「何これ。『金の髪の雌猫へ。呪術師印の特製祝い酒』……? ……あからさまに怪しいわ」

 食堂で怪しげな瓶を掴み上げた は、そこに書かれていた下手な文字を読み取って顔をしかめた。




呪術師印★特製祝い酒





「どうした?  。それは酒か?」

「見た事もない瓶だな。……貸せ。捨ててくる」

「あ。アンタ達……」


 その時、全く同時に扉と窓から入ってきた雄二匹の声に は振り返った。
 素早く寄ってきたアサトを、つかつかと歩いてきたライが押し退けようとする。

「貴様はどいていろ」

「なんだ、お前。俺が先に部屋に入ったんだ。お前こそ出て行け」

「馬鹿が。いっぱしの口をきくなら、たまには扉から入ってみたらどうだ」

 お約束のように としてはかなりどうでもいいレベルの口論が始まった。
 そのまま適当に流していても問題ないのだが、血を見るのはゴメンだ。 は瓶を置き溜息をつくと、両手でガシッと二匹の腕を掴んで自分の両隣へと引き離した。背の高い雄二匹に挟まれるが、今さら恥ずかしいなんて言う性格でもない。


「ぎゃんぎゃんやるなら私が出てくわよ。……ライ、いちいちアサトに突っ掛かるんじゃないわよ。大人げないわよ」

「……そこの奴隷が吠えているだけだ」

「はいはい。……アサト。アンタは見境なく喧嘩を売っちゃダメよ? 分かった?」

「……分かった!」

  がめっ、と言い聞かせると、アサトは晴れやかに頷いた。その様子を見てライが渋い顔になる。


「幼稚園児か……。というかお前、俺に向けて言うのと随分態度が違わないか」

「気のせいよ」

 素っ気なく返し、 は再び瓶へと視線を向けた。ライも が自分に向けて「めっ」とやっているのを想像したら気持ち悪くなったため、渋々 の視線を追う。



「……それ、貰ったのか?」

「うん。なんかさっき呪術師が来て、これだけ置いて行っちゃったの。……てあれ? なんでアイツ、私がここにいるの知ってるんだろ」

「…………」

「…………」

 きょとんと首を傾げた に雄二匹は押し黙った。……まさかこんなところにも伏兵が潜んでいたとは。
 『まいっか』と流した は何も分かっていなさそうだ。ライは細い腕が伸ばされるよりも早く瓶を掴み取り、ラベルをしげしげと眺めた。


「あ、ちょっとそれ私が貰ったんだからー」

「……酒か。あんな得体の知れない奴に貰ったものなど、怪しいにも程があるぞ」

「そんな事ないでしょ。うっさいなぁ」

  が届かない高さまで瓶を持ち上げたライは、その透明なボトルを返す返す眺めた。だがその隻眼は若干興味深そうな色を宿している。
 意外にもライは果実酒やマタタビ酒といったものが嫌いではないのだ。 はジャンプして瓶を奪い返すと、底の方に小さく書かれた文字を見つけ目を細めた。


「なんか書いてある。……えーっと、『これを飲めばおぬしは楽しい世界へと旅立つ事ができるじゃろう。新たな刺激にメロメロ間違いなし。本品は用法・容量を正しく守って使うべし。じゅじゅちゅ』……噛んだわ。『呪術師より』……だって」

「…………」

「…………。捨てろ」

 はたとアサトと顔を見合わせた の手から、透明なボトルが奪い取られた。見事な投球フォームで窓から投げられようとしているそれに、 が慌てて追い縋る。


「ちょ、まーっ! アサト、お願い!」

「任せろ!」

 投げられた瓶が窓から出ていこうとする寸前、パシッと音を立ててアサトがそれを受け止めた。……ナイスキャッチ。フリスビー犬も真っ青だ。


「ありがとー、アサト!」

が喜んでくれるなら、俺は何だってやる」

 瓶を手渡したアサトの頭を は何度も撫でた。気のせいではなく尾をパタパタと振ったアサトにライが舌打ちする。


「だからこれを貰ったのは私だって言ってんでしょうが。勝手に捨てないでよ、味見もしてないのに」

「味見だと? まさか、こんな怪しい酒を飲むつもりなのか」

 大事に瓶を抱え込んだ にライが呆れた視線を向ける。すると の前にアサトが立ちはだかり、援護するように続けた。


「そんな事はない。これは を楽しませようとアイツが送ってくれたんだ。お前に止める権利はない」

「そうよー。試しもしないで捨てるなんて勿体無いじゃない。ねぇアサト」

「そうだ!  は俺とこれを飲むんだ!」

「いやそこまでは言ってな……」


  から瓶を奪い、アサトが栓を開けようとする。だが斜めになって今にも零れそうなその様子に、 は慌てて手を重ねこんだ。
 『初めての共同作業・ケーキ入刀です!』を言わんばかりのポーズにアサトの顔が緩む。だがその一方的に甘くなりそうになった空気は、やはりライによって打ち砕かれた。


「……なるほど。そこまで言うなら飲むといい。その代わりお前の先に俺が飲む。それで異常がなければ好きなだけ飲め」

「え……?」

 二匹が握りこんだ瓶の蓋に、ライがガッと手を置いた。小さな瓶を三匹で取り合うような体勢に は顔を上げた。……二匹の顔が近すぎて怖い。


「あの……でも、三匹分もないんだけど……」

「ならば選べ。どちらと飲むのかを」

「え……ええ〜……」

 何かおかしな事になってきた。元々ひとりで飲もうと思っていたのに、何でこんな展開になったのか。


「どうするんだ、

「さっさと選べ」


 哀しくなるくらい外は良い天気なのに、暗い食堂で は究極の選択を迫られた。







仕方ない。ライと同時に飲む。


アサト、お腹壊したらゴメンね。









(2007.10.28)

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