっぽを向いたまま、赤い顔でモゴモゴと呟く。そんな を、バルドがふいに抱きすくめた。

「……ちょ、っと……!」

「あーもう。マジでヤバイな、俺。……あんた、本当に可愛いよ」

「何言って……、ッ! アンタ、ドコ触ってんのよ! 離しなさいって!」


 あらぬ場所に触れたバルドを突き放す。バルドはへらへらと笑って から離れると、仕度を再開させた。 も手早く服を身に着けていく。
 ……本当に、なんてエロオヤジ猫だ。油断も隙もあったもんじゃない。

  はバルドの背中を盗み見て悪態をつくと、舌を出した。
 その背に走る無数の爪痕については、見てみぬフリを決め込んだ。









 屋根の上には悪魔たちが集まっているようだ。 が剣を取ると、バルドも剣を握って立ち上がった。護身用の剣ではない。戦闘用のしっかりとした剣だ。
 剣を持つ布を巻いた手を見遣り、 はふいに手を伸ばした。そっとバルドの右手を握る。

「もし、これから闘いに行くのだとしても……これに、引き込まれないで。それでも引きずられそうになったら、殴ってでも呼び寄せるから。……絶対に、みんなでここに帰ってくるの」

「ああ……。アンタこそ、奴の術に負けそうになったら押し倒してでも止めてやるから。……安心して、襲いに来い」

 震える の指先をバルドが力強く握る。 は眉を歪めてバルドを見上げると、安堵するように小さく微笑んだ。

「……バカ」







 屋根の上には、悪魔とコノエが揃っていた。しかしライもアサトも、ついでにフラウドの姿もない。
 ふたりの到着に気付いたコノエが振り返り、ふと目を見開いた。

「バルド。……と …? アンタたち、なんで一緒なんだ?」

「あー……」

 邪気のない質問に、 は咄嗟に答えが出てこなかった。そんな の腰に腕を回し、バルドが口を開く。

「そりゃアレだ。……愛を確かめ合ったからだな」

「…………。――はぁ!?」

「……あい……」

 きょとんとコノエが繰り返す。見る間にその顔が真っ赤に染まり、 を戸惑ったように見つめてきた。あからさますぎる発言に卒倒しかけていた は、バルドから離れるとその腹に肘鉄を叩き込んだ。


「ぐおッ! ……おい、そりゃねぇだろ」

「うっさい黙れオヤジ!!」

「だーもーうっせーよ! 猫のくせにギャアギャアいちゃついてんじゃねーっての! ……それよりホラ、始まったぜ」



 ヴェルグが怒鳴った。だがその後のいつになく真剣な口調につられ、いがみ合っていた たちは空を見上げた。そして、信じがたい光景に絶句した。
 朝の空に輝いているはずの陽の月が……まるで侵食されるように、欠けていっているのだ。

 その現象は「蝕」と言うらしい。陰の月が陽の月と一緒に上って、陽の月を覆い隠してしまうのだとバルドが語った。
 そしてまさに今、陽の月の全てが隠されると――空は一面の赤に染まった。
 再び声を失った たちは、その時響いた道化の声にハッと顔を上げた。


「いよいよだね。――時が来た」










 唐突に現れたフィリは「あの方が待っている」とだけ告げて、くるりと掻き消えた。
 そしてその直後。邪悪な歌の訪れと共に、大勢の死猫が藍閃へと押し寄せてきた。


「あの村と同じ……。でも、数が多すぎる!」

 死猫たちは、邪悪な歌に操られてゆっくりと、だが確実に藍閃に近付いてきていた。
 この歌を、止めなければ。 が叫ぶと、コノエも同じ気持ちのようだった。

 意見を求めるように悪魔を見ると、この歌は蝕の月を利用して魔力を祇沙中に振り撒いているとカルツが告げた。今ならば――リークスの居場所も分かると言う。


 いきり立ったヴェルグが瞬間移動をしようと姿を揺らがせる。それをコノエが引き止め、同行を願い出た。『一人一匹』と告げるヴェルグに、バルドがコノエの肩を抱いて進み出る。

「俺も行こう。一緒に闘わせてくれ。……終わらせないとな」

「アンタ……」

 見下ろしたバルドに、コノエが目を見開く。バルドの心境の変化に戸惑っているのだろう。
 問うように視線を向けたコノエに向かって、 は大きく頷いた。その肩をもバルドが引き寄せる。

「あんたも、だろ。……三匹で行こう。そんで、一緒に帰ってくるんだ」

 両手をそれぞれの肩に置き、バルドは迷いのない口調で告げると一歩を踏み出した。












「アンタね! もう少しマシな所掴みなさいよ!」

「知るかよ。ぎゃんぎゃん喚くなっつーの。立てもしないクセしてよ」


 数分後、 はヴェルグによる瞬間移動によってもたらされた眩暈と吐き気に膝をついていた。
 首根っこを掴まれ、窒息すると思った瞬間にそれは始まり――また一瞬の後に終わっていた。

 悪魔を見上げて罵るが、当のヴェルグは になど構わない様子で周りを見渡している。 も何とか立ち上がると、既に立ち上がっていたバルドやコノエと共に様子を探った。

 ……崖? 壁? ――違う、大樹だ。一行は、巨大すぎる一本の樹の前に立ち尽くしていた。


 これが、リークスの砦らしい。根元に扉がしつらえられている。……という事は、あの中にリークスがいるのだろう。
 だが早速と踏み出した一行は、だが湧いたように溢れてきた猫の大群に足止めをされた。

「これは……冥戯の術だ」

 カルツが呟く。死体も混じったその大群は、コノエ目掛けて次々に襲い掛かってきた。
 走り出した猫たちは、後を駆ける悪魔たちの攻撃によって進路を切り拓かれた。

 砦の中に入る。中は回廊のようになっていたが迷うことはなく、三匹は脇目も振らずに走り続けた。
 やがて一行は大きな扉の前に辿り着いた。これが最後だと本能的に感じる。扉に手を掛けるバルドの横で、 は胸のうちに湧いた疑問の声にふと固まった。


 ――本当に、リークスの前に自分が行っても大丈夫なのだろうか。
 リークスが掛けた呪いは……『バルドを殺す』という呪いは、バルドに触れなければ何とか回避できると分かったが、それでも解けた訳ではないのだ。
 もしリークスに会って術の力を強められたりしたら……今度こそ、抗いきれないかもしれない。

(けど……)

 ちらりと は隣に立つバルドの右腕を見た。それから、前を見据えている琥珀の瞳を。

 バルドは言ってくれた。 の抱えているものを、共に背負ってくれると。
 それに対し は自分もバルドの傷を分かち合い、万一の時は呼び戻すと告げたのだ。
 その誓いをたがえる訳にはいかない。バルドが心を変えたのならば、自分もそれに寄り添うまでだ。

  は前を向くと、開かれた扉の向こうへゆっくりと踏み入った。









「ようやくか。待ちくたびれたぞ」

 ――そこは、見れば見るほど奇妙な空間だった。天井が高く、巨大な花が咲き乱れている。不気味な部屋だ。
 その中心に立ったリークスがフィリを従え、現れた三匹を見下ろした。その目がコノエ・バルドを通り、最後に へと向けられる。


「……ほう。お前も来たのか、 よ。あの呪いを掛けられて、それでもまだその雄の横にいるとは……情に溺れた愚か者なのか、危機に気付けぬ馬鹿なのか……」

「…………」

 リークスの嘲笑う声に、 は無言でもって返した。仮面の魔術師をじっと睨み付ける。すると、 の前に立ちはだかるようにバルドが進み出て口を開いた。

「あんた、コノエばかりじゃなくうちに恋猫にまでナメた真似してくれたな。どういうつもりかは知らんが、年少の猫を追い掛けておかしな術かけるなんざ、最低野郎のする事だぜ」

「貴様にだけは言われたくない。白猫を不幸にしたのはどこの誰だ」

「……っ」

「バルド、挑発よ。……乗らないで」

 バルドの厳しい声に、リークスが切り返した。息を詰めたバルドの手を がそっと握ると、足を踏み出そうとしたバルドが思い止まる。
 そんなふたりから興味を失ったように視線を逸らすと、リークスはコノエに向き直った。


「お前のことが知りたいのだろう? ……その前に、少し私の話をしようか」









 リークスがゆったりと語ったのは、己の魔術に不必要な存在は何か、という話だった。
 それは感情。感情を『器』に捨てれば魔術はより強く、力を増していくのだと。そしてその感情の器こそがリークスと『同じ』であるコノエだ、とリークスは言った。

「嘘だ!」

 コノエが怒鳴る。それもそうだろうと は思った。 やバルドでさえ呆然としているのに、コノエが受けた衝撃などといったらどれ程のものか計り知れない。
 そんなコノエに向けて、リークスは見せ付けるように仮面をゆっくりと落とした。

「……っ……」

 ……今の話を聞いた時から、予想はしていた。だが衝撃はそれ以上だ。
  は呆然と、目を見開いた。時が止まったようにコノエが動きを止める。
 ――リークスは、コノエと同じ顔をしていた。






 リークスが何か続けざまにコノエに告げている。だがそれは の耳を素通りしていった。
 コノエが叫ぶ。頭を抱える。そしてフィリがその背後に近付き、短剣を振り上げた時に はようやく我に返った。
 何をしているのだ。コノエを守る事もせずにボーッと立っているだけなど、役立たずもいいところだ!

「コノエ!」

「く、そっ!」

 だが飛び出した より一瞬早く、バルドがフィリの手から剣を叩き落とした。それと前後して、 がコノエを抱きかかえて飛ぶ。
 ようやく目を見開き視点を結んだコノエの前で、バルドが痛そうに傷の開いた右手を振った。


「いてて……。――コノエ、あいつを倒すんだろうが。ここでやられてどうする」

「バルド……」

「そうよ。……アイツは君じゃない。君もアイツじゃない。いくら顔が同じだろうと、私たちが見て関わって力になりたいと思ったのは、ここにいるコノエよ! 顔なんて関係ない。アイツと同じ存在な訳がない!」

「…… ……」

 コノエの目を見つめ、 は強く言い切った。バルドが同意するように大きく頷く。二匹をかわるがわる見つめていたコノエは、恐れるように問い掛けた。


「本当に……俺を見てくれるのか……? 俺は、ここにいるのか……?」

 その声に とバルドはコノエを見つめ――しっかりと頷いた。








「……役立たず二匹が、こしゃくな真似を……」

 わずかに苛立ったような口調のリークスが、立ち直った三匹を無表情に見つめる。
 何故そこまでしてこの世界を憎むのかと問い掛けたコノエに、リークスは感情を取り払った新しい世界をここに作り上げるのだと答えた。

 その感情を否定することは許されないとコノエが叫ぶ。そこには器として様々な感情に翻弄されてきたコノエの、全霊での想いが込められていた。
 コノエの叫びは やバルドの胸を打ったばかりか、リークスの薄い笑みすら一瞬掻き消した。だがリークスはコノエの言葉を遮るように片手を上げると、おもむろにバルドを指差した。

「そこまで言うのなら、試してやろう。……お前たちが言うのは、所詮戯言だ。最善の道が提示されたとしたも、果たして本当に絆だ何だと言っていられるかな? ――私に見せてくれ」

「……ッ!」

 リークスの唇がわずかに動く。その直後、 の耳に異質な歌が聞こえ始めた。

「これは……」

「何だ、この歌は……。――ぐ……っ!」

 暗く暗く、美しい歌。それは、リークスの歌だった。
 頭に直接響くその旋律が、 の思考をめちゃめちゃにかき乱す。だが苦痛に顔を歪めた やコノエよりも、バルドの方がより歌の影響を受けているようだった。

 苦しげに膝をつき、バルドが呻く。 が手を差し出したその時――広間は、白い光に包まれた。



「な、に……。え――!?」

 光が徐々に消えていく。 はゆっくりと目を開いた。
 そこは……元通りの砦の中だった。頭を振った は、周囲の奇妙な光景に息を呑んだ。周りの猫たちが……いや、猫だけではない。リークスやフィリまでもが、動きをピタリと止めてしまっているのだ。

 まるで自分だけが生きて動いているような光景だ。 は目を閉じたリークスに向かって叫んだ。


「どういうことよ! ふたりをどうしたの!? 元に戻しなさい!!」

 よく観察してみると、リークスは止まっているのではなかった。瞑想するように目を閉じているだけだ。その証拠に一瞬だけ の方をちらりと見た。
 だが今のうちにリークスを倒そうと がもがいても、 の身体も固まったように動く事ができなかった。

「こ、の……!」

 きっとバルドとコノエは今、リークスに何かを語られている……もしくは見せられているのだろう。 には関係ないことと判断したから、リークスは術を掛けなかったのか。それとも掛けられなかったのか。

 叫ぶことはできるのに、動けない。 が焦燥に駆られてもがくと、隣にいたバルドがうなされるように顔を歪めた。何を言われているのか、とても苦しげだ。――駆け寄って、目を覚ましてやりたい。

「こんな、術……!」

 地面に張り付く足を、必死で持ち上げようと呻く。汗が吹き出る。顔が歪む。
 だが は身体がバラバラになりそうな痛みに耐えて、バルドに手を伸ばした。

「バルド!! ここに帰ってきて……! ――ッ!!」


 足が剥がれる。 はつんのめるように進むと倒れ込んだ。腕だけはバルドの身体をしっかりと抱き締めて。
 そしてその瞬間――空間は、再び白い光に包まれた。


 




「う……」

  は目を開いた。続けざまに訪れた光の強さに、視界が利かなくなっている。霞む目を瞬かせると、腕の中にちゃんとバルドを抱え込んでいる事に気付いた。今の光で術が解けたように、バルドがうっすらと目を開ける。

「バルド……!」

「ああ、 か……。コノエも、無事だな……」

 バルドが視線を向ける。その先ではコノエが立ち上がり、すぐにこちらに駆け寄ってきた。バルドが小さく笑みを浮かべる。

「……助かったよ。コノエの声でハッと気付かされて、あんたの腕の力で引き戻された」

  の腕の中で、バルドが呟く。その琥珀の瞳が動き を捉えると、それはうっすらと細められた。何かを悟ったように、バルドは息を吐き出す。

「そうだよな――。あんたもコノエもライも……大事な存在を消してまで生き直す事なんて、できる訳がないよな。……こんなにきつく、抱き締められてるのに」

「バルド……?」

 何を言っているのかよく分からない。
 だが今度はリークスを真っ直ぐに見上げたバルドの額に脂汗が浮かんでいるのを見て取り、 は口をつぐんだ。その表情も、笑いながらも心なしか歪んでいるような気がする。

「アンタ……また傷が――!?」

 コノエが叫んで右腕の布をまくり上げた。露わになった傷はまた黒い血を流し、さらに黒い霧を吹き上げている。
 その時ハッと唇を噛んだ の背後で、リークスが呪うような低い声を上げた。



「シュイめ……、余計な悪あがきを」

 それは、今までのような余裕に満ちた声ではなかった。忌々しく、苛立っているような声だ。
 その変化を感じ取り顔を上げた は、ふいにリークスと視線が合った。本能的な危険を感じてすぐに逸らすが、リークスの目が何かを思いついたように細められたのが見えてしまった。するとリークスの顔が、ふいにバルドに向けられる。

「取引はどうする? ……悪夢に魂を喰らい尽くされて、悪魔の化身として永劫に彷徨い続ける道をお前は選ぶのか?」

「ああ……断る。それが今まで俺がやってきた事に対する罰だって言うなら、受け入れるだけだ。コイツらを忘れてまでやり直したい過去なんて、俺は持っちゃいないからな」

 バルドが毅然とリークスに返した。……取引とは何だ?  は疑問に思ったが、その思考はリークスの不穏な声によって遮られた。

「そうか。……ならば、その時を待つまでもあるまい。忘れたくない猫とやらに殺されて、共に悪夢を歩むがいい」

「何……?」

 バルドが訝しむ声を上げる。 はハッとバルドから離れた。
 リークスは何か良からぬ事を考えている。ならばバルドから離れていれば――


「甘い」

「……ッ!!」

 ……大丈夫、などという思惑は甘かった。リークスの視線が を向く。
 バルドから離れた は、目を逸らし耳を塞いだ。だがそれを嘲笑うかのように、リークスの呪詛が の頭の中へと叩き付けられてきた。


(……殺せ……)


「…く、ア……! 嫌よ……っ」

 頭を埋め尽くす命令に、必死で逆らう。けれど今までの呪詛とは桁が違うと、 は本能的に察した。

「さあ殺せ! お前の最も愛しい猫を、その手で殺してコノエに見せ付けろ!」

……!? おい!」

「嫌……いや…ッ!! 来ないで!」

 頭を抱え、叫び始めた にバルドが手を伸ばす。その手を払いのけた は、その場から立ち去ろうとした。だが足が強張ったように固まり動けない。
 そうする合間にも、リークスが直接紡ぐ言葉が力となって の身体を雁字搦めに縛り付けていった。

「お前……やめろ!」

 コノエが叫ぶ。剣を抜いてリークスに向かっていくが、その身体は透明な壁に遮られて途中で立ち止まった。

 呪詛が思考を侵食していく。心は何とか抗えるのに、身体が思い通りにならない。
 強張った の身体が不自然に動き、腰に下げた剣の柄に手を掛けた。それが意味するところを悟り―― は蒼白になった。

「……いやあッ!! 絶対イヤ!! やめてよ!」

 やはり共に来るべきではなかった。何が引き戻すだ。自分こそが元凶になっているではないか!
 傷付けると分かっていて、それでも共にいる事を選んだのは……浅はかな過ちだったのだろうか。 は泣き叫んだ。


 剣を引き抜く。正確に構えた剣先が向かうのは――バルドだ。
 なぜか突っ立って逃げようともしないバルドに、 は必死の形相で叫んだ。

「バルド、逃げて――!!」

 剣が動く。その研ぎ澄まされた切っ先は、あやまたず熱い肉を貫いた。





  バルドの手のひらを


  
自らの太腿を
 
 












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