7、想いの在りか






 森はすっかり闇に沈んだ。縋り付いていた大木にいつしかもたれて座っていた は、ぼんやりと暗い地面を見下ろしていた。


 心にぽっかりと穴が空いたようだった。それと同時に、ようやく穴が埋まったのだという気もした。

 全てを思い出してみても、あの頃のようにただひたすらに死にたいと願う気持ちは湧いてこなかった。
 胸は引き絞られるように痛み、今もドクドクと血を流し続けている。けれどあの日から時間が止まっていたとか、そういう感覚はなかった。
 記憶を失っていようがいまいが、 の心にも……確実に時間は流れていたのだ。

 アサトを愛しく思わなくなったわけではない。愛していたがゆえに彼の死に絶望し、また思い出すことを恐れた。それでも過ぎ去った時間…カルツと共に過ごした時間の分、痛みは心に溶けて沁み入り、 の中でようやく拒絶なく受け止められるようになっていた。
 時間が癒した。そして――カルツが癒した。


 カルツが記憶を凍らせるまでもなく、あの闘いが終わった時点で既に の心は死んでいた。
 後に残った緩徐に死に向かっていく身体を救ってくれたのは、コノエだ。空っぽの自分を彼は何度も慰め、温め続けてくれた。コノエがいなければとうの昔に は心身とも滅んでいただろう。
 それでも戻らなかった心に火を灯してくれたのが、カルツだった。記憶を失ってなお虚無に侵された を連れ出し、慈しみ、そして……思い上がりでなければ、愛を与えてくれた。

 ふたりをはじめとしてカガリが、バルドが、ライがトキノが温め、生かそうとしてくれた。こんな甘ったれたどうしようもない自分を。
 生かされた。生かしてくれた。だからこそ世界を巡り、今ここに存在していられる。


 アサトを忘れていたことは罪ではあるけれど、この期間が無駄だったとは思わない。世界を知り、カルツを知り、いつしか罪を受け入れる準備ができていた。……生きていて良かったと、今ならば思う。

 どれだけ感謝してもしたりない。この命を――今度こそ捨てるわけにはいかない。





 おぼろげだった地面が、次第にはっきりとした輪郭をもって見え始める。すると足元から染み入るような冷たさが伝わり、 はふるりと耳を揺らした。だいぶ冷えてきている。

「さむ……。――?」

 そのとき真っ暗だった森に、ふわりと何かが舞い落ちた。白いそれは……雪だ。思えばあの闘いのとき以来の雪が、 の肩に落ちた。
 ふと空を見上げた は、ハッと目を見開いた。厚い雲の果てにあるのは――満月のはずだ。

「……ッ……」

 ナタリアが活動を始めるときを、カルツが見逃すはずはない。 は立ち上がった。
 本来なら陰の月もだいぶ高く昇っている時間のはずだ。時を忘れるにも程がある。
 ……間に合うだろうか。 は踵を返すと、小屋に向かって全力で走り始めた。





「カルツ! ――ッ!!」

 小屋の扉を勢いよく開いた は、己の期待が打ち砕かれた事を知った。……カルツは、既に小屋にはいなかった。

 出て行ったのはいつだ。不安定な を慮って何も告げずに行ってしまったのか、火急に村に向かわねばならない何かがあったのかは判らない。だが、おそらくそう時間は経っていない。……すれ違った。
  は舌打ちした。そして小屋の隅に置かれた、もう身体の一部のようになっている剣を掴むと再び戸外へ飛び出した。

 村を探しながら走っていったのでは間に合わない。カルツは空間転移を使っているのだ。 が辿り着く頃になどとっくに闘いは終わっているだろう。ならば――


「――ヴェルグ! ヴェルグ!! ……いるんでしょう!? 私のところに来て!」

  は小雪の舞う暗闇を見上げると、今思いつく限りで最善の手段を講じる事にした。



 あの悪魔が自分の呼びかけに応じてくれるかなど分からない。けれど、今はこれしか方法がない。
 それに はなんとなく、ヴェルグが自分たち二匹に注意…まではいかなくとも興味を持っているような気がしていた。あの悪魔のことだ。この顛末を空の上から笑って見ているかもしれない。

 かくして数秒後。 の予測はありがたくも的中した。炎と共に現れたヴェルグの姿に、 はうっかり涙ぐみそうになった。


「……んっだよ。忙しーのに呼び出しやがって。要件は――」

「空間転移! して! お願いッ!」

「…………」

 開口一番、パンと顔の前で手を合わせて叫んだ に、ヴェルグが少しだけ目を見開く。だがすぐに歪んだ笑みを浮かべると、ヴェルグは に問い掛けた。

「……嫌だ、つったら?」

「……脅してでも飛ばしてもらう」

「へー……」

「…………」

 真顔で答えた に、ヴェルグの冷たい視線が降り注ぐ。だがこれ以外に言いようがない。詳しく説明している時間はないし、上手い言葉も思いつかない。だがら は視線に力を込めてヴェルグを見つめ続けた。


「……はっ。こえーメス」

 やがてどこか面白そうに笑った悪魔の顔に、肩から少しだけ力が抜ける。ヴェルグは を見下ろすと確認するように問うた。

「闘いに行くのか」

「ええ」

「お前が行ったって大した役には立てねーとしても?」

「ええ、それでも。……大した役には立てなかろうと、微々たる助けにはなるかもしれない。……私は守ってもらうために行くんじゃない。カルツが傷付くのが怖いから行くんじゃない。この数年、誰よりも近くにいたひとの闘いを――この目で見届けるために行くの。そしてできる事があるなら、私も闘う。それができないなら今度こそ私はここで消え去った方がいい」


 この数年、自分がしてきた事。
 アサトを忘れ、カルツに縋り、温かな羽の中で守られてきた。自分から行動を起こす事も彼と共に闘う事もなく、ただ一方的に守ってもらっていた。
 ……だが、そのひずんだ関係は今日終わりを告げた。いつまでも殻の中にはいられなかった。

 罪を犯した。その罪を肩代わりしてくれた彼が、闘いに赴いた。かつての同胞との闘いに。
 ……今、自分にできる事はなんだろう。そう考えたとき、 の頭に中にはたった一つのことしか浮かばなかった。カルツと――共に行きたい。守られるのではなく、共に立つために。
 おこがましくも、全てを思い出してもその想いだけは消える事がなかった。



「……? ――った……! 何すんのよ!」

 顎を引いて見つめ続けた の頬を、そのときヴェルグが突然指で摘まんだ。そのまま引っ張られ、痛みに顔が歪む。

「おめーよぉ……。まー随分と血色良くなっちまいやがって。……本当に答えが出るとは、猫ってのは全く節操がねーなぁ。そんなに奴との一発は良かったか?」

「は………。――ッ! やっぱりアンタが……!!」

  の頬を放し、ヴェルグはニヤリと見透かすような笑みを浮かべた。 はぽかんとした後、思い当たる節を見つけて眉を吊り上げた。

「アンタ、私に変な術かけたわよね!? おかしいと思ったのよ!」

「ああ。奴相手にも発情したろ? 奴には何もしてねーから、まぁ色気がようやく通じて良かったじゃねーか」

「どこがよ! 誰があんなこと頼んだ!? 勝手に――」

「――だが、お前はそれを利用したんだろう? そんで奴とよろしくヤって、黒猫の記憶を取り戻して頭スッキリ。結果万歳じゃねーか」

「……!」


 ――利用なんてしてない。すっきりなんてしてない。 はそう反論したかったが、なぜか言葉が出てこなかった。それは心のどこかで否定しきれないと思ってしまったためかもしれないし、口を開いた瞬間にカルツとアサトへの複雑な想いが零れてしまいそうになったからかもしれない。
 しばらく口を引き結んだ は、結局ヴェルグの頬を引っ張り返すことで悪魔に怒りを伝えた。


「いってーな。お前、誰に向かってこんな事してる?」

「あらごめんなさい。悪気はなかったけど、ついやっちゃったわ。――それより、どうなの?」

「……性格悪ィな……。――いいぜ、仕方ねーから連れてってやる」

「……! あり――」

「ただし、相応の対価は支払ってもらう。当然だよな?」

 ヴェルグを見上げた は、冷酷に光った悪魔の目にぐっと息を詰めた。……どれだけチャラけていようと、ヴェルグは悪魔だ。 ごときに言い負かせられる相手ではない。
 ――呑まれるな。 は知らず手を握り締めていた。


「お前は代償に何を払う? 身体か? 魂か?」

「……魂は無理。自由も渡せない。お金は……アンタには必要ないか。じゃあこれも無理ね」

「お前な……無理無理ばっかじゃねぇか。だったら身体で払うのが相応だよな?」

「……本当にそんなものが欲しいの? だったら一回ぐらいなら検討するけど、アンタ、別に困っちゃいないでしょ。私なんか面白くないわよ」

「…………」

 呑まれるなの一心で、だんだん何を言ってるのか分からなくなってきた。しかし何をされるかは知らないが、ここで引けばきっと先には進めない。それならば当然それなりの犠牲を払う覚悟も必要だと、 は本能的に悟っていた。
 だがしばらくすると、ヴェルグは興味を失ったようにぼそりと告げた。


「……つまんねー」

「は?」

「嫌だ嫌だ言ってる奴を組み敷くのが楽しいってのに、最初っから合意じゃ面白くねーよ。後でアイツとやり合うのも面倒くせーしな。……おら、行くぞ」

「え? ――ちょ……っ」

 代償の話の途中ではないのか。ぽかんとした を引き寄せ、ヴェルグが集中し始める。
 ……これは、飛ぶ前兆だ。だが――


「……ちょっと! アンタどこ掴んでんのよ!!」

「ケツ。……けっ、肉の薄い尻だな。おめー、もうちっと胸と尻にボリュームがありゃ好みだったのによ。俺オンナなら巨乳の方が好きなんだよな」

「知るかー! アンタの好みなんてどうでも――、……!!」


 ヴェルグにがなったその瞬間。 の意識は強烈な歪みに捻じ曲げられて、霧散した。












『あら……。随分と早いお越しですこと……』

「……君から呼んでおいて、何を言う」


 その頃。冥戯に飛んだカルツは、大木の側に佇むナタリアと相対していた。 

 森へと飛び出していった は、『哀』の感情を迸らせていた。追った方がいいのか、いや追わない方が良いのではないか。しばらく逡巡していると突如として冥戯から自分を呼ぶ声が聞こえ、カルツは仕方なくここに赴いた。
 先程から降り出した雪が地面を覆い始めている。白い吐息を吐き、カルツは静かに雌猫を見遣った。


「『来なければ を呼び出して殺す』……か。そんな事をしなくても、私は逃げたりはしない」

『さあ……。貴方の事だから、またどこかに行ってしまうのではないかと思って』

 ナタリアが袖で口元を隠し、「ふふ」と笑う。妖艶なその笑みはカルツが知っていた娘の頃とは違い、カルツは困惑せざるを得なかった。
 今日のナタリアは、先日の最後に見かけた真実の……おそらくは死んだ頃の姿でカルツの前に現れた。実体はなく、背後の景色が透けて見える。だがはっきりと顔を見るほどに、その猫が確かにかつての婚約者であることをカルツは思い知った。


『そんなに見ないで下さいな……。貴方と違って、わたくしは老いたわ。もう、貴方の視線に耐えられる容姿ではありませんのよ』

「……そんな事は……」

 恥ずかしげに俯いたナタリアにカルツは咄嗟に言い返しながらも、どこか違和感を感じていた。
 ……この間とは、随分態度が異なる。日を置いて少しは落ち着いたのだろうか。今ならば、こんな事態に至った理由を聞けるような気がした。


「……少し、教えてはくれないか。この前、君は炎に巻かれて死んだと言っていたな。失躯に掛かったわけでもない、リークスに加担して死んだのでもない。私が死んでから……一体君に何があったんだ?」

『…………』

 ナタリアがスッと目を細める。目元から笑みが消え、冷たい眼差しが伏せられた。だがしばらくして再び薄く笑うと、ナタリアは赤い唇を開いた。


『昔話は嫌いなのだけれど――せっかくだから、少しお話ししましょうか』







 かつてこの村には、美しい娘猫がいた。裕福な家に産まれた雌猫…ナタリアは、幼い頃から甘やかされて育った。
 そして産まれてから15年余りが過ぎた頃、村の雄から婚約者を選ぶ事になった。ナタリアは一匹の雄を指名した。――カルツだ。

 他の雄たちとは違って気味が悪いほど魔導に傾倒しているわけでもなく、冷静に己がやるべき事を見据えている彼は、誰よりおとなびて見えた。それにあの端整な容姿の猫が自分の夫になるのかと思うと、幼いナタリアの心は浮き立った。

 一方のカルツは自分が選ばれたことを知り、困惑した。気の強い、はっきり言えば高慢な態度の幼い雌はどちらかと言うと苦手だったし、ナタリアの方もカルツに会えば常に生意気な事を言ってすぐ立ち去っていたので、とても好かれているとは思えなかった。親の命で仕方なく従っているのだろうと思った。


 互いに幼かった。まだ好意を表現するすべを知らなかった。隠された好意を読み取る力がなかった。
 二匹がもう少し大人だったら、未来は違っていたのかもしれない。


 やがてカルツは去った。誰にも告げることなく村から消え、二度と戻っては来なかった。
 後から聞いた話で、吉良の雌猫と逢引して追われたあげくに殺されたのだと知った。そのときナタリアは、絶望と嫉妬で荒れに荒れた。

 すっかり元気をなくしたナタリアは、しばらくして村長の館に迎え入れられる事になった。
 代替わりした長はまだ若々しかったが自分の父親と同じくらいの歳で、ナタリアは最初吐き気が出そうになった。それでも亡くなった前妻に継ぐ正妻として大切に扱われ、ナタリアの自尊心は一応の満足を得た。――しかし。


 リークスに加担して村の猫がおかしくなっていった頃から、ナタリアの生活も足元から崩れ始めていった。



 ――旦那様! なぜこんな事をなさるのです! わたくしが一体何をしたと……!?

 ナタリア……そこにいれば、お前は安全なのだ。外は危ない。私を悲しませてくれるな。




『失躯で村の雌猫がどんどん亡くなって、旦那様も焦ったのでしょうね。わたくしは……館の地下にある檻の中に閉じ込められたわ。わたくしが外に出て失躯に感染する事を恐れた、旦那様の手で』

「……っ……」

『あの方は狂っていたわ。……でもそれまでは衝動を理性で押さえ込んでいた。けれど――たび重なる魔導との融合で、タガが外れたのでしょうね。……旦那様はわたくしを檻に捕らえる事をことのほか気に入られた様子だった。わたくしは蹂躙されたわ。暗闇の中で、まるで物であるかのように……っ。あの雄……!』

 ナタリアの声がぶれる。思い返して怒りが湧いてきたのか、その姿までが危うげに揺れた。

『それからリークスに操られて滅ぶものが増えてきて……あの雄も、手駒としてよその村に向かう事になったわ。最後に彼が残した言葉は――「お前を誰にも殺させはしない」。わたくしは解放されるのかと思った。けれど……!』

「…………」

『あの雄は館に火を放ち、わたくしごと焼き払ったのよ! 檻の中で、わたくしはなすすべもなく焼き殺されたわ。身体が滅び、魂が消えようとした瞬間、わたくしは叫んだ……!』


 ――なぜ、誰のせいで、わたくしがこんな目に……!!


『貴方が……貴方さえいなければ――いいえ、貴方さえわたくしを裏切らなければ、わたくしは地獄を見ることはなかった! あんな雄に囚われることも、こんな風に醜く老いることもなかった!』

 ナタリアが絶叫する。その目は既に正気を宿してはいなかった。涙を流しながら、爛々と笑ってカルツをねめつける。叩き付けられた憎悪にカルツは顔を歪め、口を開いた。


「だから――私を憎んでいるのか」

『そうよ! 死んでまでこの地に残り、醜く叫び続けてしまうほどに貴方が憎い! あまつさえ――またしてもわたくしではない雌を貴方は愛している!! 幾度も失敗を繰り返すその愚かさ、万死に値するわ!』

「ナタリア……っ」

『今さら名など呼ばないで!』


 ――妄執。そんな哀しい言葉が、カルツの頭を過ぎった。
 魂のみの存在となったナタリアは、周りが見えていない。ただカルツだけに執着し、カルツをひたすらに憎む。だがそうさせた原因の一端は……間違いなく自分にある。


 ナタリアの姿が燃え上がり、周囲を青く照らす。ナタリアは背後の大木に背を預けると、狂気の笑みを浮かべた。


『ねぇ、カルツ様――。今度こそ、わたくしのものになってはもらえませんの? ずっと……お慕いしていましたのよ?』

「…………。すまないが――それはできない。私は君を眠らせるために……ここに来たのだ」

『そう……。ならば、お喋りの時間はおしまいね。――貴方を殺すわ』


 ナタリアの姿が大木に入り込み、同化する。しばらくすると不自然に枝がざわめき始め、カルツは迎撃体勢をとった。









「……くっ……。――カルツ、どこ……!?」

「うおッ、と……! 暴れるんじゃねー!」


 相変わらずひどい感覚の空間転移を経て冥戯の上空に現れた は、足元に目を凝らして叫んだ。
 厚い木々に覆われ、しかも夜ではカルツがどこにいるのか分からない。もがいて地上に飛び降りようとした を、慌ててヴェルグが制した。

「こっから飛び降りたら猫でも死ぬっつーの! 少し待ってろ!」

 ヴェルグが少しずつ高度を下げていく。 はジリジリと焦る気持ちを抑えながら、ヴェルグに問い掛けた。


「ねぇ。悪魔って、賛牙の歌……効く? 今まで闘いのために歌った事はないのよ」

「あぁ? 俺は別に必要ねーけど……効くんじゃねーか? そういやあいつもあんなツラして元闘牙だったっけか」

「そう。……あ! 光ったわ。――あそこね!」

 ぼんやりとヴェルグが呟いた次の瞬間、 の足元で青い光が瞬いた。……カルツが力を使っている合図だ。
 この高さなら降りられる。 は相変わらず尻を掴んでいたヴェルグの手から腰をひねらせると、トンと悪魔の身体を押した。


「ありがと! ――アンタ、やっぱり結構いい奴だったわ!」

「おい!?」


 金糸をなびかせて、 が落ちていく。ヴェルグが叫ぶよりも早く、その姿は木々に阻まれて見えなくなった。
 ……まったく馬鹿だ。この高さなら、下手すれば重症を追うかもしれないのに。
 だがその馬鹿猫が見せた、生来の無鉄砲さは――結構小気味いいものだった。

 この後は、見届けるまでもないだろう。ヴェルグは口端を吊り上げると、闇夜へ姿を掻き消した。


「……しっかりやれよ。馬鹿猫ども!」











『ほらほらほら! 貴方の力は、そんなものじゃないでしょう!?』

 耳障りな金きり声を上げて、木の枝が縦横無尽に迫ってくる。冥戯の大木に憑依したナタリアは、枝を自由に伸縮させてカルツを襲ってきた。

 決して勝てない相手ではない。ナタリアの憑依の源……おそらく先日の輝石のようなものを見つけて破壊すれば、その動きは止められるだろう。
 だが鞭のような枝の動きは捕らえどころがなく、また氷や水で攻撃を仕掛けても本体が生身ではないため、ナタリアには全く効かないようだった。何より攻撃の意思に全く迷いがない。

(……どうする……?)

 これでは源を探ろうにも隙が見つからない。息を整えてわずかに思案したカルツの背後で、そのとき細い枝がぴたりと照準を合わせた。死角からの攻撃にようやくカルツがハッと気付いたとき―――



「カルツ! ――させない!!」

「……!」



 カルツの背後で、金糸が闇に舞い散った。


 












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