10、鼓動





「あの、 ……。そろそろ……」

「…………」

 群青に染まった部屋で、コノエに縋り付く。もう涙は止まっていたが、 はそれでもコノエから離れなかった。

「ちょっと……マズイって。そろそろ離してくれ」

「……嫌」

 コノエがわすかに切羽詰った声を上げる。それには気付いていたが、駄々っ子のようにコノエにしがみ付いた。
 戸惑うように肩に置かれた手の優しさを、 を受け止めてくれた胸の意外な広さを、もう少しだけ感じていたかった。

「気付けよ……っ。俺だって雄なんだぞ……!」

「……なにに?」

 だんだん焦りを帯びてきた声にぼんやりと顔を上げる。見上げたコノエの顔はわずかに上気していた。

「コノ――んッ」

 ガツ、と唇をぶつけられる。 が驚きに目を見開くと、コノエは の肩を抑えながらも気まずげに目を逸らしてしまった。

「……こういう、ことだよ……。そういう可能性もあるんだってこと、自覚して行動してくれよ……」





「…………」

  はポカンと固まった。コノエはいよいよ俯き、若干前屈みになっている。その顔が真っ赤に染まっている事に気付き はようやく合点した。――ああ、そういう事か。

「もう、分かってると思うけど……俺、アンタの事が好きなんだよ。そんな相手にこんな風にされて……なにも感じない訳ないだろ……」

 コノエが呟く。少しずつ、思い上がりでなければ気付き始めていた想いを初めて言葉にされ は胸が高鳴った。
  は力なく下ろされたコノエの手に、そっと自分の手を重ねた。

「コノエ……私は構わない」

「……ッ。そんな――なんでもない事みたいに言うなよ!」

「なんでもなくないよ。……コノエ、私は信用できる猫じゃなきゃ部屋に入れたりしない。まして抱きついたり泣いたりするのなんて、本当に大切な猫の前でないとできない。……私はコノエが大切だよ」

 じっと目を見据えて告げると、コノエは口をつぐんだ。 に手を握られたまま、再び視線を逸らす。

「アンタ……雄、嫌じゃないのか」

「え……」

 ボソリと呟かれた言葉に は目を見開いた。

「前に、あの雄と会った時……ずっとそういう扱いを受けてきたみたいなコト言ってただろ。だから……雄なんて、近付くだけでも嫌なんじゃないかって――」

「ああ……。ううん、そんな事は……少しはあるかもしれないけど、今は関係ない。コノエだったら、そんなの全然気にならない」

  が首を振ると、コノエは自嘲するように薄く笑った。

「そんなの、おかしいだろ。俺みたいな雄なんて……田舎ものだし、アイツらみたいに強くないし、年下だし――」

「どうして? 何もおかしくなんてないよ。……コノエは強いよ。力の強弱なんて私にはどうでもいい。コノエは心がとても強い。何度も私を助けてくれたじゃない。……私も、コノエのことが好き。好きな相手が側にいて、つ……繋がりたいって思うのは、おかしな事?」

「……ッ」

 あからさまな発言にコノエの顔が染まる。 も自分で言いながら頬を赤くした。
 だがコノエはなおも強く顔を背けると、今度は叫ぶように吐き捨てた。


「でも――やっぱり駄目なんだよ! アンタは聞いてないのかもしれないけど……リークスが言ったんだ。俺とアンタは血縁関係にあるって……!」

「え……」

 コノエが眉を寄せる。言われた意味が分からず一瞬呆然とした に構わず、コノエは言葉を続けた。

「従姉弟とかだったらまだいい。でも、俺は父さんの顔を知らない。アンタは母さんの顔を知らない。もしも……アンタが生まれて母さんが亡くなった後に、アンタの父さんと俺の母さんが知り合ってたりしてたら……とか考えると、俺とアンタは姉弟って事になる……!」

「…………」

 コノエの悲痛な独白に は呑まれた。けれど冷静になって考えてみる。もし本当に血縁があるとしても、そういう事態になるか……?
  は首を傾げると、静かに口を開いた。


「それは……考えすぎなんじゃないかしら。リークスがわざわざ言ったなら、遠縁ではないかもしれないけど……コノエ、さっき言ってくれたじゃない。私の父さん、母さんの剣を受け取って泣いてたって」

「…………」

「私が言うのもなんだけど……父さん、母さんにベタ惚れだったのよ。再婚とか浮気なんてこれっぽっちも考えないような、頭の固い猫だった。だから……まずそういう事はしないと思う」

  がきっぱりと言い切ると、今度はコノエが圧されたように黙り込んだ。その瞳を覗き込み、 は告げる。

「それが気になってたから……駄目だって言ったの……?」

 コノエがこくりと頷いた。 はホッとした気持ちになると、コノエの上に重ねた手を握りこんだ。


「でも――もしそれが事実だったとしても、私は気にしない。最初から知ってたら違ったのかもしれないけど、もう……無理。とっくに好きになっちゃってたもの。コノエは違うの……?」

「……ッ。……違わない……。 ―― ッ」

 顔を上げ、首を傾ける。すると導かれるようにコノエが唇を寄せてきた。
  はゆっくりと瞳を閉じると、唇が重なる寸前に囁いた。

「私のこと……抱いて……」

 

 





 
 ちゅ、ちゅ、と触れては離れるキスを繰り返す。
 だがそれ以上は踏み込んでこようとしないコノエに焦れて、 は薄く舌を出すとコノエの唇をペロリと舐めた。コノエがわずかに口を離して目を見開く。

「――わっ!」

 肩をきつく掴まれたと思った瞬間、 は後方に押し倒された。金の髪がはらりと散らばる。 が見上げると、両手をついたコノエはわずかに息を乱していた。
 その穏やかな色の瞳に宿ったまぎれもない雄の眼差しに、 はゾクッと震えた。


「ゴメン。俺、初めてだから上手くできないかもしれないけど……」

「え?」

 モゴモゴと、コノエが気まずげに呟く。 は瞬きをするとポカンと口を開いた。

「ああ……私も初めてだから、お互い様よ。気にしないで」

「え!?」

 わざわざ告げてきたコノエの律儀さに が微笑むと、今度はコノエが大仰に驚いた。

「えっ…てなに。えって」

「いや……。俺、てっきりアンタ――」

 コノエが言葉を濁す。 のジトリと睨む視線に気付いたためだ。
 コノエは身体を起こすと、弁解するように尾をせわしなく振った。

「発情期のとき、すごく手馴れてるように見えたから……結構、経験があるのかと……」

「そ、そう……。……あれはね、私もいっぱいいっぱいだったのよ。でもコノエの方が苦しそうだったから、私がリードしなくちゃって、思って……」

「…………」

「あー……」

 ――痛い沈黙が落ちる。
 お互い赤い顔をしてしばらく黙り込んだ後、ふたりは顔を見合わせるとプッと噴き出した。


「やだ、そんな風に思われてたんだ」

「思うって、あれは。……あー、結局俺、アンタに比べりゃ全然子供だってコトだな。悔しいけど。……俺、もう少し早く生まれれば良かった」

 コノエが苦笑する。 も身体を起こすと、目を閉じて首を振った。

「そんなこと、ないよ。この前……コノエが怒ったこと、あったじゃない。雄として見てって言って、でもアイツと会った後に抱きしめてくれた。あれね……実はすごくドキドキした。ああ雄なんだなって、改めて思ったわ」

「…………」

「歳なんて、すぐに気にならなくなるわ。きっと君はこれから身体も大きくなるし、もっと逞しくなる。……これからその過程を追っていけるんなら、私は今の君に出会えて良かったって思うよ」

「アンタ……」

 暗に、ずっと側にいたいと言ったのが伝わっただろうか。コノエは の肩に手を置くと、ゆっくりと唇を重ねてきた。唇を薄く開き、コノエの舌を迎え入れる。

 ぎこちなく拙い動き。それでも、その不慣れささえ は愛しいと思った。
 身体を抱かれる。 もコノエの首に腕を巻き付けると、ふたりの距離は自然に縮まった。





「コノエ……コノエ……」

「……っ……」

 唇を重ねながら、互いの身体をまさぐる。しかし の上着の裾から侵入しようとしたコノエの腕が、ふいに動きを止めた。……どうしたのだろう。
 訝しんで覗き込むと、コノエはわずかに息を乱して呟いた。

「あの……脱がしてもいい、か……?」

「……っ。……うん。じゃあ、私もコノエを脱がす……」

 ――そんな事をわざわざ聞かなくてもいい。 はそう思ったが、うるさく言ってコノエがしょげるのも可哀相だ。 は小さく頷くと、コノエの上着に手を掛けた。



 黙々と、ふたりでお互いの衣服を脱がせ合う。それは恥ずかしい行為だったが、お互いの興奮が刻々と高まっていくように思えた。
 コノエの下衣を引っこ抜く。負けじとコノエも の下衣を取り払った。


「もう二度……ううん、発情期入れると三度見られてるのに、やっぱり恥ずかしい……」

「……俺もだ」


 やがて下着姿になったふたりは寝台で固まった。さて、残った衣服をどうしよう。
 だが がそう躊躇する合間に、コノエは の身体を引き寄せると胸の布に手を掛けた。難航するかと思いきや、存外器用にそれを取り払う。

「コ、コノエ……」

「これで、最後……」

 シュ、と音がして下穿きも取り去られた。一糸纏わなくなった は、思わず両手で胸とそこを覆って俯いた。……首筋が熱い。
 コノエの視線を感じる。だけど、やっぱり……恥ずかしい。座り込んだまま動かない にコノエが声を掛ける。


「……見せてほしい。俺も……脱ぐから」

 わずかな衣擦れがした。コノエが下穿きを取ったのだろう。 がそろそろと視線を上げると、細い太腿が見えた。

「……っ」

 腿の上に、わずかに勃ち上がった雄がある。 はかすかに息を詰めた。さらに視線を上げると、肉の薄い腹と胸があって――最後に赤く染まった顔に辿り着いた。

……」

 濡れた声に導かれるように、そっと腕をずらす。だらりと下ろして顔を上げると、コノエは の身体を凝視した。


「雌の身体って……綺麗だな。初めて見た――」

「い、いや……そんなに綺麗でも……」

 むしろコノエの方が綺麗です。 はそう言いたかったが、コノエが喉を鳴らして口を開いたので言えず仕舞いになった。

「触っても、いいか……?」

「だから……ッ。……うん……」

 ス、とコノエの手が伸ばされる。膨らみを掴むかと思われたそれは、 の胸の中心に押し当てられた。


「あ……すごく速い」

「そりゃそうだわ……。すごく緊張してるもの」

「そうか。……良かった、アンタも俺と同じなんだな」

 コノエが小さく笑う。 も眉を下げて笑うと、コノエの手がずらされて右の膨らみに触れた。

「ん……」

 産毛が立つような刺激に、 が小さな吐息を漏らす。コノエは感動したように息を吐き出すと を静かに押し倒した。
 道しるべの葉のかすかな光にコノエの表情が照らし出される。 に覆い被さったコノエは雄の目をしていた。

「痛かったら言ってくれ……。俺、力加減とかよく分からないから不安で…。アンタの事、壊しそうだ」

「丈夫だから平気よ。……大丈夫、痛くないから。コノエの好きなようにして……」

 興奮の中にも への懸念を滲ませてコノエが呟く。 は笑うと、コノエの肩にそっと触れた。
 先程より少し強めにコノエが胸を揉みしだく。その動きを邪魔しないように もコノエの肌に触れていると、触れた部分からコノエの体温が上がっていくように感じた。



「ん……、ふ……っ」

「すごい……アンタ、柔らかい……」

 ほとんど初めて触れる雌の身体に没頭するように、コノエはあちこちに手を這わせてきた。
 それは時に荒々しくて に痛みを与えたが、そんな事は気にならないくらい も徐々に昂ぶっていった。

 コノエの胸に手を添える。指先でそこを嬲ると、コノエも小さな喘ぎを漏らして愛撫に応えてくれた。
  の愛撫にコノエは大仰なほど反応する。けれど、それを上回る勢いでコノエも を追い詰めていった。


「ん……ンっ! やッ、そこ……」

 太腿の憤怒の痣を撫で、コノエが手を内側に滑り込ませる。いきなり熱い潤みに触れられて、 はビクリと身を竦めた。コノエが驚いて手を離す。

「……ここ、嫌なのか?」

「っ! い、嫌って言うか……あの、その……」

 真面目に聞き返されて、 はボッと顔を染めた。そんな事を聞くな!
  が口篭もると、コノエもやっと理解してくれたようだった。戸惑うようにもう一度、潤みに触れる。


「……っう、ん〜〜、あ……っ」

 チュクチュクと、淫らな水音を上げてコノエが亀裂と芽を擦る。なめらかに滑る指の感触にコノエは大きく息を乱した。

「……なんで、ココこんなになるんだ? 雌の身体って不思議だな……」

「知らな……っ! あっ、爪は立てないで。痛い……」

「あ、ゴメン……っ」

 自分の中からトロトロと何かが流れていく。それは の亀裂から後方に流れて、敷布へ染みていった。
 ……コノエにも何かしてあげたい。 は下方で揺れている鍵尻尾をそっと掴むと、口元へ引き寄せた。


「…っ!  ……?」

 コノエが怪訝な声を上げる。とっさに隠そうとするのを遮って、 はその鍵になっている部分を食んだ。ザリザリと毛を繕い、地肌に触れる。

「なに、やってるんだよ……! そこはやめろって……っ」

 コノエが毛を逆立てる。 は悟った。ここが弱いのだと。

「アンタな……!」

 それでも がやめずに口を付けていると、コノエも開き直ったように大胆に に触れてきた。足に手を這わせ、口付けを繰り返す。
 密着度が高くなると、太腿に何か硬いものが当たっている事に は気付いた。


(あ……)

 確かめるまでもない。コノエの熱だ。 は尾を離すと、コノエの腕をかいくぐってその熱にそっと触れた。

「う……っ、ちょっと……待ってくれ……ッ」

 目で見る事はできないけれど、それはさっきよりもずっと硬く大きくなっているように思う。
 コノエが苦しげに息をつく。あまり刺激を与えないようにそっと擦ると、コノエは顔を逸らして熱い吐息を漏らした。


 ――なんて顔をするんだろう。 は扇情的なコノエの様子に腰が熱くなるのを感じた。
 このまま昂ぶらせてみたい。どんな顔をするのか見てみたい。そう思ってもう一度擦ろうとすると、その手はコノエによって寝台へ押さえ付けられた。


「も……無理…っ! 俺、アンタが欲しい。アンタの中に入りたい。……いいか……?」

 眉を下げ、コノエが荒い息で問い掛けてくる。 は縫い留められた手を緩く握ると、コノエの目を見て頷いた。









「ん……ッ」

「…… ……っ」


 膝を開き、コノエを迎え入れる準備をした は、潤みに熱を宛がわれて息を詰めた。
 来るだろう衝撃を待つ。だが腰を推し進めても、コノエの熱が に埋まることはなかった。


「……? ……コノエ……そこ、違う……。もっと下――」

「え…っ、ゴメン……!」

 コノエは、少しずれた位置に熱を当てていた。怪訝に目を開けた が小さく指摘すると、焦ったように身体を離す。
  はなんとなく微笑ましい気持ちになると、その腰を引き寄せた。

「ううん、大丈夫だから。……ゆっくりね――」





「……ッ!! う……」

 一息入れて、今度こそコノエが腰を進める。メリメリと身体が開かれる感覚がして は思わず眉を寄せた。コノエが動きを止める。


「アンタ、つらいのか…!?」

「へ……き、だから……続けて……ッ」

「でも…っ」

 悲鳴は堪えたが、顔が歪むのと声が掠れるのはどうしようもなかった。
  はうっすらと笑うとコノエの首に手を回した。戸惑う顔を引き寄せ、唇を重ねる。そのまま促すように背に手を回すと、コノエは唾を呑み込んで再び動き始めた。

「……ッ、ふ……っ!」


 身体を繋ぐ事に、どれ程の意味があるというのだろう。
 この行為は生殖のためではない。だけど、そうでないからこそ、心を確かめ合うために今こうしているのではないだろうか。

 雄を受け入れるのは、こんなにも痛くて苦しい。でも、今世界中で一番コノエの近くにいるのは自分だ。
 もっともっと、その存在を感じたい。体温を感じたい。――受け入れたいと、 は思った。




「――んッ、ア……!!」

「……っ、あ――」


 ズ、と鈍い衝撃がしてコノエがつんのめった。壁を破った熱が、抵抗なく奥まで呑みこまれる。

 鋭い痛みにコノエの背へ爪を立てた は、顔を背けてその波をやり過ごした。
 涙が滲む。深い部分がズキズキと痛む。だけど絶対に『痛い』とは言わなかった。言ったらコノエが気に病むだろうから。
  がわずかに身じろぎすると、身体の奥でコノエを受け入れている事がありありと感じられた。


……大丈夫か……?」

「うん……。ごめん、まだ動かないで……」

 頭上からコノエの心配そうな声が降ってくる。 は眉根をほぐすと顔を上げた。
 コノエもつらそうな顔をしている。おそらく痛みと緊張でギチギチに締め付けているだろうから、コノエだって苦しいのだろう。 

「…っ。――?」

 その時、 の頬にポツリと落ちるものがあった。指で拭うと水のようだ。
 思わず振り仰ぐと、 の真上でコノエが涙を流していた。


「どうしたの、コノエ……。痛いの……?」

「い、たいけど――そうじゃなくて……アンタ、あったかいなあって、思って……っ」

「……っ」

「ちゃんと、生きてるんだな……って、思ったら……急に――」


 コノエが眉を下げて、しゃくり上げる。その子供のような、だけど深い哀しみと喜びが込められた言葉に は息を詰めるとそっとコノエの頬を包み込んだ。

「ゴメン……アンタの方が、ずっとつらいのに……」

「平気よ。……私、あったかい? ……コノエもあったかいよ。ちゃんとふたりとも生きてるからね」

 小さく笑った はコノエを引き寄せると、続きを促した。
 コノエがゆっくりと動き始める。引きずられる痛みに歪む顔をコノエの肩口に隠し、 は強くコノエにしがみ付いた。






「……は、ッは――っ、ん、あ……っ」

「……あっ、……はッ…… ……っ」


 コノエが打ち付けてくる。それは次第にタガが外れたように強くなり、寝台が大きく軋んだ。
 最初は苦痛を漏らしていた の唇も、何度も貫かれるうちに甘いとまでは言わないまでも十分湿った喘ぎを零すようになってきていた。

「……ん……っ、あ……、っふ……」

 痛みが薄れ、コノエの律動を鮮明に感じる。ふと見上げると、コノエは目を閉じうっすらと眉を寄せ、耐えるような顔をしていた。
 先ほど泣いていた表情はどこにもない。快楽に溺れる雄の顔に、 はキュッと腰の奥が締まるのを感じた。








「あ、ア……ッ、や……っ!」

「!?  ……? ――ッ、きつ……」


 突然 が高い声で啼いた。共鳴するように強く熱が締め付けられ、思わず達しそうになったコノエは慌てて身を起こした。

 ……ヤバかった。こんなに早く達したらかなり恥ずかしい。意識を集中して吐き出しそうになる熱をこらえると、コノエはおそるおそる を見下ろした。


「あ……」

  は口元を手の甲で押さえて赤い顔をしていた。何が起きたかよく分からないという顔だ。
 敷布に散らばった金の髪が鈍く光っている。白い首の下では、なだらかな膨らみが大きく上下していた。
 さらに視線をずらすと、細い腰の下の潤みがコノエの熱を呑み込んでいるのが見えた。

「……ッ」

 生々しい交わりをモロに見てしまい、コノエは慌てて視線を逸らした。ドクドクと下半身に熱が流れ込む。

 本能的な欲求が湧き上がる。喰らい付きたい、滅茶苦茶に嬲りたい。――でも駄目だ。そんな事をしたら が傷付く。
 コノエは大きく息を吐き出すと、座ったまま小さく腰を揺すぶった。

「……んッ、あっ……、ん…っ」

  が小さな喘ぎを上げる。それはもう隠しようのない甘さを含んでいて、コノエは酩酊した。
 今、 を抱いている。他でもない自分が。



 ――雌猫は、憧れだった。
 初めてまともに接し、躊躇なくこちらの闘いに飛び込んできた猫。綺麗な猫。
 雄として扱われてないと思い込み、苛立った事もあった。だけど は言ってくれた。雄としてコノエを見ていて、コノエの事が好きだと。

 どうしてこういう事になったのかは分からない。でも自分に身を委ねてくれた を見ていると、もうどうにも止まらなくなった。
 ……欲しかった。今すぐに。たとえそれが痛みを伴うものであっても。



「コノエ……、んっ……はぁ……っ、んっ!」

「あ……ッ、 ……、 、もう俺……!」

 ぎこちなく腰を振りながらコノエは眉を寄せた。 の爪が膝に食い込み、少し痛い。けれど目下で揺れる艶かしい姿態に、コノエの理性はとっくに振り切れていた。


……ッ!」

「ん…っ」

 強く名を呼び、汗で濡れた腰を抱える。震える衝動のままに熱を吐き出すと、逆流した白濁が己を濡らしていった。
 止まらぬ放出が刺激になったのだろうか、 も身体を震わせるときつく目を瞑った。

「ン……ッ、ア――!」

「……っ」


 一瞬の締め付け。その後に が弛緩すると、中も緩く波打った。
 心地良い揺れにコノエの喉がなる。だが息つく暇もなく、コノエはある事に気付いてサッと蒼白になった。慌てて熱を引く。


「ごめん……!! 俺、中で……!」

「……え……?」

 ぼんやりと放心していた が顔を上げる。コノエの視線の先がわずかに鮮血の混じった白濁の流れる場所にある事に気付き、 は息を乱しながらも数度瞬きをした。

 ――大変な事をしてしまった。許可なく種付けをしたようなものだ。
 どうしたらいいかとオロオロするコノエを見遣り、 はプッと笑いを零した。

「……大丈夫。今は発情期じゃないから。……知らなかった?」

「え……」

 今度はコノエが瞬きをする。 はなんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な気持ちになったが、離れてしまったコノエを引き寄せると耳元で囁いた。












「……そう、だったのか……。雌って不思議だな……」

「まあ、ね……。でもこれからも覚えといてね? ……約束よ」

「……っ。ああ……」


 火照った身体が落ち着きを取り戻してくる頃、ふたりは並んで暗い天井を眺めていた。
 本来なら抱き合ったりすべきところなのだろうが、さすがにそれはまだ照れくさく、ただ手と尾だけを重ねていた。
 悪戯にそれらを絡めたり解いたりしながら はぼんやりと思った。

(ガキ……卒業させちゃったなぁ……。まあお互い様だけど……)

 あの発情期の日の夜にバルドに言われた事をふと思い出してしまったのだ。まさかあの時は本当にこんな事に、しかもこんなに早くなるとは思わなかった。先の事なんて分からないものだ。
 そんな事を が考えているとは露知らず、コノエは天井を向いたまま小さく口を開いた。


「なあ……アンタ、リークスを倒したら……やっぱり鳥唄に帰るのか」

「……っ」


 それは突然の問いだった。思わずコノエの方を見ると、コノエは変わらず天井を見ている。――否、 の方を向くまいと自分に言い聞かせているようだった。
 そんな様子に は胸が疼いたが、一つ息を吐くと静かに口を開いた。

「……そうね。色々あったけど故郷だし……父さんの建てた窯も守りたいし……。私、やっぱり鍛冶師なのよね。剣から離れては生きられない」

「……そうか……」


  が薄々考えていた事を述べても、コノエは『いいな』とも『行くな』とも言わなかった。ただ淡々と相槌を打ち、こんな時に限って心情を読ませない。
  がなんとなく居心地の悪さを感じて身じろぎすると、隣でコノエが小さく息を吐き出した。


「俺も、やっぱり……アンタの生む火花を見てみたいな……」

 ボソリと顔を赤くして告げられた言葉に は目を見開くと、次に満面の笑みでコノエに抱きついた。





 抱き合っているうちに、夜は更けていくのだとふたりは思っていた。――この時までは。














 深夜、 はぼんやりと目を覚ました。隣に寝ていたコノエが身じろぎしたからだ。
 目を擦って起き上がると、コノエも身体を起こして中空を見つめていた。

「コノエ、どうしたの……? まだ朝じゃないよ……」

「……愚かな。目先の欲に目が眩み、迫る危機にも気付かずに快楽を貪るとは――どこまでも愚かな子供たちよ」

「え……、ッグ――!!」


 この口調、纏う冷たい空気――コノエではない。
 だが がそう気付くよりも早く、その鳶色の目から放たれた怪しい光が の脳内に叩き込まれた。抗えない強烈な波に押されて、 の意識が流されていく。


「おま、え……リー……。…………」

 唇が最後までその名を紡ぐことなく、 はガクリと寝台に倒れ込んだ。
 最後に見たコノエの顔は、嫌な笑みに彩られていた。


 裸体を見下ろし、無感動にリークスが立ち上がる。手の中に光球を生み出すと、 の身体が包まれて浮き上がった。

「さて……お前がどれだけ怒りに翻弄されるか、見せてもらおうか――」

 コノエの唇で呟くと、リークスは光球をパチンと消した。










 それから数時間後。コノエは表のざわめきに引きずられて目を覚ました。
 身体を起こして頭を振ると、何か違和感を感じてコノエは固まった。

 ここは自分の部屋ではない。……そうだ。昨夜、自分は と――


「……うわ……」

 だが肝心の が室内にいない。用足しにでも行ったのだろうか。
 いきなり顔を合わせるのも気まずいのでコノエはホッとしたが、次の瞬間ある事に気付いて顔を強張らせた。

  の衣服がすべて脱いだまま残されているのだ。大切な剣も、壁に立て掛けたままで。


「なんで――。どういう事だ……?」





  まるで身体一つで抜け出したかのように、  はその朝、こつぜんと宿から姿を消した。

 

 

 





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