つーかよー。あいつら、ほんっと見ててイラつくんだけどよー。

はたから見りゃ意識し合ってんのがバレバレなのに、
うだうだ細けぇコトを考えすぎて互いに身動き取れなくなっちまってる。
メスはともかく、腐っても悪魔様がそれってどーよ?
……いや、あいつならそれも十分あり得るか。

口に出さなきゃバレないとでも思ってんのかよ。
隠そうとする分、鬱憤が溜まる一方だってなんで気付かねーかな。

嫁がいたから? 息子がいたから? そんなの関係ねぇよ。
生き残った奴が勝ちなんだ。死んだ奴らはどう足掻いたって手出しも口出しもできないだろうが。

欲望に素直になれよ。一発ヤってみりゃ答えも出るかもしれねーぜ?


ほんっと猫なんて、面倒くせー生き物だぜ!


 



4、臆病な猫たち
 






「……痛ったあ! な、なに!?」

「……っ。 ……」

 
 深い闇の底に沈んでいた の意識は、強引に身体をねじ曲げるような、ひどく不快な刺激によって浮上させられた。
 目を開くとグラグラと視界が回る。……ああ、この感覚は前にもどこかで味わった事がある――そんな事を頭の隅で思い、 はなんとか顔を上げた。すると視界いっぱいに見慣れた顔が映りこんだ。――カルツだ。


「……カルツ……。ここど――、ッ!? どうしたの、その頬…!」

 どこかの小屋の室内らしい、見慣れぬ光景に声を上げかけた は真上に迫った悪魔の顔に目を見開いた。端整なカルツの頬に痛々しい傷が走り、血の跡がこびり付いている。
 ついでに は自分が置かれている体勢に気付き『うぉわ!?』と叫んだ。……カルツの顔が真上にあるのも道理だ。 はカルツの腕の中に、抱きかかえられていた。

(ええー!? ちょ……な、なに!? 何があったの!?)

 何故こんな事になっているのか分からない。それでも何とか無様な悲鳴を押さえ込んで が心中で混乱していると、ようやくカルツが床へと下ろしてくれた。


「……ここは、冥戯の猫たちが使っていた狩猟小屋だ。村からはだいぶ離れているが……この辺りで風雨をしのげる所というと、ここしか思いつかなかった」

  の疑問には答えず、カルツは苦渋の表情で告げた。 はまだ幾分か混乱した頭のまま、カルツに問い掛け返した。

「……転移、したの……?」

「ああ。本当はもっと遠くに飛びたかったが、魔力が残り少なくてな……。同意も得ずにすまなかった。気分は平気か?」

「あ……うん。大丈夫……」

 頬にそっと手が添えられる。 は一瞬どきりとしながらも頷いた。しかしそれでも、視線が向くのはカルツの頬の傷痕だ。


「私、確か青い石に触って……それからどうしちゃったの? 全然記憶がないんだけど。それに、その傷――」

「…………」

 カルツがすっと目を逸らす。……言葉は少なくとも、カルツの行動は意外と読み取りやすい。こうして目を逸らすときは、 に何かを隠したい時だ。


「……カルツ。私、何を――」

「…っだ――! もうウザってーなー! おめーが死猫に取り付かれて、やられたって言やぁいいじゃねーか!」

「!?」


 その時突如として割って入った声に は目を剥いた。バッと振り返るとあまりに予想外の顔が待っていて、 は唖然とした。カルツが眉を寄せる。

「お前……」

「――ヴェルグ!? ……アンタ、なんで…いつからここに――」

「最初っからいたっつーの! 気付かねーかよ、普通!? 状況読まずにイチャつくのも大概にしろってんだ!」

 たっぷりその姿を見つめた にヴェルグが激昂する。 ははたとカルツと視線を合わせ、慌てて少し距離を取った。そんなつもりはなかったのだが……指摘されると結構気まずい。
 無理やり顔を戻した と視線を合わせ、ヴェルグは口の端で笑った。


「――ふん。最後に見た時に比べりゃあ、ずいぶん血色が良くなったみてーじゃねーか。あの時はあのままおっ死んじまうと思ってたぜ」

「………最後?」

 ヴェルグと会った最後。――それは、いつだっただろう。 が首を傾げかけると、ふたりの間にカルツが静かに割って入った。

「お前は……言わなくてもいい事を次々と……!」

「うっせー。黙ってりゃ解決するって問題でもねぇだろーが。そうやって何もかも隠そうとするから裏目に出るんだって事、いい加減気付けよ」

「……黙れ……っ」

 
 ――なんだか非常に険悪な空気が流れ始めた。それはともかくとしても、状況は読めないがヴェルグが最初に告げた言葉は見過ごせないものだ。
  は困惑しながらもカルツの肩に手を掛けると、振り向いた顔を真剣な表情で見上げた。

 嫌な予感がする。けれど――確かめなければ。


「……カルツ……。何があったの……? 私、何をしたの――?」


 その言葉にカルツは苦渋の表情を浮かべると、搾り出すように息を吐いて答え始めた。








「…………」

 あの村であった出来事を全て把握した は、重い沈黙をもってカルツを見上げた。
 指先から身体じゅうが冷えていく。震える指を真新しい血の跡に添わせると、掠れた声が喉から漏れた。


「……私が……やったのね……」

 全く記憶がない。誰かが入り込んだ痕跡すらない。けれど確かに自分の指にはカルツの血が残っていた。そしてカルツの身体には、引っ掻かれたような痕が無数に散っている。
 ――なぜ。そんな事をするためにこの村に来たのではないのに、どうして裏目に出てしまうのか。
  が視線を外して奥歯を噛み締めると、カルツは静かに告げた。

「違う。君は悪くない。……君は身体を支配されていただけだ。そして私はそれを防げなかった。だから……君が気に病む事はない」

「でもっ……!」

 顔を上げた に対し、カルツがゆっくりと首を振る。その表情は を気遣うだけではなく、何か別の憂いも含んでいるように見えた。 が再び口を開きかけると、またもや低い声によって会話が遮られた。


「――で? あの『ナタリア』とやら、お前と何の関係があるワケ?」

「……っ」

 軽い口調でいながら、ヴェルグの声音には深く斬り込むような鋭さがあった。カルツの頬が強張る。

「あんだけ執着されるとは、ただ事じゃねーよな? すました顔してこの村で何やったんだ? お前」

「ちょっと……!」

 ヴェルグが口元を歪め、鼻で笑った。 は振り向くと悪魔を軽く睨み付けた。横やりに悪魔が白けた顔をする。睨み合いかけたふたりは、今度はカルツの声に揃って振り返った。


「ナタリアは……私の婚約者だった……猫だ」





「…………」

「……うっそ」

 たっぷり沈黙したふたりは、目を見開いてカルツをまじまじと見つめた。ヴェルグは明らかに面白そうな笑みを浮かべて。 は若干青ざめた顔で。
 ヴェルグの視線を煩わしげに避けると、カルツは重い溜息と共に口を開いた。


「嘘ではない。――昔、私が冥戯にいた頃に……ナタリアの親が決めた関係だ。もっとも当時はナタリアもまだ子供で、実際に何か関わりがあった訳ではない。数える程しか会った事もなかったし、私は村を出て……そのまま命を落としたから、あの猫は他の雄と結ばれたのだと思っていた。それが、あんな――」

 そこまで告げてカルツは沈痛に視線を落とした。変わり果てたナタリアの姿を思い浮かべているのだろう。

 悪魔ふたりから聞いた話によると、ナタリアはカルツに並々ならぬ執着と憎悪を見せていたらしい。魂のみの存在になって感情が増幅されたとしても、生前から強い想いを抱いていただろう事は想像に難くない。
 逆算すると、カルツが去ったのはナタリアが成猫になろうかという頃だ。それからの雌猫に何があったのかは、ここにいる誰にも分からない。


「ヘコむのは結構だけどな、あの村に行きゃ……あいつ、また襲ってくるぜ。あの村でまだ快楽の感情が息づいてんのが感じられる。おおかた他のモンに寄り代を移して、お前の来訪を待ってんだろうよ」

 思考に沈んでいた は、ヴェルグの言葉にハッと顔を上げた。カルツも苦渋の表情を浮かべているが、驚いてはいない。……彼も予測していたのだ。

「あいつはジバクレイ……つっても分かんねーか。あの土地に縛り付けられたまま、動けねぇ魂だ。廃村にそのまんま放っといても害はなさねぇ。呼びかけがちっとうぜーが、シカトすりゃ済む話だ。ぶっちゃけ呼び損ってヤツだ」

 ヴェルグがちらりと意味ありげな視線をカルツに向ける。カルツはその眼差しを受け止めると、口を開いた。


「だが……あのままにはしておけない」

「はぁ? マジかよ。襲って下さーいって言いに行くようなモノだぜ? どこまでマゾなんだよお前」

「被虐趣味はない。お前と一緒にするな。――私が行かない限り、あの者はずっと私を呼び続けるだろう。それではあの場所にはいつまで経っても新しい猫が寄り付かないし、あの猫が……浄化される事もない」

 きっぱりと告げたカルツに、ヴェルグは少し目を見開いたあと歪んだ笑みを向けた。茶化すように口笛を吹く。


「さっすがお優しい悲哀の悪魔様だな。狂いし者にも慈悲を与えん、か。……テンシにでもなったつもりか? 何様のつもりだよ」

「……そのような事ではない」

 冷ややかに放たれたカルツの言葉で、その場には沈黙が流れた。ヴェルグは興を削がれたように窓から見える陰の月を見ているし、カルツはじっと考え込むように目を伏せている。 はそんなカルツを見ながら、思いを巡らせていた。


 確かにカルツの性格からすれば、その猫(既に猫と呼べる存在かどうかは置いておいて)を放って再び元の暮らしに戻るという事はないだろう。多少なりと己に関わりがあり、ましてその原因に深く自分が結びついているのだとしたら、それを見過ごせるような性格ではないのだから。

 だが――再び合間見えれば、ふたりの末路は決まっているも同然だ。その猫が歪んだ願いを叶えてカルツを滅ぼすか、カルツがその猫の魂を完全に浄化する……と言えば聞こえはいいが、打ち倒すしかない。
 前者は何があっても叶えさせるわけにはいかない。ならば後者か。しかしそれだとカルツは……既に死んでいるとはいえ、かつての同胞を手に掛ける事になる。

「……っ」

 そこまで考えた は、頭の片隅にキリリとした痛みを感じて眉を寄せた。
 同胞を倒すカルツ。そんな光景、見たことがないはずなのに――頭の中で鮮明に記憶が蘇った。


『早く! 手遅れになる前に……』

『あの子を愛してくれて――ありがとう』


(な――。……『あの子』って……誰……?)

 カルツの後姿が浮かぶ。それを振り切って、自分は駆け抜けた。……そう、誰かを追うために。
 その誰かとは、誰だ――? 喉から零れ落ちそうな名前に咄嗟に口を覆った は、ヴェルグの声にハッと顔を上げた。


「次の満月の夜――三日月後あたりには、また出てくるんじゃねーか? 一番魔力が強まるからな。やられたいっつーんなら、のこのこ乗りこみゃあいい」

「お前に言われるまでもない。……三日月、か。それなら私の力も回復するな」

「……私も……っ」

 瞳孔を引き絞り満月寸前の月を見上げたカルツに、 は思わず声を上げた。
 記憶は取り戻したい。だがカルツの心身の無事の方が優先だ。同胞を殺すという時に、大人しく待っている事などできない。

 カルツを見据えて が次の言葉を口にしようとすると、カルツは鋭く告げた。

「駄目だ。君を連れて行くわけにはいかない。もしまた乗っ取られたらどうする」

「でも……今日は石に触ったから……!」

「絶対に駄目だ。ナタリアは確実に私を狙ってくる。君まで巻き添えにする訳にはいかない」

「だからって何もせずに待ってるのなんて――!」


 自分のあずかり知らぬところでカルツが傷付けられる。もしかしたら――死ぬかもしれない。
 カルツの心と身体を案じるのと同時に、 は後に残される恐怖を咄嗟に想像して怯えた。
 ……身勝手だ。そんな理由で付いていきたいと思う事など利己的だと分かっているのに、カルツをひとりで行かせる事が恐ろしくてたまらない。

 言葉を失い無言で見上げた に、カルツは静かに告げた。


「君のその憂慮は、必要ないものだ。私のためと言いながら自分の心の平穏のために君についてこられるのは、はっきり言って迷惑だ。君を守りながら闘える保障もできない。……君は、ここで待ちなさい」

「……っ」

「……いいな」

 はっきりと図星を指され、 はもう反論する事ができなかった。念を押すように問われ、唇を噛み締めて黙り込む。するとそれまで傍観していたヴェルグが突然 の腕を取り、小屋の扉に向かって歩き始めた。



「い…っ。――何? ちょっと……!」

「話は終わりだろ? ――メス、借りるぜ。……来いよ」

「おい。何をするつもりだ……!」

 力強く引っ張られ、 が引きずられていく。カルツが声を荒げると、ヴェルグは鼻で笑って扉を開けた。


「ちっと話するだけだ。なんもしねーよ。出てってもらった方が、お前だっていいんじゃねーの?」

「……!」

 カルツの顔がはっきりと強張る。それを が横目で見たのを最後に、扉が音を立てて閉じられた。










「……何……?」

「あー、泣くなよ。メスの涙ほどウゼーもんはねぇからな」

「…! 誰が泣いてるのよ!」


 小屋から数分の夜の森に連れ出された は、ヴェルグの呆れるような声を聞いて眦を吊り上げた。モヤモヤと沈んでいた気分に追い討ちを掛けられ、気分は最悪だ。半ば八つ当たり気味だと分かってはいたが、悪魔を睨まずにはいられなかった。
 そんな の視線を受け止め、ヴェルグは投げやりな溜息をついた。


「ほんっと、言葉が足りねー悪魔だよな。あんなん言って――」

「――分かってる……。カルツは私を心配してくれただけ。でも私が聞かなかったから、ああいう風に言うしかなかったのよ……」

 小屋の方に視線を向けたヴェルグの言葉を継いで、 は呟いた。
 激昂した感情が一瞬にして冷え、溜息が漏れる。 は足元の土を意味もなく踏みしめると、薄く自嘲の笑みを浮かべた。


「……おかしいでしょ、私。カルツに縋って、彼がいなくなる事に怯えて……。前はこんなじゃなかったのに、最近情けないったらないわ」

「…………」

 上方からヴェルグの視線を感じる。珍しい沈黙をいい事に、 は胸に詰まった塊を吐き出すように言葉を重ねた。

「潮時なんでしょうね……。こんな事を続けてたら、お互い一歩も進めないわ。――ああもう、やめやめ! 覚悟を決めたはずなのに、すぐ弱気になるんだから!」

 溜息を吐ききった は、次に大きく息を吸い込むと頭を掻きむしった。髪がグシャグシャになろうと構わない。すぐに暗い思考へと傾くのは、ここ数年の悪い癖だ。

 
「……しい……」

「……?」

 するとそれまで沈黙を貫いていたヴェルグが、かすかに唸り声を上げた。 が耳を澄ませると、ヴェルグは腹の底から言葉を搾り出した。


「あー、鬱陶しい! なんなんだおめーら、ふたり揃ってウジウジウジウジと! お前まであいつの陰気がうつっちまってるじゃねーか! グダグダ悩むなら一発ガツンと入れてくりゃいいじゃねーか! じゃなきゃ迫れ! どうせ何も言えてねーんだろ。だったら押し倒して一発ヤって、あいつの顔を見てみろよ! よっぽど事態が動くだろうよ!」

「…!?」

 弾幕のように叩き付けられた言葉に、 は反応するよりもまず唖然とした。そんな に構わず、ヴェルグは次々と言葉を並べていく。

「『お前が心配』だ!? あ!? ンなん昔のオンナに過去バラされて、いたぶられるトコが見られたくないだけじゃねーか。それで死んだら終わりだっつのに、結局カッコつけなんだよあいつは。なーにが『君はここで待ちなさい』だ。お前、待たされたまま婆さんになって死ぬぜ」

「……ちょっと! 縁起でもないこと言わないでよ! カルツが死ぬわけないじゃない!」

「知るかっつーの。だいたいお前も、四の五の言う前に張り付いて奴を止めろよ! それができなきゃへばり付いてでもついていけ。そんで一緒に死ね。運が良けりゃ生き延びろ」

「……!」

 真上から威圧するように吐き捨てられた言葉に、 は息を呑んだ。白くなった思考を埋め尽くすようにヴェルグの言葉がさらに染み込む。

「死ぬわけない……だぁ? 悪魔だって死ぬ。あいつだって二度死んだクチじゃねーか。いつまでも一緒にいられるなんて、馬鹿な夢を見んなよ。夢見がちな歳でもねぇだろうに」

 容赦なく言葉が突き刺さる。 を喰らい尽くすような勢いで、ヴェルグは凄んだ。


「――欲しいなら今、手にしろよ。明日はねーかもしれねぇ。……何をためらっている? まだ死んだ奴に遠慮してんのか」

「…………。え……?」


 ずい、と向けられた視線に は沈黙した後、目を見開いた。
 ――死んだ奴? 遠慮? ……何の事だ。


「あれから何年経った? 引きずるにも程があんだろ。お前らがどうこうなるのを祟るような猫でも――」

「……待って。――誰のことを言ってるの……?」

「あ……?」

 ヴェルグの言葉を遮り、 は蒼白になって告げた。ヴェルグが眉間に皺を寄せる。

「誰って、あの黒猫の事だろーが。えーと……名前、なんつったか……」



「………。黒、猫――」

 意図せず掠れた声が零れた。ゴクリと喉が鳴る。 の脳裏に、おぼろげな記憶が閃いた。



 ――黒い、後姿。鞭のようなしなやかな尾が揺れる。その背に向かって自分は呼びかけた。

『――   ――!』



「……っ……。……っあ……、あ……!」

「……何だよ?」


(名前――。何……、誰……!?)

 血の気が引いていく。顔を覆って震えだした に、ヴェルグが怪訝な視線を向けた。ヴェルグは目を眇めると、心中を推し量るように を凝視した。その双眸が驚きに見開く。


「……マジかよ……。つか信じらんねぇ。そりゃ発展しないわけだぜ……」

 だが呆れと驚きを含んだ呟きは、 には届かなかった。なおも震え続けた は、頬に軽い衝撃を感じてハッと目を上げた。


「え……?」

「――おい、いつまで飛んでんだ。隙見せてっと襲うぞ?」

「あ……」

 見上げると、 を叩いた姿勢のままヴェルグがこちらを見下ろしていた。
 記憶の光景が遠ざかる。額に滲んだ汗を拭い、 は大きく息を吐き出した。

「……ごめん。ちょっとビックリして」

「…………」

 ヴェルグはなおも、 を見透かすような視線を向けてくる。……気付かれたのだろう。いびつな心の在り方を。
 ヴェルグに聞いてしまおうかと、 は一瞬思った。カルツに尋ねるほどは気が咎めないし、あっさりと教えてくれそうな気がする。だがすぐに心の中で首を振った。――自分で思い出すと決めたのだ。ここで甘えても、きっと元の木阿弥に終わるだろう。


「……おめーらよぉ……」

「……?」

 ヴェルグの顔を眺めたままわずかに脱力した は、ヴェルグの呆れたような呟きに顔を上げた。見上げると心底馬鹿にしたようでいて、同時に面白がっているようなオッドアイが自分を見ている。

「ほんっっっと………馬鹿だな」

「…………」


 思い切り溜めて言われた。……意味が分からない。
  はぽかんと固まったが、それでもその言葉に怒りが湧いてはこなかった。なぜだがどこか納得できるような気すらする。
 次第に湧いてきた苦笑を隠さず、「……そうかも」と は呟いた。


「なんでそんなに七面倒くさい事になったんだか知らねーけど、ま、やれるだけやってみろよ」

「……ん、ありがと。――なんだ、アンタ結構いい奴じゃない」

「けっ。まあ結果なんざ既に見えてるが――って、あ?」

 頭上で腕を組み投げやりに呟いたヴェルグに が初めて好意的な視線を向けると、ヴェルグはさも嫌そうに顔を歪めた。だが何かに気付いたように言葉を切り、 を眺め回す。

「……?」

「ああ……もうそんな時期かよ。ふーん、へー」

「な、何よ……。その視線、嫌なんだけど……!」

 身体のラインを辿るように視線が絡みつく。 がわずかに後ずさると、ヴェルグは の額に指を一本突きつけた。


「――あいつを落とすコツ、教えてやろうか」

「え……。――は……?」

 オッドアイが間近に迫る。闇夜に光る二色の輝きに射すくめられ、 は目を見開いた。



「……どれだけお綺麗な顔をしていようと、あいつだって結局は悪魔だ。欲望には――逆らえない」



「……ッ!」

 ヴェルグの双眸が光る。思わず瞳を閉じた は、額に熱い衝撃を感じてたたらを踏んだ。
 熱はすぐに消え、静寂が訪れる。恐る恐る瞼を開いた は、困惑の眼差しでヴェルグを見上げた。


「……な、なに……?」

「まじないだよ。ちょっとしたサービスだ。あー、俺様ってなんて優しい悪魔!」

「……?」

 そんな事を言われても、特に何が変わったとも思えない。怪訝に眉を寄せた の目の前で、ヴェルグは手から炎を生み出していった。


「ちょ、ちょっと……。何したのよ……!」

「そのときになりゃ分かる。ま、せいぜい有効に活用しろよ。……あんまウダウダしてっと、お前今度こそ本当に悪魔になっちまうぜ。世話焼かせんなよなー」

「待っ――」

 ヴェルグが消えていく。咄嗟に手を伸ばした の手の先で、炎はふつりと掻き消えた。



「……な……何なのよあいつ……」


 登場と同じように唐突に消えていった悪魔を見送った は、虚空に向かってボヤいた。
 そうしてしばらく暗い森で時間を潰すと、カルツの待っているだろう小屋に向かってトボトボと歩き出したのだった。



 










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