「ン、ちょ……ッ! ――きゃあッ!」

「きゃあ? ……そんなに可愛らしい性格ではないだろう」

「私の叫びなんてどうでもいいのよ! それより、アンタ……!」




   12、金糸銀糸





 ――口付けられ、抱きしめられ、体温を感じたと思ったその瞬間。 はライに軽々と抱え上げられた。抱きかかえたなんて可愛いものではない。まさに荷物のように抱え上げられた。

 大またで部屋の奥に連れて行かれ、寝台の上に投げ出される。涙も引っ込んだ は慌てて上体を起こし、ライが押し倒そうとしてくるのに抗った。


「な、なんでこういう展開になるの……!?」

「……なるだろう。普通に考えれば」

 装備を外しながら冷静に諭され、 はこれまでの経緯を思い返した。
 言われてみれば、自然な流れのような気がしなくもない。

「な、な……なる……かな…?」

「なる。――

「!!」

 低い声が紡いだのは自分の名前だ。曖昧に答えた は呆然と目を見開いた。
 今まで一度たりと、ライがその名を呼んだ事はなかった。特別な響きに は一瞬思考が飛んだ。その頬にライが手を掛ける。突然触れられて、 はピクリと耳を震わせた。


「……嫌か」

「え……? なんで、そんな事――」

 思わず答えてから、 はハッと口をつぐんだ。これではまるで、そんな事はないと言っているようなものではないか。いや、実際のところは確かにそうなのだが。
  の頬に触れたまま、ライは探るように問い掛けてきた。

「発情期のとき、怒っていただろう。本当は拒んでいたのかと思った」

「はつ……」

 瞬時にその時の事が思い出され、 はカッと頬を染めた。だけど……嫌? いつ誰がそんな事を言ったというのだ。

「あ、あれは……! アンタが無神経なこと言ったからでしょ!? ……わ、私はあの時、アンタとだったら衝動を解消してもいいって思ったから頼んだのよ? それをアンタが、初めてだって知ってたら抱かなかったとか言ったんじゃない……! 初めてだとかそんなのは、どうでも良かった。そんなの、分かりきってて応じたの…に……」

 衝動的に叫んだ は、段々言っている事が恥ずかしくなって語尾を萎ませた。尾も萎れる。……一体何を言わされているんだろう。ライも目を見開いている。
 けれど、この際だ。あの時の怒りをぶつけてしまってもいいだろう。

「そ、それに……アンタ、香水の香りつけてて……違うって分かったけど、それでもあの時はすっごく腹が立ったんだからね……!」

 ジト、と が睨み付けるとライはわずかに眉を寄せた。困惑しているという顔だ。

「それは……嫉妬、したのか」

「!! ……そうよ!」

 図星を突かれて は目を見開いたが、開き直って叫んだ。……本当に、何を言ってるんだろう。
 羞恥に が顔を背けると、肩に手が押し当てられた。振り向いた瞬間、 はどさりと寝台に押し倒された。



「わ……!」

「だが、俺の方が……掻き乱された」

「え……?」

 ライが を組み敷く。四つ這いになった身体の下で、 はライの憮然とした顔を見上げた。そしてゾクリと息を詰める。
 一見冷静な表情の中で、いつもは嫌味なくらい怜悧な瞳がわずかに濡れている。じっと浮かぶような熱がそこには宿っていた。

「お前はいつも、俺を惑わせる。馬鹿猫どもや親父もそうだが……あの悪魔やゴロツキどもに触れられているのを見た時、俺がどれだけ――」

 そこまで言ってライは言葉を切った。ふいと顔を背ける。その横顔を見て、 は正しく言葉の先を理解した。

「それも……嫉妬……?」

  が静かに問い掛けても、ライは押し黙ったままだ。 の胸に何か切ないようなものが込み上げる。 は小さく吹き出すと、ライの頬に手を当てて顔を正面に引き戻した。


「ヤキモチ焼き」

「……どっちがだ」
 
 憮然とした声に笑みが込み上げる。 は身体を軽く起こすと、ライの唇に自分のそれを重ね合わせた。









「ん……ん……」 

 軽く触れては離れる口付けを繰り返す。頭を柔らかく抱かれ、寝台に押し付けられると唇の隙間からライの舌が入り込んできた。

「ん……ちゅ……、はぁ…ッ……。んン……」

 今までに二回含まされたそれを、今初めて味わう。……香の時とも発情期の時とも違う。生々しく舌が蠢く感触に はうっとりと酔った。

 ざらついた舌が口腔の上縁をなぞる。くすぐったさに毛を逆立てた は、それを咎めるように舌を絡めた。
 何度となく牙がぶつかる。邪魔なそれも、何度も重ね合わせれば心地良い刺激へと変わっていった。



 やがて唇が離され、ふたりは至近距離で見つめ合った。取った眼帯はそのままだ。妖しい熱の浮かぶライの瞳を覗き込み、 は思わず相好を崩した。

「……何を笑っている」

「いや……。こんな風に穏やかな気分でキスをしたのは、初めてだな…って思って。未遂も入れて、もう何度かしてるのにね」

「…………」

 ライの顔がわずかに歪む。呆れたように溜息をつくと、ライは低く告げた。

「だから、よく考えて発言しろと言っている。……あまり俺を煽るな。どうなっても知らんぞ」

「え?」

 苛立たしげな口調とは裏腹に、ライは少し距離を空けて をもう一度覗き込んだ。瞬きする を見下ろし、低く問い掛ける。

「……本当に、いいのか」

「…………」

 これだけ触れてて、キスをして、今更嫌がるも何もないと思うのだが。
 信じられないのなら、何度でも言葉にしよう。けれど今は、態度でそれを示したかった。
  は両手を上げると柔らかくライの身体を抱き締めた。一瞬息を詰めたライが静かに瞳を閉じる。


「教えてくれ。……温もりを」

 呟いたライが、 の耳に唇を寄せる。ふちをなぞり、フッと息を吹き込まれて が身を竦めると、ライは耳に直接吹き込むように「だが」と続けた。

「穏やかなどとは、言えないようにしてやる。……今夜は」










 有言実行。ライは、その後何かが吹っ切れたように を求めてきた。
 口付けしながら の上着に手を掛ける。服の上から撫でる事もせずに上着を割ったライは、現れた小さな金属に目を見開いた。首から下げられた、これは――


「まだ……着けていたのか……」

「え……? ああ、これ……」

  がちゃり、と持ち上げたのはあの暗冬の日にライが買い与えた銀色のプレートだった。
 バルドに貰った腕輪は、好んで身に着けている事を知っていた。だがこのプレートは――

「……忘れていると、思っていた」

「忘れる訳ないでしょ。……ずっと、ここに下げていたわよ。嬉しかったから」

 ちゅ、と板に口付けると は流し目でライを見た。無意識だろうが強烈に雄を煽る視線だ。
 ライは衝動的にその首飾りを剥ぎ取った。鈍く光る板には胸に迫る何かがあったが、今は無粋でしかない。この雌を飾り、包み込む全てを取り払ってしまいたいと思った。



 やがて上着を完全に取り去ると、露わになった喜悦の紋章にライは息を呑んだ。左の胸下から真っ直ぐに伸びる紋章は、まだ何も終わってはいない事をふたりに知らしめる。

「きっと……消えるわ。残っても、何が変わる訳でもないけど」

  は呟くと、そっと腹部に手を這わせた。その上にライの手が重ねられる。
 いつの間に手甲を外したんだろう。自分より体温の低い手をそっと握り返すと、ライは訝しげな視線を に向けてきた。


「……これはなんだ」

「? ……下着、だけど」

 ライの視線は の胸を覆う布に落とされていた。見れば分かりそうなものだが、ライはじっと眉を寄せている。……なんだろう。

「あっ……!」

 シュッとわずかな音を立てて、ライが布を抜き払う。鮮やかな手付きの後に、 はとっさに腕でそこを覆い隠した。

「アンタねえ、いきなり……!」

「……ガードが甘すぎる。もっと気を遣え」

「な…ッ!」

 カッと頬を染めた が詰ると、ライは冷静に告げた。なぜ、こんな事で怒られなくてはならないのだ。
 ライは の腕を掴むとやんわりと押し広げた。露わになった乳房に羞恥を感じ、 は顔を背ける。


「あんまり見ないでよ……」

「聞かん」

 か細い訴えを却下したライが、肩に顔を埋めてくる。白銀の髪が首筋に触れて、 は思わず吐息を零した。

「ふ……ッ……」

 首筋に、濡れた感触。どこを舐めているのかと は考えて、ハッと気付いた。
 薄く残る指痕を、ライの舌は丹念になぞっていく。傷付けた痕を癒すように。その動きはあくまでも優しかったが、 は徐々にそれ以外の感覚を覚えて身をよじり始めた。

「ん……、は…ッ……」

 ライの手が乳房に触れる。感触を確かめるようにそっと揉みしだくと、親指で先端を押し潰された。鋭い感覚に は尾を大きく振った。……しかし。


「あ……!」

 不意に、本当に突然に―― はあの暴漢に襲われた日の事を思い出した。撫で回された身体、触れる濁った息……。忘れていたかった記憶が、生々しくよみがえる。
  はギクリと身体を強張らせた。とっさに隠そうとするが、ライは敏く を覗き込んでくる。

「……どうした」

「ううん、なんでもない……」

 薄く笑った を見つめ、ライが眉を寄せる。……気付いただろうか。

「……忘れろ」

 ライは呟くと、深く唇を重ねてきた。薄青の変わらぬ瞳を見つめ返すと、自然と安堵する。 は今自分に触れている手の感覚だけを追い求め、行為に没頭した。




「はぁ…ッ、ふ、あ……っ……」

 触れられる部分から、どんどん全身が熱くなっていく。……発情期の時はそうではなかった。あの時は触れられる全てが快楽に直結したが、今日はライの手で段々と昂ぶらされていくのが分かる。
 思わず上がりそうになる高い声を は喉の奥で押さえ込んだ。けれど吐息まではこらえきれず、何度となく熱い息を漏らした。


「前に空き地で歌った時の事を、覚えているか……?」

「え? ……ああ、発情期の前……」

 上半身のいたる所をまさぐられ、息を乱しながらも はぼんやりと目を開いた。
 ライは相変わらず首に顔を埋め、時折 に口付けてくる。愛撫の合間の問い掛けに、 は怪訝な視線を送った。

「俺が剣を振るう間、お前は自分がどんな顔をしていたか知っているか……?」

「顔……?」

 どうだっただろう。自分の顔の事なんて――

「……俺を求める目をしていた。娼婦のように淫猥で、獣のように貪欲な……雌の目だ」

「!」

 顔を上げたライが に口付ける。 はハッと目を見開いた。
 確かにそうだ。あの時、自分はまるでライと抱き合っているような錯覚に陥り、もっともっとその存在を感じたいと思ったのだ。

「ひどく……そそられた。あの場で押し倒してもいいと思うほどにな」

「ア……!」

 ライが胸の先端を口に含む。カリ、と軽く噛まれて は高い悲鳴を漏らした。とっさに手の甲で口を押さえる。
 尖る先端を舌で転がされる。初めての刺激に は喉を仰け反らせた。

「猫、だって……ケダモノだわ……っ。ン……!」

「ふん……。間違いないな」

 ライは一瞬だけ笑うと、すぐに舌を の身体に戻した。
 耳が下がり、尾がせわしなく揺れる。舐められるそばからそこが解けて、下半身に溜まっていくような感じがした。

 これは快楽なの? ……分からない。けれど、もう感覚の種類なんてどうでもいいと思った。
 ライの手が触れる。ライの舌が触れる。ライが……自分に触れている。





 やがて下衣が脱がされ、下穿きが上と同様にスルリと剥ぎ取られた。またもや躊躇のない手付きに はふと苛立ちを覚えた。……随分と手馴れている。

 しかしそれよりも、あっという間に身を隠す物がなくなってしまった。見上げたライはまだ一枚たりとも衣服を脱いでいない。何か、差がないだろうか。
 快楽に流されそうになっている身体を叱咤して、 はむくりと起き上がった。


「……なんだ」

「私ばっかり不公平じゃない? アンタも脱ぎなさいよ……っ」

 ジッと睨み付けると、ライは眉間に皺を寄せた。

「不公平? ……お前はもう、既に見ているだろうが」

「いつよ……!」

「暗冬の前。この宿にやって来た日。水浴び場で」

「……!」

 淡々と告げたライに はかあっと頬を染めた。そういえばそんな事も……あった。

「でも、あれは…っ! い、一瞬だったしそれに不可抗りょ――」

「……見たんだろう?」

 にやり、とわずかに口端を吊り上げたライに は言葉を失った。弁解しようと口を動かすが、結局言葉に詰まって黙り込む。 は俯くと、ボソリと負けを認めた。

「……見ました……」

 ライがフッと笑う。それを悔しげに見上げた は、だがライが再び手を伸ばしてくるとそれをかいくぐって彼の上着に手を掛けた。

「――でもそれとこれとは別。ほら、手ェ上げて!」

「おい…ッ」

 上着の裾を掴むと、 は強引にそれを引き上げた。わずかに圧されたライがしぶしぶ従う。
 自分ばかり翻弄されているのは嫌だった。ライにも何かしてあげたい……違う、してやりたいと は思った。なんとなく楽しい気分でライの上着を取り去った は、だが次の瞬間言葉を失った。


「…………」

 目前に晒された、鍛え抜かれた上半身に は目を奪われた。

 ちゃんと見るのはこれが初めてだ。整った顔から続く首、喉仏、鎖骨、胸板、腹筋――すべてが にはない硬質さを纏い、一片の無駄もなくそこに収まっている。
 ……本当に綺麗だと は思った。上着を握り締めたまま、ごくりと唾を飲む。


「……おい」

「アンタ……」

 動かない に焦れて、ライが声を掛ける。 は服を離すとライの目を覗き込んだ。

「今までにも結構雌……抱いてきたんでしょ……」

 唐突な問い掛けにライが目を見開く。 は手を伸ばすと、筋肉を纏わせた胸へ押し当てた。そのままツ…と滑り降ろしていく。

「……何故そう思う」

「分かるわよ……。手馴れてるもの……」

 それは、この前の発情期にも思った事だった。ライの方が年上で、経験があるのもまあ当然だろう。そして、おそらく少なくもない数だと は予想していた。けれど――

  は顔を寄せると、喉元にゆるく噛み付いた。喉仏が緊張を孕み上下する。舌を滑らせると、そこがわずかに震えてライが声を発した。

「……それも、嫉妬か」

「違う。そんな昔の事に拘るほど嫉妬深くもないわ。ただ――」


 ――ただ、今までライに抱かれた猫は……気付かなかったのだろうか。このすました顔の下の、孤独と葛藤に。
 もっと早くに気付いて欲しかったと歯噛みする思いと、自分がおそらく初めて深淵に触れたという優越感に の胸はいっぱいになった。けれどライに言える訳もない。


「ただ――なんだ」

「…………」

 問い詰めるライを見上げ、 は顔を伏せると胸に唇を寄せた。
 この、本当の意味では誰にも触れられた事のない真っ白な胸に――痕を残したい。

「……ここは渡さない。ここだけは――私のものよ」

 心臓の真上を強く吸い上げ、 は紅い痣をライに刻み付けた。








  はライの上半身を丹念に愛撫した。先程ライが施したように、舌と手を使って。
 ライは最初こそ を押し退けようとしたが、やがて金の髪を撫でると の好きなようにさせてくれた。けれど の手が下衣に及ぶ段になって、ライは を引き剥がした。


「おい…っ。もういい……!」

「……?」

 顔を上げさせられ、 は胡乱にライを見上げた。……まだ足りないのに。
 不満を込めてちらりと下肢を見遣ると、ライは低く唸り声を上げた。

「阿呆猫が……! ――おい、そこに腰掛けろ」

「なに……」

 ライが怒ったように顎で寝台の淵を指し示す。……何を怒っているんだろう。 はぼんやりとそう思ったが、深く考えもせずに言葉に従った。
 ライが寝台を降りて跪く。なんのつもりかと見下ろした、その時――

「な……ッ!!」

 ライは の太腿を掴み、勢いよく左右に割り広げた。



「……ッに考えてんのよ! やだあッ!!」

 一気に覚醒し、 はとっさにそこを両手で覆った。頬が真っ赤に染まる。
 胸こそ妥協したが、こんな所まで晒せるわけがない。

「……どけろ」

「嫌よ!」

「いいからどけろ。――

「ッ!!」

 ――卑怯だ。 は思った。こんな時に名を呼ばれて、全力で逆らえる訳がないのに……!

「あっ!」

  が躊躇する間に、ライはさっさとその手を押しのけてしまった。
 ライが見ている。 は顔を背けると羞恥に耐えた。――だが。

「ア…ッ!」

 ちゅ…と濡れた音が小さく響いた。ライが顔を寄せて、内腿を舐めたのだ。

「や…ッ、そんな所、やめてよ……!」

「うるさい、黙れ」

 舌を這わせながら、段々と中心へ向かってくる。 は拘束から逃れようとしたが、ライに強く足を押さえられて叶わなかった。
 舌が中心に触れる。 は首を強く仰のけるとその衝撃に耐えた。


「ア……! あっ、あ……ッ、やあッ…!」

 容赦なくライが舌を突き入れてくる。外周を巡り、芽をくすぐり、 の中へ。今からなされる事を教え込むようにライの舌が を味わっていった。

「は……ッ、や、ア……!」

  は羞恥も忘れて高く喘いだ。一度声を出してしまうと、もう止める事はできなかった。
 内腿が震える。水音が鳴る。尾が逆立つ。激しく短い呼吸をして足元を見下ろすと、ゾクッと下半身が震えた。

 普段は決して見えない白銀の頂点が、足の間に伏せられている。跪かせているのは、誰だ。嗜虐的な思考に の頭は蕩けた。……だけど。


「も、無理…ッ。もう、やだ……!」

 髪に手を差し入れ、 は懇願した。ライが顔を上げる。
 ……駄目だ。こんな事を続けられたら身体が持たない。 が目を伏せて首を振ると、ライは薄く笑った。そしておもむろに の亀裂に指を差し込む。

「ん…ッ」

「嫌、か。……どうだかな」

 手を引いたライが指を開く。目前に掲げられた指の間を伝い落ちていく、透明な液体は――

「随分と良さそうに啼いているがな」

「ッ! ……バカッ!!」

 それがなんであるかを悟って、 はライの頭をパシリと叩いた。ライが眉を寄せる。

「おい」

「あっ、ゴメ……」

「誰が馬鹿だ。阿呆猫……!」

「うわ…っ」


 トンと肩を押され、 は寝台に倒れ込んだ。汗ばんだ背に敷布が触れる。
 ライは残った着衣を手早く脱ぎ捨てると、 に覆い被さってきた。 の膝を割り、もう十分過ぎるほどに潤んだ亀裂に触れる。息を詰めて はその光景を見下ろしていた。

 ライの猛った熱が、宛がわれる。感触を確かめるように数度触れて、ライは の前髪をかき上げた。緑の瞳を覗き込む。

「……後悔、しないな」

「今さら……!」

  は笑った。本当はうっすらとした恐怖があったが、笑っていたかった。
 ライは の額に口付けると、一息に を貫いた。





「ふ…ッ」

「……ち…ッ、キツい――」


 ぬるり、という感覚と共に熱が押し込まれる。――熱い。
 抵抗なくライを呑み込んだ は、思わず閉じてしまった瞳を薄く開いた。

「……痛く、ない……。…?」

 挿入はほとんど痛みを伴わなかった。いっぱいに満たされた下半身は快楽とも言えぬ違和感をまとわせてはいたが、痛みはない。
 寄せた眉を緩めて呟いた に、ライは呆れたような視線を向けた。

「当たり前だ。……何度目だと思ってる」

「あ…っ」

 存在を主張するようにライが軽く腰を揺さぶる。ライを受け入れている事を実感し、 はサッと頬を染めた。
 圧し掛かってきたライを思わず押し返そうとしてしまい、 はふいにライの胸に触れた。手のひらを押し当て、軽く目を見開く。


「――あ。……アンタも、すごい心臓バクバク鳴ってる」

「……っ! うるさい、黙れ」

 ライの瞳は猛々しい熱を宿していたが、その顔がどこか余裕がないようにも見えた。じっと息を詰め、耐えるように息を吐き出す。胸に触れた の手を掴むとライはうっすらと笑った。


「ここだけで、いいのか。……随分と欲がないな」

「え?」

「俺なら、こんなものだけでは済まさない。ここも、ここも……すべて自分のものにする」

「ア…ッ!」

 乳房と、耳のふちに触れたライがグッと腰を引く。そしてゆっくりと打ち付けると、雄猫は律動を開始した。



「……ふ…ッ、は……っ……、あ……」

 ライの動きに合わせて、内壁が擦られる。寝台から落とされないように はその背中にしがみ付いた。
 発情期のように、すぐに蕩けるほどの快楽が襲ってくる訳ではない。ただ徐々にむずがゆいような感覚が込み上げ、身体が熱くなっていくのを は感じた。


「んウ……ッ、は、ハ…ッ、……ふ、ア――」

  の吐息に変化を感じ取り、ライが動きを早める。水音が溢れ、 は羞恥に顔を染めた。耳を塞ぎたい。

「あ…ア……ッ、やだ、なんか……ン……ッ!」

  が顔を背けようとすると、ライは顎を掴んで引き戻した。口を塞ごうとすると、その手を掴んで寝台に押し付ける。 
 揺さぶられる。口付けられる。舌が絡まる。打ち付けられる。


「は……、アッ!! や…っ!」

  がひときわ高い声を上げたのは、ライの指が差し込まれて芽を擦った時だった。ぬめりを纏って断続的にこすられる。 の尾に悪寒のような震えが駆け抜けた。

「それ、やだぁ…ッ! やめ――あッ、あァ……っ!」

「……っ。……ここが、いいのか」

「ちが…っ! バカぁ…っ!!」

  の足を掴み、ライがより深く熱を埋めてくる。暴言への戒めのように激しく穿たれると、 はこらえきれず高い喘ぎを漏らした。


「は…ッ、あ…! ――イ…、ライ……ッ。ん、あ……!」

 思考が白く霞む。腰から下が、ライと交じり合ってドロドロに溶けていくようだ。

 ――濡れる。溶ける。感じる。満たされる。追い詰められる……!



「あ、あ……ッ、ん――ア……ッ!!!」

「……っ……、くッ……!」

 数度細かく揺さぶられ、 は大きく震えると背中をしならせた。腿に腕にグッと力が入る。
 短く叫んで達すると、ライが苦しげに眉を寄せた。歯を食い縛り、息を吐き出す。 は目を閉じたままぐったりと弛緩した。





「はぁッ、はぁ……っ。――あ……ッ」

 投げ出した足の間からライが身を引いた。ずるりと熱が抜けていく。 は目を見開くと、ライの顔を見上げた。
 ……どうして抜くの。今日は発情期じゃないから大丈夫だ。ライはまだ、達してないのに――

「ラ――、うわッ!」

 口を開こうとした は、腰を掴まれて引き起こされた。そのまま抱え上げられると仰向けになったライの上に降ろされる。馬乗りになった は、ライを見下ろして絶句した。


「動け。――二度も『馬鹿』と言った罰だ」









「……!」

 ライに乗り上げた は、その瞬間頬をカッと染めた。いまだ昂ぶった熱を見つめ が困惑する。羞恥に嫌がる顔すらも自分のものだとライは思った。

 別に、本当に が動くとは思っていない。ただ余裕を失いかけている己を落ち着かせたくて、からかっただけだ。その後はどうせ自分で動くつもりでいた。――だが。


「……っ」

  の手が、ゆっくりと熱に伸ばされる。細い指が幹に絡みつき、思わず達しそうになった。それを寸でのところでこらえ、ライは眉を寄せた。
  が腰を上げ、潤みを切っ先に宛がう。目を細め、 はライをじっと見下ろした。

「あんまり私を、ナメないでよね……!」



「……く……っ」

 熱い柔肉に、濡れた切っ先が呑み込まれていく。ゆっくりと腰を落としていった は全てが埋まると天を仰いだ。
 細い喉が仰け反る。扇情的な光景にライはかすかに喉を鳴らした。

「あ……」

 首を戻した は、ライの腹に手をついて眉をひそめた。潤んだ瞳がぼんやりとライに向けられる。


 ――この瞳。何度となく自分を真っ直ぐに見上げ、睨み、訴えてきた緑の瞳。
 そんな目を向けてきた猫は初めてだった。だからライは、この猫に興味を持った。

 雌だからと言って馬鹿にするなと訴えた唇。ライの剣を研ぎ、頬を打ち据えた細い腕。己の狂気を受け止めた白い首。喜悦の紋章を纏わせた腹。抱き締めると折れそうだった腰。
 そして、側にいたいと言って涙を零した瞳――そのすべてが今、快楽に霞んでライを包み込んでいる。受け入れている。……抱かれていると、ライは思った。


 抱きたいと思っていた。知らぬうちに、いつの間にか。
 最初は雌が周りをうろついているから、本能的にそう感じるのかと思った。発情期を経ても、その想いは変わらなかった。
 けれどいつしか気付いたのだ。雌だから抱きたいのではなく―― だから、なのだと。
 だが実際のところ、すべてを許し、包み込んだのは の方だった。



「ん……、あ……」

 わずかな吐息を零し、 が動き始める。ライに手をついてゆっくりと。だが慣れないその動きは危なげで、ライは思わず腰に手を添えた。

「は…ッ、は……ふッ……」

 何かを探るように はライの熱をえぐり、ざらついた内壁を押し当ててくる。目前で踊る媚態に、ライは己の興奮が高まっていくのを感じた。
 揺れる乳房に、手のひらを添わせる。尖った先端を指で嬲ると は甘い吐息を漏らした。


 ――気持ちいい? 赤く色付いた瞳が、挑発するように見下ろしてくる。ライは低く唸ると、 の感じる場所に触れて行為を追い立てた。……翻弄されている。



 だが何度となく上下を繰り返していた は、やがてガクリと項垂れた。激しい呼吸に肩が上下し、尾も力なく投げ出されている。 は掠れる声で呟いた。

「……疲れた」

「おい……。もうヘバったのか、情けないな」

 ライが眉を寄せる。 はキッと顔を上げると、ライを恨めしげに睨んだ。

「だって疲れるのよ! こんな動き、慣れてないから足がガクガ――、ッ!」

「……阿呆猫」

 身体を起こすとライは に口付けた。再び横たわり、 に肩を掴ませる。

「……掴まっていろ。それから本当に考えて発言しろ……!」

「ア…ッ!? ちょ、あ……っ!!」

 唸るように告げると、ライは の腰を掴んで下から突き上げた。

 ……結局、踊らされているのはこっちだ。どうすればこの猫が感じ、どうすれば喘ぎ、どうすれば満足するかなどと考えている自分は――本当に溺れている。




「あ、ア、ん……っア! ライ…っ、あ。ライ……ッ、ン…!」

「……く、は……ッ、ふ……」


 短い律動で急速に昇りつめる。汗で手が滑り、動きが乱れる。 はうわ言のように名前を呼ぶと背筋をきつくしならせた。

「ライッ! ……ア――!!」

「……ッ」

 きつい締め付け。搾り取るように の中が収縮すると、余韻を引くように波打った。ライはそれに抗うように数度己を打ち付けると、低く呻いて熱を吐き出した。


「あ……、あ……っ……」

 繋がった場所から白濁が逆流する。それはライの身体を伝い、敷布へと流れていった。
  は細かく身を震わせると目を閉じた。そして糸が切れたように緊張を緩めると、ライの上に倒れ込んだ。

 柔らかな乳房が押し潰され、胸がぴたりと重なる。響いた鼓動は互いに激しく脈打っていた。
 金糸を柔らかくかき乱すと、 はゆっくりと顔を上げた。呼吸も整わぬうちに再び右目に口付けられると、ライはその濡れた身体を抱き締め、 の肩口に額を擦り付けた。






  +++++  +++++






 熱に浮かされた時間が過ぎ、 はライの腕の中でまどろんでいた。
 背後からゆるく抱き締められ、時折思い出したように毛づくろいされる。太い尾が の身体をなぞっていった。くすぐったくて、幸せな時間だった。


「……あ」

 すると は、ある事に気が付いて目を開いた。背後のライが顔を上げる。

「どうした」

「ううん。たいした事じゃないんだけど、私の髪とアンタの髪が――」

 重なって絡まって、鈍く光を反射している。混じり合ったその色彩が――

(綺麗だ……なんて、絶対言えない……)

  は赤くなって首を振った。こんな事を言ったら恥ずかしすぎる。ライは鼻で笑いそうだ。

「なんでもない……」

「なんだ、言え」

「だから――」

 言葉に詰まった は、うろうろと辺りを見回した。助けになりそうなものを見つけ、寝台から手を伸ばす。

「……おい」

「ゴメン。ちょっとだけ触らせて」

 掴んだものを引き寄せ、スラリと途中まで引き抜く。それはライの長剣だった。

「なんのつもりだ」

「だって……好きなんだもの。この剣」

「なに……?」

 話題を転換したくて引っ張ったものではあるが、告げた事は事実だった。 はライの関心が逸れた事にホッとしつつ、慎重に剣の姿を目で追っていった。

 この前の洞窟にあったものが魔物と戦った剣だと言うのなら、これはその後のライと共にあった剣だ。
 葛藤と狂気を側で見届け、また何匹もの魔物や猫の命を奪ってきた剣。けれどライを護ってきた剣でもある。そう思うと自然と は愛着を感じた。


「……相変わらずだな、お前は」

「そう? でもこの剣って、アンタに似てるわよね」

「……!」

  は剣を片手にライを振り返った。傷付けないように剣を見せる。剣と雌という悩ましい組み合わせに固まったライには気付かず、 は熱心に語った。

「細長いところもそうだけど、硬質だし、銀色だし、何よりこの窪み! このヘコんでる所が一筋縄ではいかない感じで、アンタにそっくり……!」

「おい」

「でも……いつかは私が、アンタの剣を鍛えたいな……」

 思わぬ真剣な口調にライは息を詰めた。 を見ると、長剣を抱き締めライを見上げている。
 ……いい加減にしろとライは思った。何度煽れば気が済むのか。


 ライは刀身を鞘に押し込むと、剣を取り上げて元の位置に戻した。自然と元通りに収まった の背に毛づくろいを仕掛ける。ただし、今度は明らかな意図を込めて。

「あ、あの……」

  の細い尾がパタパタと揺れる。それも掴んで舐め上げると、金の耳が何かをこらえるように伏せられた。

「寝ろ」

「ア、アンタね……!」

  が振り向く。潤み始めた瞳に口付けると、後はもうなだれ込むだけだった。











 ――歌を、うたってくれ。俺のために。

 欠けた心を埋めるように、わずかな熱を灯すように……お前の歌を、俺は求める。


 歌を、眼差しを……いいや、何よりもお前自身が欲しいのだとようやく分かった。

  






 ライは短い眠りに落ちた の額に触れると、静かに口付けを落とした。
 











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